しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
38 / 38

番外編 ミドルネームにまつわる話

しおりを挟む
 足元で誰かがスカートの裾を引っ張っている。わたしは「待ってね」と言いながら自室で机に向かっていた。
 学生たちのレポートを採点しているのだが、何しろ枚数が多くて大変なのだ。

「ははうえ。おれと、あしょんでくれ」

 舌ったらずな可愛い声がわたしを呼んでいる。ああもう、なんて可愛いんだろう。

「申し訳ありません、奥さま。私がジルベルト様のお相手をします」

 お茶を運んできたシュウがわたしの息子を抱き上げた。

 ジルベルト・フレディ・グローヴァ―――もうすぐ三歳になる、わたしとジオルドの子である。ミドルネームであるフレディはわたしの父の名から貰ったものだ。

 ジルの柔らかなほっぺを触りながら、そう言えば、と思い出した。

「ジオルド様のミドルネームはレクザ、だったわよね。あれは誰から頂いたものなの?」

 シュウは高い高いをしながら、「アレクサンドラ様です」と答えた。
 アレクサンドラ? どこかで聞いた名前のような。

「あっ、小説の主人公の名前! え、どうして?」

「あの小説はジオルド様の大叔母である、アレクサンドラ様について書かれたものなのです。アレクサンドラ様は堕落した王の代わりに国を立て直した賢妃として有名でして」

「へ、へえ。まさかそんな繋がりがあったなんて……。シュウは詳しいわね」

「それはもう。あの小説は私が書いたものですから」

「―――はい? 何ですって?」

 飲んでいたお茶を吹きそうになり、慌てて口元を押さえた。目付きの鋭い青年はジルを肩車したまま平然と言葉を続ける。

「本はフリードの名前で出しましたが、私の本名はシュウフリード。グローヴァ家には初代からずっとお仕えしております」

「し、知らなかった……」

「おい。俺にもジルを抱かせてくれ」

 突然バタンとドアが開き、ジオルドが部屋に入ってきた。すでに窓の外は薄暗くなっている。もう夕方になっていたのだ。

 夫はシュウの肩からジルを抱き上げ、愛しそうにほお擦りしている。いつも思うけど、この二人はそっくりだ。髪の毛の色も瞳の色も、話す言葉まで。
 しかしジルが話し方までジオルドに似てるのはどうなんだろう。母としては気になるところである。

 ぼんやりと親子の触れ合いを見ていると、ジオルドは私の方へ顔を向けた。にやりと笑いながら。何か良からぬことを企んでいそうな顔。

「何ですか、その顔は」

「なあノア。そろそろジルにも兄弟が必要だと思わないか?」

「へ? そりゃ、そう思いますけど……あの、ちょっと?」

 ジオルドは息子をシュウに預け、わたしの手を引いて部屋から出ようとする。

「すまんな、ジル。お前に弟か妹を作ってやるから少し待っていてくれ」

「うん、ちちうえ。まってるよ」

 ジルがぷくぷくした手を振っている。彼の「ばいばい」という可愛い声がドアの向こうに吸い込まれた。ジオルドはわたしの手を引いたまま寝室へ向かっている。

「じ、ジオルド様。明日はバレン様とマーガレットの所へ遊びに行くんですよね? 体力を残しておかないと……」

「バレン達はもう二人目を作ったらしいぞ。俺たちも負けていられない。そうだろ?」

「な、なんでそんな……急がなくても」

 寝室に入るなり、ジオルドは首のタイを外して手早く服を脱いでいる。本気なのだ。

「お前な、俺がどれだけ広い領地を管理してると思ってるんだ。人手が足りない。子供は五、六人いてもいいぐらいだ」

「ごっごろく!? あっ、きゃあ!」

 夫はジルにするようにわたしを高く抱き上げてベッドに降ろした。待って、と言っても聞いてもらえない。何年も娼婦の相手をしてきたジオルドの手さばきは熟練している。抵抗むなしくあっという間に服を剥かれてしまった。

「もう夕食の時間なのに……せ、せめて、体を洗いたかったですっ……」

「そのままでいい。今のお前を抱きたい」

 逞しい体が覆いかぶさってくる。流されてしまうのは悔しいけれど、彼の体の重みが愛しかった。広い背中に腕を回して夫の愛撫を受け入れる。

 この時はまだ分かっていなかった。ジオルドがどれだけ本気だったのかを。
 彼はわたしに告げたことを実行し、その後長年に渡ってわたしは次々と子供を産み、育てる事になったのだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...