地味女だけど次期社長と同棲してます。―昔こっぴどく振った男の子が、実は御曹子でした―

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
46 / 52

43 再会

しおりを挟む
「いつもどうも……うぷっ」

 木製のドアを開けた途端、顔面に何かがぶつかった。距離が近すぎて焦点が合わなかったが、よくよく見れば真っ赤なバラの花だ。しかも山のように大きな花束になっている。バラ山だ。

「あ、ごめん。近すぎた」

 バラ山の向こうから男性の声。聞き覚えのあるその声に、顔を上げて山の向こうを見つめる。灰まじりの綺麗な瞳と視線が合った。 

「――え? 綾太さん!?」

「久しぶり。元気だった?」

 綾太さんはやはり今日も仕事だったのか、いつものように高そうなスーツを見事に着こなしている。その状態で真っ赤なバラの花束なんか持っているから、映画のワンシーンのような雰囲気があった。とてもロマンティックだ。背景が染みだらけのぼろ壁なのが本当に悔やまれる。

「えっ、ちょっ、どう……」

「立ち話もなんだから、とりあえず部屋に入れて」

「あ、うん。どうぞ」

 有無を言わせぬ流れで部屋に入れることになってしまった。狭すぎる玄関スペースでスリッパを脱ぐと、すぐそこが六畳一間だ。天井には紐でひっぱるタイプの照明が付いているのだが、彼は背が高いせいかその紐が肩にぶつかっていた。何だかごめんなさい。

「あの……」

 今日はどんな用件で来たの。わざわざ仕事帰りに寄るぐらいだから、急な用事なんだよね。その前に、手に持ったバラ山は何?

 訊きたいことはたくさんあるのに、自分から問うのは図々しい気がして何も言えない。綾太さんもしばらく黙って私を見ていたが、ふうっと一つ深呼吸をしてから言った。

「今日ここに来たのは、大切な事を伝えるためなんだ」

「え……?」

 もしかしてお別れを伝えに来たんだろうか。京都への異動が内々に決まったと常務から聞いたのかもしれない。だから花束を持ってきたの?
 自分から彼を捨てたくせに、本当の別れを想像したら手が震えた。自分勝手なことだ。なにを言われようと受け止めるしかないのに。

 綾太さんは花束を両手に持ち、私に向かって差し出している。そして――

「僕と結婚してほしい」

 よく響く声で言い放った。部屋の壁や床にまで染み渡るような声だった。私の耳にもちゃんと届いたが、まだ頭が反応していない。
 呆然としたまま訊き返す。

「……え?」

「僕と結婚してください。恩田真梨花さん」

 そう言って渡された花束を、ぼやっとした顔のまま受けとった。まだ言われたことが信じられないけど、私が花束を受け取ったのを見て綾太さんは嬉しそうだ。あの顔は演技じゃない。本心から喜んでいるのが伝わってきて、目頭が熱くなる。

「ど、して……。私……あなたに、ひどいこと言ったのに」

 バラの山に顔を突っ込んで泣いていると、ハンカチを持った手が横から出てきた。手は私の涙を優しくハンカチで拭いてくれる。
 もう片方の手は私の頭の上にのせられ、よしよしと慰めるように撫でていた。

「最初から演技だって分かってたよ。あのときの真梨花は真っ赤な目をしてたから。ああ、無理してるんだなってよく分かった」

「さっ……最初から?」

「最初から。――というより前日の夜からおかしいと思ったんだよな。いつもより大胆だったからさ」

 私の努力は何だったんだろう。自分では完璧に演じてるつもりだったのに、前夜から不審に思われてたなんて……無理した意味なくない?

 深いため息をつくと風でバラがかすかに揺れた。こんなに大きなバラの花束を用意するのは大変だった事だろう。私へのプロポーズのためにわざわざ買ってくれたのだと分かり、口元が自然とほころぶ。でも嬉しいことばかりじゃない。

「プロポーズしてくれてありがとう。私もあなたと結婚したいと思ってるよ。でも……常務は私たちの結婚を許せないみたいだから」

「ああ、その事なら心配しなくていい。もう邪魔してこないと思う」

 綾太さんは自信に満ちた顔で言った。私としても好きな人を信じたい気持ちはあるが、あの常務が簡単に諦めるとは思えない。

「……本当に? きみを異動させるだの、別れないなら綾太君を役員にしないだの色々言ってたよ。役員は私と兄で指名するんだとか何とか」

「もう常務じゃなくなったんだから、指名どころじゃないだろ」

 綾太さんはぼそっと呟き、クックッと笑っている。かなり悪そうな笑みだ。

「もしかして何かやった? 常務じゃなくなったってどういう事よ」

「ついでに言うと、雪華と松本も退職したから。松本の方はどこにいるか知らないけど、叔父一家は今ごろ海外じゃないかな」

「えぇっ? 一体なにがあったの?」

「詳しいことは武藤さんが教えてくれると思う。それより今はこれを見てほしい」

 千穂先輩まで何らかの悪事に関わっているのか。危ないことをしていたらどうしよう。
 私は若干の不安を感じながら、綾太さんがスーツの内ポケットから取り出した紙を見た。一見した感じ、社内の書類ではないようだ。これは恐らく区役所で貰ってきた紙だろう。
 他人事のように眺めていたが、書類の左上の文字に目が釘付けになった。

「こっ……これ、婚姻届じゃない!」

「真梨花が安心するかと思って用意した。ほら、もう父の記入も済んでるだろ」

 左ページの夫になる人の欄には、綾太さんの字ですべて記入が終わっている。それはまあいいとして、右ページの証人の欄だ。『北条 祥太郎』――これは社長の名前だったはず。筆跡の感じからしてちゃんと本人が書いたようだ。

「本当に反対されてないんだ……」

「反対してるのは叔父ぐらいだったんだよ。今はもう何の障害もない。はい、このペン使っていいよ」

「あ、うん……。ありがとう」

 バラ山を預かってもらい、ちゃぶ台で婚姻届を書く。ひどく奇妙な光景だ。真っ赤な半纏を着た女がちゃぶ台で婚姻届を書き、その隣にはバラの花束を抱えた高級スーツのイケメン。アンバランスすぎる。

「証人欄の片方は真梨花のお母さんに書いてもらおう。あとは戸籍謄本を用意して……。良かった。書いてもらえた……」

 記入が終わった妻になる人の欄を見た綾太さんが、安堵した様子でつぶやいた。

「書かないかもって思ってたの?」

「真梨花は僕と別れるとき、他の男を探すと言ってただろ。あれが本気だったらどうしようかと思ってた」

「不安にさせてごめんね……。あれは嘘だったの。私が結婚したいと思えるひとは綾太さんだけだよ」

 綾太さんは花束をちゃぶ台に置くと、私をぎゅっと強く抱きしめた。本当に心配させていたのだ。私も彼に応えるように背中に腕を回す。
 しばらく抱き合ったあと、彼は私の耳元で困ったなと囁いた。

「困ったって……なにが?」

「この部屋のベッドは狭すぎる。ここじゃ真梨花を抱けそうにない」

「だっ……!」

 茹でダコ状態の私から、綾太さんが半纏をはぎ取った。覚えのある展開だ。

「引越しは後日するとして、とりあえず今日は僕のマンションへ帰ろう。ほら、手を上げて」

「だから、私はひとりで着替えられる!」

 そうして私は流れのままに着替えることになり、生活必需品をショルダーバッグに詰め込んだ。そのバッグは綾太さんが持ってくれて、私はバラの花束を抱えて彼と一緒にマンションへ戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 表紙絵/灰田様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...