しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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36 教えてあげます

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 また男二人がわたしを台から降ろし、テントの中へ連れ戻した。中には誰もいない。テントの外に置かれた机の前で、奴隷を買い取った人たちが金銭のやり取りをしている。

 仮面をつけた背の高い男が現れ、机の前で待ち構えていた奴隷商人に小切手を渡しているのが見えた。小切手にははっきりと三億の数字が書き込まれている。
 男は小さな鍵でわたしの手枷と足枷を外した。何か言おうとしたのか一瞬口を開き、しかしまた閉じてしまう。

 どうして何も言ってくれないの?
 三億も払わせちゃったから、怒ってるの?

 彼の名前を呼ぼうとした途端、広場に「全員、動くな!」という大きな声が響いた。同時に、誰かの悲鳴とたくさんの人が逃げ惑うガタガタという音。

 驚いて身をすくませていると、目の前の男がわたしの肩に上着をかけ、ゆっくりと抱き上げた。わたしは彼の首に腕を回してしがみ付く。この人の傍にいれば安全なはずだから。

「取り引きをしている間に、ディアンがこの島を包囲したんだ。これで奴隷商たちは逃げられない」

 耳に馴染んだ声が、説明するようにわたしの耳元でささやいた。
 やがて乱闘のような音が落ち着き、ざわざわとした人の声だけがテントの向こうから聞こえてくる。

 彼はわたしを抱き上げたままテントから出た。少し離れたところから広場の様子を眺めると、王宮騎士団が取り引きに参加していた客と奴隷商を縛り上げている。広場の端では奴隷として売られた人たちが保護されていた。

 洞窟の入り口から、騎士を引き連れたとび色の髪の青年が現れた。彼はわたし達を見て手を振っている。

「やあ、無事だったんだね。間に合って良かった。伯父の様子がおかしいと、マーガレットが連絡してくれたんだよ。妙な荷物を運んでいるようだと聞いたが、まさか荷物の中身がノア嬢だったとはね……。伯爵を見張っていた甲斐があった」

 ディアンジェス様の後ろでは、ノイドール伯爵が拘束されていた。膝をつく伯爵を王子は冷徹に見下ろしている。

「わが国では人身売買は禁止されているはずだが、一向に被害が減らないのでおかしいと思っていた。ノイドール伯爵が仲介していたんだね」

「…………」

「この島を調べたら、輸入されているはずの魔術薬の原料まで見つかったよ。この無人島を使って積み荷のすり替えをしていたのか。道理で見つからないはずだ」

「私は魔術薬など認めない。あんなものは、人殺しの道具だ!」

「申し開きは地下牢で聞こう。魔術師長、頼む」

 王子の命を受けた人物が前に進み出てきた。黒いローブを全身にまとった初老の男性だ。耳にも指にも魔道具らしき飾りをジャラジャラと付け、魔術師が使う長い杖を持っている。

「転移先は王宮でよろしいか、殿下」

「ああ」

 騎士たちが、縛り上げた奴隷商と参加していた客、そして保護した人たちを一箇所に集めた。魔術師長の長い詠唱が始まり、彼が言葉を紡ぐたびに杖の先端に嵌められた大きな魔石がじわじわと白く光っていく。

「座標、39.34、153.66―――転移開始」

 魔術師長が杖をトン!と地面に突くと、集められた人々の足元に巨大な魔術陣が現れた。魔術文字が強烈な光を放ち、眩しさに思わず目を閉じる。
 キンッと音がして急に静かになった。恐々と目を開けてみれば、あんなに大勢集まっていた人々が消えている。

 神業のような魔術を目にしてぽかんとしていると、魔術師長はわたしを見てニヤッと笑った。いや、わたしと言うより、首のチョーカーを見て笑ったみたいだった。

 もしかしてこれ、魔術師長が作ったんですか。よくもこんな厄介なモノを作ってくれましたね。
 わたしは彼に文句を言いたい気分になった。

 ディアンジェス様の指示で、広場に残った取り引きの証拠や使われた道具が次々と運び出されていく。

 わたしを抱き上げている男もゆっくりと洞窟に向かって歩き出した。さっきからどうして黙り込んでいるのだろう。仮面だってつけたままだし。

「どうして仮面を取らないんですか、ジオルド様」

 わたしが言うと、彼は一瞬だけ体を強張らせた。何だかもじもじしていて埒が明かない。ジオルドらしくない。じれったくなって、彼の顔から無理やり仮面を剥ぎ取った。美しい顔はムスッとしている。

「助けに来てくださって、ありがとうございました」

「……ああ」

「やっぱり怒ってるんですか?」

「怒ってる? いや、怒ってるのはお前の方だろう」

 そう言えば怒っていたかも。でも何だかんだで、どうでもよくなってしまった。
 洞窟の出口が近付いてくる。空の青と海の青が綺麗だ。

「あなたは何を考えているのか分からないですね。わたしを好き勝手に振り回したり、急に優しくしてみたり……。そろそろ教えてもらえませんか?」

「―――何を?」

「わたしのこと、好きなんですか?」

 ジオルドは歩いていた足をぴたりと止めた。ざざあと波の音がして、乾いた潮風がわたし達の髪の毛を揺らしている。
 たっぷり迷ったあと、彼は低い声で言った。

「……分からん」

「わ、分からんん!?」

 あなたね、そこは「そうだ」と言うべきところでしょう!
 もう何をどう説明すればいいのか分からず、ただ口をぱくぱくさせてしまう。

 唖然とするわたしの前で、ジオルドは眉をへにゃりと下げた。初めてみる情けない顔だった。

「俺には、ひとを好きになるという気持ちがよく分からない。だからお前が教えてくれ。俺の隣で、ずっと」

 それはとても分かりにくいプロポーズだった。だけどジオルドにとっては最初で最後の、一大決心をして告げた言葉だったのだろう。大きな体は少し震えていた。

 わたしは顔を寄せて、彼の唇にキスをした。柔らかくて、ちょっと冷たい。

「仕方ないですね。一生かかっても、わたしが教えてあげます」

 唇の先を触れ合わせたまま言うと、ジオルドはわたしの体をぎゅうっと抱きしめ、深い口付けをしてくる。何もかも吸い取られるようでクラクラした。

 何度も口付けられてすっかり力が抜けた頃、ようやくジオルドは船まで連れて行ってくれた。
 競売の証拠も全て船に積み込まれ、わたし達は無人島を後にしたのだった。
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