しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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 その後サイラス先生の主導のもと、抗魔素抗体について詳しい研究が始まった。

 抗体というものは通常生まれてから個人が獲得するものだが、抗魔素抗体に関しては親から子へ受け継がれていくらしい。だからフォックス公爵家の血を引く人間は、魔力が高くても魔力硬化症にならないのだ。魔術師の家系の人物についても、同じことが起こっているのだろう。

 わたし達とサイラス先生は、条件を変えて何度も治験ちけんを繰り返した。他の研究生にも協力してもらい、魔術を使って人工的に抗魔素抗体を作る方法を生み出した。

 研究が進む間、バレン様は父上である国王陛下と兄王子に相談していたようだった。ひと通りの研究結果が出た段階で、彼は自身の体で治験することを全国民に向けて発表した。
 第二王子が母親と同じ病気にかかっている事、どのぐらい病状が進んでいるのかは新聞を通して誰もが知ることとなった。

 バレン様の足の親指はすでに付け根まで黒く硬化している。新聞の写真を見た人々の中には彼と同じ病にかかっている人もいて、治験を受けたいという手紙がオルタ大学に何枚も届いた。

 ディアンジェス様とバレン様は個人の資産から出資し、彼らの治験を経済的に支援した。バレン様が医師を目指していることも国民に知れ渡り、彼と彼を支える兄王子の仲睦まじい姿はウォルス国内で有名になっていった。

 サイラス先生の研究チームは恩賞を与えられ、抗魔素抗体の第一発見者であるわたしは何と『勲爵士デイム』の爵位を授けられた。二人の王子の強い推薦が後押しとなって決まったらしい。

 ガチガチに緊張しながら国王陛下に謁見した日、ジオルドはぼそりと「ディアンの狙い通りになった」と漏らしていた。
 何の事だったんだろう。


 そしてばたばたと慌しく過ごす内に、いつの間にか季節は秋を迎えていた。

 魔力硬化症の治験は今のところ順調に進んでいて、重篤な副作用も起きていない。バレン様は一時期食欲が減退していたが、今ではそれも落ち着き元気に大学生活を送っている。

 今夜は彼の快気を祝う夜宴が開かれる。わたしはジオルドにあれこれ指示されながらドレスの用意をしていた。大学から出席するのはわたしとサイラス先生のみだが、会場では二人の王子さまとマーガレットにも会える事だろう。

 夜会の準備のために屋敷に呼ばれた女性たちがわたしの体を隅々まで洗い、コルセットで締め上げ、ドレスを着せていく。髪を結い上げたあと女性たちは帰っていった。彼女たちは多分、娼館から呼ばれたのではないかと思う。

 部屋の中に紺色のドレスを着たわたしとジオルドだけが残された。ジオルドは背中側の裾が長い礼服を着て、小さなルビーの耳飾りを付けている。見た目だけは完璧な美しさだ。

 彼は静かにこちらへ歩み寄り、わたしの耳にサファイアの大ぶりな耳飾りをつけた。重たいし、落としそう。

「ノア。今夜の祝宴でお前がやる事は?」

「ええと……モルダー伯爵令嬢ロザンヌ様とさりげなくお喋りして、彼らの狙いを探り出すことです」

「そうだ。バレンが医師を目指している事はすでに国中に広まっている。彼を王に推していた貴族の中には、第一王子に鞍替えしようと企む者もいるだろう。モルダー伯爵も元々はバレン派だったが、数年前から態度を変え、ディアン派である俺に近付いてきている」

 わたしは昨年の出来事を思い出していた。ジオルドと再会するきっかけとなった惚れ薬はモルダー伯爵の従者から依頼された仕事だったが、あれはロザンヌとジオルドを結びつけるためだったのだ。結局失敗してしまったけれど。

「俺がお前を連れて夜会へ行けば、ロザンヌは嫉妬して何か仕掛けてくるかもしれない。それが目的ではあるが、くれぐれも気をつけろよ」

「はい」

 嫉妬されるほどロザンヌに好かれてるんですか。ジオルドの自信ってどこから湧いてくるんだろう。
 まあ確かに子供の頃からモテ続けていた彼からすれば、女性に好かれるなんて呼吸するのと同じぐらい自然な事なのかも。

 ふと思い出したことがあり、わたしは体の向きを変えてジオルドと真っ直ぐに視線を合わせた。急に真正面から顔を見たので彼は少しギョッとしている。

「ジオルド様、ありがとうございました」

「何だよ、急に」

「魔力硬化症の治療を始める事が出来たのは、あなたが血を提供してくださったからです。わたしが体調を崩して辛かった時も支えてくださったでしょう? 本当に、ありが―――」

 言葉が終わる前に、ふわりと優しく抱きしめられた。ジオルドはわたしの耳元にキスをして穏やかに笑っている。慈愛に満ちた眼差しだったけれど、瞳の奥には熱が篭っていてどきりとした。

 何だか不思議だ。再会した時にはジオルドが怖くて仕方がなかったのに、この半年で彼に対するわたしの気持ちも変わってきている。今はただ、ありがとうと言う感謝の想いが強かった。


 シュウが馬車でわたし達を王宮まで送った。ジオルドは彼に夜会の会場を見張るように命じる。

 わたしは首元に手を伸ばし、そこに黒い宝石があるかどうかを確かめた。いつもはこのチョーカーを疎ましく感じているけれど、今夜だけはこれがわたしの生命線だ。わたしの位置情報はジオルドが嵌めている指輪に送られる。何かあればすぐに彼が駆けつけてくれるはず。

 ジオルドが差し出す腕に手を絡め、ゆっくりと歩き出した。夜会の会場は王宮内の大ホールである。巨大な扉の先にあるその場所は、すでにたくさんの貴族で賑わっていた。

 会場へ入った途端、入り口近くにいた数人の女性がジオルドに釘付けになった。ぽやあっと頬を染めて彼に見惚れている。逆に、彼女たちの隣に立つ男性たちは渋い表情をしていた。

 ジオルドの隣にいるわたしも居心地が悪い。彼に目を奪われた女性は、今はわたしを睨んでいるから。

 急に中等部の頃の記憶が蘇ってきた。あの頃も「なんでアンタのような平民が」と言われて嫌がらせされたっけ。あれから七年たった今も同じ視線を浴びる事になるなんて、人生なにがあるか分からない。
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