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31 特別な週末
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次の週末、私と綾太さんはマンションのなかでのんびりと過ごしていた。彼の恋人になってから初めての週末だったが、都内で堂々とデートするのは憚られるので、人目に付かない方法で二人の時間を楽しむことにしたのだ。
綾太さんは北条建設の次期社長とあって顔が広いし、衆目を集める容姿をしている。街のなかを普通に歩いただけで誰かが『北条綾太』だと気づく可能性もあるわけだ。その時に隣にいるのが同社の女性社員だと露見するのはまずいので、出掛けるとしたら都内ではなく遠方のほうがいいだろうと思った。綾太さんはあまり気にしないと言っていたけど。
私たちが結ばれてからも、相変わらず松本さんは綾太さんに嫌がらせをしてくるらしい。でも綾太さんは軽く受け流しているみたいだった。仕事で遅くなる日以外は夕飯をマンションで食べてくれるようになったし、ようやく元通りになった気分だ。
しかし千穂先輩が目ざとく私の変化に気が付いて、色っぽくなったねと言われたときには心臓が縮みそうだったけども。
そうして向かえた週末の午前、私と綾太さんはマンション内にあるジムを訪れて二人でスカッシュをした。と言っても私は初心者だったので、スカッシュというよりピンポン卓球に近いスポーツになったかもしれない。中が空洞になったボールを壁に向かって二人で交互に打つのだが、ラリーを続けるだけで必死だった。きっと綾太さんは不完全燃焼だったことだろう。
松本さんとの件でストレスがたまったときも、綾太さんはトレーナーとスカッシュをしていたのかもしれない。壁に向かってボールを打つ彼は本当に格好よくて、不謹慎だとは思いながらも綾太さんに嫉妬してもらえる事がたまらなく嬉しかった。私が彼の恋人なんて夢みたいだ。
昼に最上階の部屋に戻り、昼食をとってからは映画鑑賞。わざわざ街にDVDを借りに行く事もなく、動画配信用のリモコンから適当に映画を選ぶことにした。オーソドックスな恋愛映画……だと思う。今まで映画を見る余裕はなかったので、どんな内容なのかはよく分からない。
タイトルを画面に表示させた綾太さんが言った。
「これでいい?」
「いいよ。コーヒー淹れてくるね」
綾太さんがリモコンを操作し、あとは再生ボタンを押すだけだ。私はキッチンで二人分のコーヒーを淹れ、リビングに運んだ。
今日はなんと、コンソメ味のポテトチップスも用意している。私のジャンク好きを理解した綾太さんがコンビニで買ってきてくれたのだ。北条の御曹子が、私のためにコンビニでポテチを買ってくれたのだ! その事実だけで感無量である。今が私の幸福の、最高潮かもしれない。
画面を見ている内に気が付いたのだが、これはやや古めのイギリス映画のようだ。ブロンドの綺麗な女優さんが出ている。が、しばらくしてキスシーンになり、私はうろうろと視線を彷徨わせた。
どうしてなのか、私は子供のころからこういう色っぽいシーンを見るとそわそわしてしまう。精神年齢がお子ちゃまなせいかもしれない。しかし横に座る綾太さんは涼しい顔をしており、どうってことなさそうな様子からやはり自分の反応は稚拙なのだと悟った。
今の私は成人した立派な大人だ。しかも年上の恋人を持つ身だ。これぐらい平然と見れないようでは先が思いやられる。私だって綾太さんに釣り合う女性になりたいんだから、涼しい顔で最後まで見てやろうじゃないの。
――しかし。
『アアッ!』
とうとう始まってしまった本格的な濡れ場に、私の体はビクリと震えた。指先に無駄な力が入り、ポテトチップスがパキッと音を立てて割れる。これは精神的にこたえる。もう何処を見ていいのか分からない。
テレビの枠を見たり目だけ動かしてあらぬ方向を見たりしていたものの、一向に終わる気配がなくて変な汗をかいてきた。
(いつまでやってんの。そろそろ終わったらどうなのよ。私たちだって、あんなに激しくは……)
その瞬間、私の脳裏に行為中の自分の声が蘇った。思い出したくないのに、画面を見てると否応なしに記憶がじわじわと滲みでてくる。
そういえば私もあんな声を出していたような……。いやいや、あそこまでわざとらしくは無かったはずだ。今は余計なことを考えるべきじゃない。
懸命に画面に集中しようとしたが、まだまだ終わる気配がなく――
(もう無理!)
