しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
31 / 38

31 夜宴での企み

しおりを挟む
 ジオルドとわたしは一緒にホール内を回り、貴族への挨拶を済ませた。バレン様を通してわたしもいつの間にか有名になっていたらしく、たくさんの人から握手を求められた。少し離れた場所では、サイラス先生も同じように多くの貴族と握手を交わしている。

 宮廷楽団による演奏が始まり、二組のペアがダンスホールに現れた。二人の王子さまと彼らの婚約者だ。ディアン様の婚約者さまは、銀髪の目を見張るような美女だった。

 彼らが豪華な美男美女だとすると、バレン様とマーガレットは清楚で初々しい雰囲気がある。今夜のマーガレットはえんじ色のドレスを着ていて、普段の彼女よりぐっと大人っぽい。
 わたしは手を振りたい気持ちを我慢しながら四人のダンスを見つめた。

 王子さま達のダンスが終わり、他の貴族たちもダンスホールへ入っていく。わたしもジオルドに導かれて端の方で踊った。
 何しろ大学の方が忙しすぎて、ほとんどダンスの練習が出来なかったのだ。ジオルドが巧みにわたしを躍らせてくれたから何とか形になったけれど、他の男性だったら変なダンスになっていたかもしれない。

「お前、他の男とはあまり踊るなよ」

「分かってますよ」

 自分から恥をさらすような真似はしません。

 ジオルドは何度も同じことを言ってわたしから離れていった。
 わたしは壁際に移動し、他の招待客の様子を見つめる。ここからが問題なのだ。ジオルドという後ろ盾がいなくなった今、わたしに話しかけてくる人物の目的は何なのか。

 壁の花になっていると、数人の男性が近付いて来てわたしをダンスに誘った。足をくじいて休んでいるという事にして何とかダンスは避け、お喋りをだらだらと続ける。
 びっくりするぐらい他の男性と話が合わない。勉強と研究ばかりで貴族の遊びなんてした事がないから、話について行けなくて肩身が狭かった。

 成り行きで貴族になってしまったけれど、やっぱりわたしは平民なんだな……。
 広い大ホールの中で貴族たちに埋もれながら、自分は異物なのではないかという心細さを感じた。

 何か飲もうかと歩き出したとき、急に目の前に女性が立ち塞がった。わたしと同じぐらいの身長で、赤に近い茶色の髪をくるくると見事に巻いている。
 顔よりも髪型に目が釘付けになった。凄い。どうやってあんなロールパンのような髪型を維持しているんだろう。

「ちょっと、あなた」

「え?」

「挨拶もせずにひとをジロジロ見るなんて失礼でしょう!」

「あっ。す、すみません。ノア・ブラキストンと申します」

 女性はフン、と鼻を鳴らし、わたしの顔を見ながら「知ってるわよ」とぼそりと言った。この髪型、恐らくロザンヌで間違いないだろう。ジオルドが「ロザンヌは巻き毛が凄い」と言っていたし。

「モルダー伯爵令嬢ロザンヌ様ですね。ご挨拶が遅れまして……」

「そうね。あたくしに断りもなくジオルド様の横に立つなんて無礼すぎるわよ。急に横入りして公爵さまの恋人面をするなんて……さすがにもと平民はやることが薄汚いわね」

 ジオルドが考えた通りだった。本当にロザンヌは彼のことが好きなのだ。中身も知った上でジオルドの事が好きなら、心から尊敬するけども。

 ロザンヌの後ろには同じような年齢の令嬢が三人立っている。彼女たちはわたしを取り囲んでクスクスと笑い出した。

「ねえ、どうやって公爵さまをたらし込んだのか教えてよ」

「見た目だけは綺麗だから、そこをお気に召したのかしら? 公爵さまも、何もこんな貧乏そうな女を選ばなくてもよろしいのに」

「違うわよ、公爵さまはお金を出してあげてるだけよ。この女はちょっとだけ賢いからね。利用価値がなくなれば捨てるに決まってるわ」

「あなたも勘違いしないことね。公爵さまがあなたに構うのは、大学に通っている間だけよ」

 この雰囲気、中等部の頃とそっくりだなあ。周囲でぶつくさ言っている女性たちを見ながら、そんな事を考えていた。
 ロザンヌとわたしが接触したことにジオルドは気付いているだろうか。様子を伺いたいけれど、四人の女性に囲まれているせいで周りがよく見えない。

