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番外編 ミドルネームにまつわる話
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足元で誰かがスカートの裾を引っ張っている。わたしは「待ってね」と言いながら自室で机に向かっていた。
学生たちのレポートを採点しているのだが、何しろ枚数が多くて大変なのだ。
「ははうえ。おれと、あしょんでくれ」
舌ったらずな可愛い声がわたしを呼んでいる。ああもう、なんて可愛いんだろう。
「申し訳ありません、奥さま。私がジルベルト様のお相手をします」
お茶を運んできたシュウがわたしの息子を抱き上げた。
ジルベルト・フレディ・グローヴァ―――もうすぐ三歳になる、わたしとジオルドの子である。ミドルネームであるフレディはわたしの父の名から貰ったものだ。
ジルの柔らかなほっぺを触りながら、そう言えば、と思い出した。
「ジオルド様のミドルネームはレクザ、だったわよね。あれは誰から頂いたものなの?」
シュウは高い高いをしながら、「アレクサンドラ様です」と答えた。
アレクサンドラ? どこかで聞いた名前のような。
「あっ、小説の主人公の名前! え、どうして?」
「あの小説はジオルド様の大叔母である、アレクサンドラ様について書かれたものなのです。アレクサンドラ様は堕落した王の代わりに国を立て直した賢妃として有名でして」
「へ、へえ。まさかそんな繋がりがあったなんて……。シュウは詳しいわね」
「それはもう。あの小説は私が書いたものですから」
「―――はい? 何ですって?」
飲んでいたお茶を吹きそうになり、慌てて口元を押さえた。目付きの鋭い青年はジルを肩車したまま平然と言葉を続ける。
「本はフリードの名前で出しましたが、私の本名はシュウフリード。グローヴァ家には初代からずっとお仕えしております」
「し、知らなかった……」
「おい。俺にもジルを抱かせてくれ」
突然バタンとドアが開き、ジオルドが部屋に入ってきた。すでに窓の外は薄暗くなっている。もう夕方になっていたのだ。
夫はシュウの肩からジルを抱き上げ、愛しそうにほお擦りしている。いつも思うけど、この二人はそっくりだ。髪の毛の色も瞳の色も、話す言葉まで。
しかしジルが話し方までジオルドに似てるのはどうなんだろう。母としては気になるところである。
ぼんやりと親子の触れ合いを見ていると、ジオルドは私の方へ顔を向けた。にやりと笑いながら。何か良からぬことを企んでいそうな顔。
「何ですか、その顔は」
「なあノア。そろそろジルにも兄弟が必要だと思わないか?」
「へ? そりゃ、そう思いますけど……あの、ちょっと?」
ジオルドは息子をシュウに預け、わたしの手を引いて部屋から出ようとする。
「すまんな、ジル。お前に弟か妹を作ってやるから少し待っていてくれ」
「うん、ちちうえ。まってるよ」
ジルがぷくぷくした手を振っている。彼の「ばいばい」という可愛い声がドアの向こうに吸い込まれた。ジオルドはわたしの手を引いたまま寝室へ向かっている。
「じ、ジオルド様。明日はバレン様とマーガレットの所へ遊びに行くんですよね? 体力を残しておかないと……」
「バレン達はもう二人目を作ったらしいぞ。俺たちも負けていられない。そうだろ?」
「な、なんでそんな……急がなくても」
寝室に入るなり、ジオルドは首のタイを外して手早く服を脱いでいる。本気なのだ。
「お前な、俺がどれだけ広い領地を管理してると思ってるんだ。人手が足りない。子供は五、六人いてもいいぐらいだ」
「ごっごろく!? あっ、きゃあ!」
夫はジルにするようにわたしを高く抱き上げてベッドに降ろした。待って、と言っても聞いてもらえない。何年も娼婦の相手をしてきたジオルドの手さばきは熟練している。抵抗むなしくあっという間に服を剥かれてしまった。
「もう夕食の時間なのに……せ、せめて、体を洗いたかったですっ……」
「そのままでいい。今のお前を抱きたい」
逞しい体が覆いかぶさってくる。流されてしまうのは悔しいけれど、彼の体の重みが愛しかった。広い背中に腕を回して夫の愛撫を受け入れる。
この時はまだ分かっていなかった。ジオルドがどれだけ本気だったのかを。
