地味女だけど次期社長と同棲してます。―昔こっぴどく振った男の子が、実は御曹子でした―

千堂みくま

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30 特別な朝

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 目が覚めたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。私の部屋によく似ているけど、家具の配置や雰囲気が少しちがう。モノトーンの落ち着いた色調だ。

「……起きた?」

 横向きに寝ている私の頭の後ろから耳に心地よい声が聞こえきて、ゆっくりと振り返る。息が触れるほど近い距離に見とれるような端正な顔があった。この顔は――

「……綾太さん?」

「おはよう。真梨花さん」

 彼は何も着ていなかった。ほどよく筋肉に覆われた腕に私の頭が乗っていて、腕枕だと分かった瞬間、猛烈な羞恥心が私を襲う。昨夜の記憶がぶわっと頭のなかで再生された。

「おっおは……あの! 昨夜はすみませんでした!」

 お布団から飛び出した私だったが、すぐに後悔することになった。綾太さんだけじゃなく、私も何も着ていないのだ。変な叫び声を上げて再び布団にもぐりこむと、綾太さんはクスクス笑って私を引き寄せた。胸板に頬が触れて心臓が音を立てる。昨夜はもっとすごいことをしたのに。

「真梨花さんは着痩せするタイプなんだな。とても抱き心地がいい……。昨夜のこと、後悔してる?」

「後悔なんかしてません。私から望んだことですから……」

「夜はもっと砕けた口調だったのに、朝になったら戻っちゃったな。昨日みたいに話してほしいのに」

「う……。私は後悔してないよ。綾太さん」

 彼は嬉しそうに頷いた。こうして過ごしていると本当の恋人みたいでどきどきする。しかし時計を見た途端、甘い気分は吹っ飛んだ。

「えっ、もう十時!? どうしよう、すごい遅刻――」

「今日は祝日だから休み。ゆっくりしてていいよ」

 綾太さんの言葉で体から力が抜ける。そうだった。先週までは祝日だと把握していたけど、最近は曜日だけの感覚で過ごしてたので完全に頭から抜け落ちていた。

「真梨花さんに謝らないといけない事があるんだ」

「え……?」

 綾太さんが申し訳なさそうな顔で私の頬をなでる。謝るってなにをだろう。やっぱり私に出て行ってほしいんだろうか。

「きみが僕の部屋に来る決心をしたのは、最近ずっと僕が余所余所しい態度をとっていたからなんだろ? 女性が真夜中に男の部屋を訪ねるなんて、かなり勇気がいることだと思う。真梨花さんには複雑な事情もあるのに……。本当にごめん」

 ああ、そういう事。マンションを出る話じゃなくて私はホッと息をついた。綾太さんはまだ話したいことがあるようで、言葉を続ける。

「いま仕事でどうしても松本と顔を会わせることが多いんだ。でもあいつ、僕の前でだけきみの話をするんだよな……。真梨花、真梨花と馴れ馴れしく呼ぶのが腹立たしくて。真梨花の初めての男は俺だとか言われた時、本気でムカついた」

「さっ、最低……! そんな話してたんだ。あんな人、大っ嫌い」

 まさか松本さんがそこまで人間として腐っているとは思わなかった。仕事以外のことで綾太さんを精神的に疲れさせるなんて最低だ。綾太さんが『松本』と呼び捨てる気持ちがよく分かる。

「まぁ初めての件に関しては嘘だと分かったからいいんだ。真梨花さんの初めては僕だった。そうだろ?」

「う……うん。昨夜が初めてだった」

 確かにその通りだけど、どうして分かったのか不思議だ。初めてのときは少し出血すると聞いたことがあるけど、部屋は暗かったから血が出てもよく見えないだろうと思っていた。でも綾太さんがとても嬉しそうなので今は気にしないことにする。

「松本は人間としては最低だけど、要領がよくてミスをうまく隠すタイプなんだ。だから簡単にあいつを遠ざけることも出来ない。会うたびにあの自慢みたいな話を聞かされてたらイライラして、このまま帰宅したら真梨花さんに八つ当たりするかもしれないと怖かった。それで夜遅くまで仕事をした後、ジムに行ってたんだ。体を動かしたら少しはストレス発散になるから」

「ああ……。それで遅かったんだ」

「うん。でももういい年した大人なのに、感情をコントロール出来ない自分が恥ずかしくて……。正直に話せなかった。ごめん」

「いいよ、もう気にしないで。松本さんのせいだと分かってホッとした」

「真梨花さん」

「ん?」

 綾太さんは私から少し顔を離して、真っすぐに視線を合わせた。

「僕もきみを真梨花と呼びたい。だから……きみの彼氏を名乗る権利を与えてほしい。順序は逆になってしまったけど、僕とお付き合いしてくれないか?」

「えっ…………え?」

 予想もしていなかった言葉で、綾太さんの告白は私の耳を通り抜けた。ぽかんとしていると、もう一度彼が言う。

「僕の恋人になってください。恩田真梨花さん」

「は……はいっ、分かりました! こちらこそ、よろしくお願いします!」

「また口調が戻ってる」

「あ、あなたが急にびっくりするようなこと言うから。……でも本当にいいの?」

「いいよ。僕の初恋がようやく叶うんだから。十三年前から真梨花が好きだった。ずっと会いたいと思ってたんだ」

 綾太さんの告白が嬉しくて、感極まった私はまためそめそ泣いてしまった。彼はふっと柔らかく笑って、私の額や頬にキスの雨を降らせる。
 私たちは昼近くまでベッドのなかで甘い時間を過ごした。
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