しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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29 発見と転機

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 早春のある日。
 その日は他の人にとって、何の変哲もない一日だっただろう。
 だけどわたしには特別だった。人生において紛れもなく、この先を左右する出来事が起こった。

「やった、凝集ぎょうしゅう反応が出た。見つけた……!」

「―――何を?」

 机の横のソファに座ったジオルドが、書類を見ながらぼそりと言葉を返した。わたしが倒れて以来、彼は屋敷にいる間ずっとわたしの部屋に入り浸っている。まあ、その件に関しては今どうでもいい。

「ジオルド様の血液には、特殊な抗体があります。そうですね、抗魔素抗体とでも呼びましょうか」

「抗魔素抗体?」

「はい。魔素濃度が基準値を超えると、魔素はあるタンパクと結びついて体内に蓄積されるようです。ジオルド様のように抗体を持つ人は体外に排出されますが、抗体を持たない人はずっと蓄積されっぱなしになると思われます」

「なるほど。一定以上蓄積されると、魔力硬化症になるのだな?」

「はい、恐らく。まだ確定は出来ないので、大学で詳しく調べて来ます」

 すぐさま出掛けようとすると、ジオルドに「何時だと思ってるんだ」と止められてしまった。いつの間にか窓の外は真っ暗で、そう言えば今日は大学は休みだったと思い出す。

 ああ、早く調べたいのに。
 サイラス先生の研究室へ行きたいのに。

 結局その夜は毛布の中で悶々と過ごした。久しぶりにわたしを猫にして同衾させたジオルドだけが、幸せそうに寝ている。何て自由な人だろうと思った。


 翌日、かなり早めに大学へ行った。正門をくぐって真っ直ぐに図書室へ向かい、目的の人物二人を探す。予想通り、マーガレットとバレン様は並んで本を読んでいた。

 わたしは静かに二人に近づき、図書室の外へ誘い出した。
 息を切らせているわたしを見て、バレン様は何か気付いたようだった。

「ノア、もしかして―――」

「はい。魔力硬化症に対して、有効な治療法が見つかったかもしれません」

「ええっ!? あ、ごめんなさい」

 廊下で大声を出してしまったマーガレットは、恥ずかしそうに口元を押さえている。

「す、すごい。流石ノアだわ」

「まだ確信が持てないの。だからサイラス先生に頼んで、ルーカスに協力してもらおうかと思ってて……。バレン様、研究室でこの病気を調べてもいいですか?」

 サイラス先生は装置を使わせてくれるだろう。でも魔力硬化症について調べている内に、誰かがバレン様の事ではないのかと感づく可能性もある。この病気は遺伝性があると主張する学者もいるのだ。
 しかし彼は力強く頷いた。

「もちろんだよ。講義が終わり次第、すぐに研究室へ行こう」

 そしてわたし達は昼下がりの研究室へと集まった。サイラス先生には「魔力硬化症の発病原因と治療法について調べたい」と簡単に説明したが、先生はちらりとバレン様の表情を伺っていた。

 それでも深く追求する事もなく装置を使うことを許してくれたので、わたし達は先生と一緒に細長い部屋に移動する。

「ルーカスを発現させるにあたって、何か条件はあるかい?」

「はい。この血液サンプルを使って頂きたいんです。ルーカスが魔力硬化症を発症した場合には、点滴療法を試させてください」

 血液サンプルはバレン様のもの、そして途中でルーカスに点滴する薬はジオルドの血液から分離・精製したものである。この液状の薬には抗魔素抗体が入っている。

 サイラス先生はわたしから血液サンプルを受け取ると、分析装置の中へ入れた。
 血液情報を読み取った機械が、情報どおりのルーカスを形作っていく。やがて、正方形の部屋の中に一人の青年が現れた。

 先生が魔術陣内の時間を高速で早送りさせる。しばらくの間、誰もが無言でルーカスの様子を見つめていたが、突然マーガレットが「あっ」と叫んだ。

「ルーカスの左足を見て。指先が―――」

 ルーカスの左足の小指側から、じわじわと黒い染みのようなものが広がり始めた。サイラス先生は魔術陣の時間を止め、計測器の数字をチェックしている。

「やはり魔素濃度が高いと魔力硬化症になるのか……。よし、点滴してみよう」

 点滴の用意をし、ルーカスが待つ部屋に入る。先生はルーカスを部屋の隅にある寝台に寝かせ、慎重な手つきで点滴の管を差し込んだ。
 また隣の部屋に戻り、魔術の力を使って時間を少し早送りさせる。

 点滴を終えた後、ルーカスの体温は少し上がったようだった。副作用かもしれない。わたしはハラハラしながらルーカスの様子を見守った。

 何時間も張り付いてルーカスの様子を見ていると、左足の黒ずみに変化が現れた。徐々に色が薄くなり、面積が小さくなっていく。計測器に出ている血中の魔素濃度は変わっていない。という事は、抗体が正常に働いているんだろうか。

 魔術陣の内部の経過時間が数ヶ月を超えても、やはりルーカスの魔力硬化症は進行しなかった。硬化したはずの左足は元に戻り、最初から何も起こらなかったかのように見える。

「ね、ねえ……。これって、点滴が効いてるんじゃない?」

 マーガレットがおずおずと言う。すでに夜を迎えていて窓の外は暗かったが、誰もがルーカスの病状を必死に見守っていた。

「すっ素晴らしい! この点滴薬は魔力硬化症の切り札になるかもしれないぞ。もっと詳しいデータを取ろう!」

 サイラス先生が感動したように叫び、彼の横にいたバレン様はわたしの手をぎゅっと握った。バレン様の目には涙が滲んでいる。わたしも思わず彼と一緒に泣いてしまった。

 二人で涙を流しているとマーガレットもわたし達にしがみつき、三人でわんわん泣き叫んだ。わたし達の後ろでは、サイラス先生が精力的にデータを取ってくれていた。
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