トイレの振りして席を外す作戦を実行する事にした。ちょっとトイレ行ってくるねと言えば、この苦しみから解放される。私はもう充分がんばった。
そう思って隣を見た瞬間、綾太さんと視線が合う。
「もうやめとく?」
彼はニヤリと意地の悪い微笑みを浮かべていて、ようやく自分ひとりがあたふたと慌てていたのだと知った。綾太さんは私の反応を楽しんでいたらしい。
「も、もう! 私をからかうために、この映画を選んだの?」
「まさか。画面をスクロールして、適当に選んだのがたまたまこれだったんだ。成人指定があったけど、真梨花が気にしてないから平気なのかと思ってた」
「……気が付かなかった……」
今さらだけど、もっとよく確認するべきだった。画面ではようやく濡れ場が終わったようで、別のシーンが展開されている。やはり最後まで見届けるべきだろう。
「無理して見なくてもいい。もうやめておこうか?」
「ううん、最後まで見る。食べ残すみたいでいやだから」
「だよな。真梨花はそう言うだろうと思ってたよ」
悲恋ものだったけどとても面白い映画だった。私はまた一歩、真の大人に近づけたと思う。ただ、この映画を見ることは二度とないだろう。
綾太さんは北条建設の次期社長とあって顔が広いし、衆目を集める容姿をしている。街のなかを普通に歩いただけで誰かが『北条綾太』だと気づく可能性もあるわけだ。その時に隣にいるのが同社の女性社員だと露見するのはまずいので、出掛けるとしたら都内ではなく遠方のほうがいいだろうと思った。綾太さんはあまり気にしないと言っていたけど。
私たちが結ばれてからも、相変わらず松本さんは綾太さんに嫌がらせをしてくるらしい。でも綾太さんは軽く受け流しているみたいだった。仕事で遅くなる日以外は夕飯をマンションで食べてくれるようになったし、ようやく元通りになった気分だ。
しかし千穂先輩が目ざとく私の変化に気が付いて、色っぽくなったねと言われたときには心臓が縮みそうだったけども。
そうして向かえた週末の午前、私と綾太さんはマンション内にあるジムを訪れて二人でスカッシュをした。と言っても私は初心者だったので、スカッシュというよりピンポン卓球に近いスポーツになったかもしれない。中が空洞になったボールを壁に向かって二人で交互に打つのだが、ラリーを続けるだけで必死だった。きっと綾太さんは不完全燃焼だったことだろう。
松本さんとの件でストレスがたまったときも、綾太さんはトレーナーとスカッシュをしていたのかもしれない。壁に向かってボールを打つ彼は本当に格好よくて、不謹慎だとは思いながらも綾太さんに嫉妬してもらえる事がたまらなく嬉しかった。私が彼の恋人なんて夢みたいだ。
昼に最上階の部屋に戻り、昼食をとってからは映画鑑賞。わざわざ街にDVDを借りに行く事もなく、動画配信用のリモコンから適当に映画を選ぶことにした。オーソドックスな恋愛映画……だと思う。今まで映画を見る余裕はなかったので、どんな内容なのかはよく分からない。
タイトルを画面に表示させた綾太さんが言った。
「これでいい?」
「いいよ。コーヒー淹れてくるね」
綾太さんがリモコンを操作し、あとは再生ボタンを押すだけだ。私はキッチンで二人分のコーヒーを淹れ、リビングに運んだ。
今日はなんと、コンソメ味のポテトチップスも用意している。私のジャンク好きを理解した綾太さんがコンビニで買ってきてくれたのだ。北条の御曹子が、私のためにコンビニでポテチを買ってくれたのだ! その事実だけで感無量である。今が私の幸福の、最高潮かもしれない。
画面を見ている内に気が付いたのだが、これはやや古めのイギリス映画のようだ。ブロンドの綺麗な女優さんが出ている。が、しばらくしてキスシーンになり、私はうろうろと視線を彷徨わせた。
どうしてなのか、私は子供のころからこういう色っぽいシーンを見るとそわそわしてしまう。精神年齢がお子ちゃまなせいかもしれない。しかし横に座る綾太さんは涼しい顔をしており、どうってことなさそうな様子からやはり自分の反応は稚拙なのだと悟った。
今の私は成人した立派な大人だ。しかも年上の恋人を持つ身だ。これぐらい平然と見れないようでは先が思いやられる。私だって綾太さんに釣り合う女性になりたいんだから、涼しい顔で最後まで見てやろうじゃないの。
――しかし。
『アアッ!』
とうとう始まってしまった本格的な濡れ場に、私の体はビクリと震えた。指先に無駄な力が入り、ポテトチップスがパキッと音を立てて割れる。これは精神的にこたえる。もう何処を見ていいのか分からない。
テレビの枠を見たり目だけ動かしてあらぬ方向を見たりしていたものの、一向に終わる気配がなくて変な汗をかいてきた。
(いつまでやってんの。そろそろ終わったらどうなのよ。私たちだって、あんなに激しくは……)
その瞬間、私の脳裏に行為中の自分の声が蘇った。思い出したくないのに、画面を見てると否応なしに記憶がじわじわと滲みでてくる。
そういえば私もあんな声を出していたような……。いやいや、あそこまでわざとらしくは無かったはずだ。今は余計なことを考えるべきじゃない。
懸命に画面に集中しようとしたが、まだまだ終わる気配がなく――
(もう無理!)
トイレの振りして席を外す作戦を実行する事にした。ちょっとトイレ行ってくるねと言えば、この苦しみから解放される。私はもう充分がんばった。
そう思って隣を見た瞬間、綾太さんと視線が合う。
「もうやめとく?」
彼はニヤリと意地の悪い微笑みを浮かべていて、ようやく自分ひとりがあたふたと慌てていたのだと知った。綾太さんは私の反応を楽しんでいたらしい。
「も、もう! 私をからかうために、この映画を選んだの?」
「まさか。画面をスクロールして、適当に選んだのがたまたまこれだったんだ。成人指定があったけど、真梨花が気にしてないから平気なのかと思ってた」
「……気が付かなかった……」
今さらだけど、もっとよく確認するべきだった。画面ではようやく濡れ場が終わったようで、別のシーンが展開されている。やはり最後まで見届けるべきだろう。
「無理して見なくてもいい。もうやめておこうか?」
「ううん、最後まで見る。食べ残すみたいでいやだから」
「だよな。真梨花はそう言うだろうと思ってたよ」
悲恋ものだったけどとても面白い映画だった。私はまた一歩、真の大人に近づけたと思う。ただ、この映画を見ることは二度とないだろう。
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