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39 愛してる ※

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 店を出てから真っすぐマンションに帰ったが、時刻はすでに八時を過ぎていた。もうケーキを用意する余裕はない。二人で過ごす初めてのクリスマスだから、張り切ろうと思っていたのに。

 冷蔵庫から適当に食材を出して、簡単な夕食にした。綾太さんも今ごろどこかで会食中だろう。帰りは十時ごろになると言っていたはずだ。

「どうしたらいいのかな……」

 お風呂の後、リビングで一人ぽつんとソファに座る。テレビを見る気にはなれなかった。ただぼんやり窓の外を眺めていると、先ほどの雪華さんとのやりとりが否応なしに蘇ってくる。今までも腹が立つことはそれなりに多かったが、先ほどの会話もかなりひどかったと思う。

 千穂先輩の話で常務の娘さんが厄介そうな人だとは分かっていたが、想像以上だった。ユキとして過ごす間はいい人のように見せかけていたのだろう。本当の彼女は父親の権力を笠に着るような人だった。友人を失った悲しさと裏切られた怒りで頭の中がぐちゃぐちゃだ。

(本当にどこかへ飛ばされたらどうしよう。あの言い方だと、東京からかなり離れた場所に異動になるかも……)

 雪華さんはあの通りの性格だから、必ず父親である常務に報告したはずだ。常務がまともな人間であれば娘の愚痴なんて聞き流すだろうけど、会社での雪華さんを見ているとその可能性は低そうに思える。

 他の社員を無視して特別扱いし、来月入社のはずなのに今から働いているぐらいだ。娘をかなり可愛がっているのだろう。その可愛がり方は間違っていると思うけど。

 本当に異動になったとしたら、綾太さんは結婚を諦めるだろうか。例えば北海道――あるいは海外事業所まで飛ばされたとして、夫婦がそこまで離れて暮らすのは可能だろうか?

(お母さんになんて言おう……)

 母は娘が結婚できそうだと知って喜んでいたが、今の状況だとぬか喜びで終わるかもしれない。早めに報告した方がいいだろうかと迷う。

 いやそれよりも、今日のことを綾太さんに話すかどうかだ。常務が本当に社長になにか言った場合、綾太さんの立場に影響はあるだろうか。彼は本部長といえど従業員の一人だから、役員よりは立場が弱いはずだ。

 綾太さんが常務に反論したとして、社長がどちらの味方になるのかも気になる。息子なのか、弟なのか。取締役常務という地位になったぐらいだから、弟に対してある程度の信頼はありそうだけど。

 悶々と考えていたら玄関ドアが開く音がした。綾太さんが帰ってきたらしい。とりあえず今日のことは内緒にしておく事にする。まだ何が起こると決まったわけじゃないのだから。
 私はリビングを出て彼を迎えにいった。

「おかえり。寒かったでしょ、お風呂わいてるよ」

「ただいま。ありがとう、すぐに入ってくる」

 帰りが遅かったわりに、綾太さんは機嫌が良さそうだった。楽しい会食だったらしい。綾太さんがお風呂場に向かったので、私もリビングに戻った。時刻は十時を少し過ぎたぐらいだ。

 三十分ほどして綾太さんもリビングにやって来て、冷蔵庫からミネラルウォーターを出してロックグラスに注いでいる。彼はそれを持ったまま私に近づいてきて隣に座った。

「気のせいかな……。元気がないように見えるけど。何かあった?」

「何もないよ――と言いたいとこだけど。お昼に社食に来てたでしょ。隣にいた子は誰?」

「ああ、なるほどね……。嫉妬してるのか」

 綾太さんはにやっと意地の悪い笑みを浮かべた。少し愉快そうに。
 それでいい。今は嫉妬してるのだと思われた方が助かる。

「心配しなくていいのに。あの子は雪華といって、僕の従妹なんだ。先月までは子会社で働いていたようだけど、叔父が呼び戻したらしい。でもあの子苦手なんだよな……。子供のころからしつこく絡まれてきたから、会社まで一緒だと思うと気が重い」

「ふうん。あんなに可愛い子でも苦手なの?」

「可愛くてもやっていい事と悪い事があるだろ? あの子の場合、度が過ぎてるから」

 やはりそうなのだ。雪華さんは子供のころからすでにあの状態なのだ。せめて常務がまともな人間だったら、彼女もどこかで軌道修正できたかもしれないのに。
 綾太さんはローテーブルにコップを置くと、私の頬にキスをした。

「どんなに魅力的な女性が現れたとしても、僕が愛しているのは真梨花だけだよ」

「うん……ありがとう。私もあなただけを愛してる」

 キスするたびに少し湿っぽい髪が頬にあたる。徐々に熱が上がって息が切れてきた。綾太さんが私を抱き上げて寝室に運び、ベッドにそっと寝かせてくれる。
 今日は自分から服を脱ごう。ボタンに手を掛けて一つずつ外していった。綾太さんが私の様子をじっと見ている。

「真梨花が自分から脱ぐのは初めてだな」

「ん……。あのね。今夜は少し激しくしてもいいよ」

 私と同じように裸になった彼の首に腕を回し、そっと口付ける。私から彼にキスするのは初めてだった。密着した胸の鼓動が混じり合い、一つになっていくような感覚が心地いい。綾太さんは一瞬だけ驚く様子を見せたが、すぐに笑顔になった。

「普段の真梨花は貞淑だから、なおさら官能的な感じがするな……。本当にいいのか?」

「いいの。あなたがどんなに激しくしても、最後までついて行くから」

 真っすぐに見つめながら言うと、彼は面白いものでも見つけたかのように目を細めた。私のうなじに手を回してくしゃりと髪ごと掴み、首筋に強く吸いついてくる。

「……っ!」

 唇が離れたと思った瞬間、いきなり首に甘く噛み付かれた。硬い歯と熱く柔らかな舌が性感を煽り、下腹にぽっと火がともる。少し歯型がついたのか彼は噛んだ箇所をぺろりと舐め、なおさら下腹部の疼きが強くなった。大きな手が乳房を揺らし、もう片方の手は私の背後に回って柔らかな臀部を揉んでいる。長い指の間から白い乳房がはみ出す卑猥な光景に顔が熱くなった。

「んあ、う……」

 脚のすきまに骨ばった手がねじ込まれ、反射的に太ももを閉じかける。しかしその前に指が秘裂をなぞり、肩がびくんと跳ね上がった。

「……もう濡れてる」

 綾太さんが満足そうにささやき、私は羞恥に耐え切れなくなって顔を俯かせた。彼はときどき私をからかう事があるけど、セックスの時はそれが顕著になるような気がする。性行為の経験がない私を自分好みに開発しているというか、時おり劣情と一緒に男の嗜虐心を感じるというか……。

 今は特に、私がどこまで耐えられるのか試しているようだ。何となく悔しくなり、目の前にある厚い胸板に吸いつくと私のお尻を揉んでいた手がぴたりと止まった。が、止まったのは一瞬だけですぐに濡れた秘部を嬲り始める。
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