彼はわたしに告げたことを実行し、その後長年に渡ってわたしは次々と子供を産み、育てる事になったのだった。
学生たちのレポートを採点しているのだが、何しろ枚数が多くて大変なのだ。
「ははうえ。おれと、あしょんでくれ」
舌ったらずな可愛い声がわたしを呼んでいる。ああもう、なんて可愛いんだろう。
「申し訳ありません、奥さま。私がジルベルト様のお相手をします」
お茶を運んできたシュウがわたしの息子を抱き上げた。
ジルベルト・フレディ・グローヴァ―――もうすぐ三歳になる、わたしとジオルドの子である。ミドルネームであるフレディはわたしの父の名から貰ったものだ。
ジルの柔らかなほっぺを触りながら、そう言えば、と思い出した。
「ジオルド様のミドルネームはレクザ、だったわよね。あれは誰から頂いたものなの?」
シュウは高い高いをしながら、「アレクサンドラ様です」と答えた。
アレクサンドラ? どこかで聞いた名前のような。
「あっ、小説の主人公の名前! え、どうして?」
「あの小説はジオルド様の大叔母である、アレクサンドラ様について書かれたものなのです。アレクサンドラ様は堕落した王の代わりに国を立て直した賢妃として有名でして」
「へ、へえ。まさかそんな繋がりがあったなんて……。シュウは詳しいわね」
「それはもう。あの小説は私が書いたものですから」
「―――はい? 何ですって?」
飲んでいたお茶を吹きそうになり、慌てて口元を押さえた。目付きの鋭い青年はジルを肩車したまま平然と言葉を続ける。
「本はフリードの名前で出しましたが、私の本名はシュウフリード。グローヴァ家には初代からずっとお仕えしております」
「し、知らなかった……」
「おい。俺にもジルを抱かせてくれ」
突然バタンとドアが開き、ジオルドが部屋に入ってきた。すでに窓の外は薄暗くなっている。もう夕方になっていたのだ。
夫はシュウの肩からジルを抱き上げ、愛しそうにほお擦りしている。いつも思うけど、この二人はそっくりだ。髪の毛の色も瞳の色も、話す言葉まで。
しかしジルが話し方までジオルドに似てるのはどうなんだろう。母としては気になるところである。
ぼんやりと親子の触れ合いを見ていると、ジオルドは私の方へ顔を向けた。にやりと笑いながら。何か良からぬことを企んでいそうな顔。
「何ですか、その顔は」
「なあノア。そろそろジルにも兄弟が必要だと思わないか?」
「へ? そりゃ、そう思いますけど……あの、ちょっと?」
ジオルドは息子をシュウに預け、わたしの手を引いて部屋から出ようとする。
「すまんな、ジル。お前に弟か妹を作ってやるから少し待っていてくれ」
「うん、ちちうえ。まってるよ」
ジルがぷくぷくした手を振っている。彼の「ばいばい」という可愛い声がドアの向こうに吸い込まれた。ジオルドはわたしの手を引いたまま寝室へ向かっている。
「じ、ジオルド様。明日はバレン様とマーガレットの所へ遊びに行くんですよね? 体力を残しておかないと……」
「バレン達はもう二人目を作ったらしいぞ。俺たちも負けていられない。そうだろ?」
「な、なんでそんな……急がなくても」
寝室に入るなり、ジオルドは首のタイを外して手早く服を脱いでいる。本気なのだ。
「お前な、俺がどれだけ広い領地を管理してると思ってるんだ。人手が足りない。子供は五、六人いてもいいぐらいだ」
「ごっごろく!? あっ、きゃあ!」
夫はジルにするようにわたしを高く抱き上げてベッドに降ろした。待って、と言っても聞いてもらえない。何年も娼婦の相手をしてきたジオルドの手さばきは熟練している。抵抗むなしくあっという間に服を剥かれてしまった。
「もう夕食の時間なのに……せ、せめて、体を洗いたかったですっ……」
「そのままでいい。今のお前を抱きたい」
逞しい体が覆いかぶさってくる。流されてしまうのは悔しいけれど、彼の体の重みが愛しかった。広い背中に腕を回して夫の愛撫を受け入れる。
この時はまだ分かっていなかった。ジオルドがどれだけ本気だったのかを。
彼はわたしに告げたことを実行し、その後長年に渡ってわたしは次々と子供を産み、育てる事になったのだった。
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