 ロザンヌ達はわたしの手を取り、「もっとお喋りしましょうよ」と会場を抜け出した。彼女たちの笑顔は悪意に満ちていて、間違いなくわたしに対して良からぬ事をするのだろうなと思った。少し不安になり、首もとの黒い宝石に触れる。

 ジオルド様。信じているから、必ず助けに来てくださいね。

 やがて四人は一つの部屋にわたしを案内した。招待客が自由に使える休憩室のようだ。いくつか置かれたソファの中心にテーブルがあり、その上にはティーセットが用意されている。

 一人の女性がお茶を淹れ、四人は仲良く座ってお喋りしながら休憩している。わたしはのんびりお茶を飲む気にはなれず、部屋の隅で立ったまま彼女たちの様子を見ていた。

 やがてロザンヌが立ち上がり、「さあて、そろそろ会場へ戻りましょうか」と他の三人へ言う。そのまま四人はわたしに目もくれず立ち去ってしまった。

 あれ? 何もしないのかな。絶対に何かしてくるだろうと思ってたんだけど。

 緊張の糸が切れてしまい、へなへなとソファに座りこんだ。馬鹿ばかしい。せっかく覚悟を決めてあの四人について来たのに。
 お茶でも飲もうかとカップに手を伸ばした瞬間、急に部屋の明かりが消えた。

「えっ? なに?」

 魔術回路に不具合でもあったんだろうか。立ち上がって周囲を見回すと、窓から差し込む月明かりが部屋の隅に立つ誰かの姿を照らし出した。

「だっ誰!?」

「うわあ、こんな可愛い子だとは思わなかった」

 男の声だ。下卑た笑い声を忍ばせながらわたしの方へ近寄ってくる。心臓がぎゅっと縮んだような気がした。
 気持ち悪い。怖い!

 着慣れないドレスのせいか足がもつれて上手く走れない。ドレスの裾を踏み、つんのめって床の上にどたっと転んでしまった。這いずり回ってソファの下に逃げ込んだが、野太い指がわたしの足首を掴んで引きずり出そうとする。

「いやあっ、放して!」

 もう片方の足で、男の胸の辺りを思いっきり蹴り上げた。うげっと声がして力が一瞬ゆるんだが、足首は放してもらえない。
 月の光が、わたしの上に圧し掛かる男の顔を照らした。三十歳前後ぐらいの太った男だ。わたしの上に乗ったままぼそぼそと話し出す。

「僕はね、男爵家の次男坊なんだ。ずっとお嫁さんを探して夜会に出続けているんだけど、誰も僕のことなんか見向きもしなくてね」

 わたしが黙っているのをいい事に、彼は一人で話し続ける。

「貴族の令嬢ってのはさ、一度でも穢れると嫁の貰い手がなくなるんだよ。もう僕にはこんな手しか残っていないんだ。ごめんね」

 男の顔がゆっくりと近付いてくる。真正面から見た彼の顔は、ジオルドとはあまりにも違っていた。怒りで目の前が真っ赤に染まる。

 ジオルドの馬鹿! あほ! 一体なにやってんのよ!!

「ジオルド様の、馬鹿ぁああ!」

 叫んだと同時に、ドガァン!と凄まじい音がしてドアが吹っ飛んだ。廊下からもれた明かりが、部屋の中で倒れているわたしと男を照らし出す。
 ドアの開口部にはジオルドが立ち、彼の後ろでは騎士に捕らえられたロザンヌが「放しなさい!」と喚いていた。

「おい、お前。ノアから離れろ」

 ジオルドは大股でずかずかと歩き、わたしの上に乗っていた男を蹴り飛ばした。男はぎゃっと呻いて床に転がる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...