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27 お見舞い
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せめて着替えたいと思ったけれど、ジオルドは許してくれなかった。わたしはベッドで上半身を起こした状態で、ジオルドはベッドの端に腰かけたままで客人を迎えることになってしまった。
「ノア、起き上がれるようになったんだね。良かった」
バレン様とマーガレットは花と果物を持ってきてくれた。シュウがテーブルをベッドの横まで移動し、四人分のお茶を用意して下がっていった。四人でテーブルを囲み、温かなお茶を飲む。
マーガレットはわたしとジオルドをちらちらと交互に見て、少し頬を赤らめている。絶対に誤解されている。何か言わねばと思うけど、下手なことを言えばますます誤解されそうで怖い。
「あ、あのね、講義の内容は全部ノートに取ってあるから。だから、あの、心配ないからね」
なぜか早口になっているマーガレット。まさか「ノアと公爵さまの邪魔をしちゃ駄目だわ」とか考えてないよね?
違うからね。お願いだから早く帰ろうとしないでね。
焦るマーガレットの横では、バレン様が暗い顔をしている。
「ノア、ごめんね。僕のために無理をしてくれたんだろう?」
僕のために、の言葉でジオルドがぴくっと体を強張らせた。彼の機嫌は急降下し、室内に冷たく重苦しい空気が漂っていく。
わたしは慌てて言った。
「いっいいええ! わたしが勝手に探究心にとり憑かれて調べた事です! バレン様は関係ありません!」
「君はそう言うだろうなと思ったよ。でもジオは全然納得してないみたいだし……。ジオはノアのことが大切なんだね。巻き込んでしまって本当にすまないと思う」
「そうだな。こいつを使うなら俺にひとこと言って欲しかったな」
そうだなだの、ひとこと言えだの。王子さま相手に無礼すぎませんか、ジオルド様。
さっきから変な汗が流れ続けている。ああ、誰かこの男を止めて。
バレン様はわたしとジオルドを見比べて苦笑している。
「大丈夫だよ、ノア。僕と兄さんとジオは、はとこなんだ。小さい頃からずっと一緒に遊んできた仲で……でもこうなるなら、もっと早めにジオにも話すべきだったな……」
バレン様は、わたしに打ち明けた時と同じようにジオルドに足の指を見せた。ジオルドはバレン様の指を見て、ぽつりと「ジャクリーン妃と同じだな」と呟いた。バレン様は小さく頷いている。
「冬休みに三人で出かけた日、体調を崩しちゃったんだよ。その時に、ノアに僕の病気のことを話したんだ。兄さんにも僕の体のことは伝えてあるよ」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。静かに時間が流れていく。わたしは少し焦り始めていた。今日、どうしてもマーガレットの無実を晴らしておきたい。
「あ、あの、ジオルド様。マーガレットは以前、魔術薬でバレン様の病気が治せないかとわたしに聞いたんです。そうだよね、マーガレット」
「え? う、うん。確かに聞いたけど?」
急に話しかけたせいか、マーガレットはきょとんとしている。
「だからあの……マーガレットは、すごく真面目な人なんです。とっても誠実な人なんです!」
わたしが言い終えた途端、ジオルドは吹き出し、大声で笑い始めた。ぽかんとするわたし達を尻目にひとしきり笑ったあと、彼は言った。
「分かったよ。だがまあ、確認ぐらいはさせてもらうぞ。―――マーガレット」
「は、はい」
「君の養父は魔術薬の原料を差し替える事件に関与している可能性がある。君は関わっているのか? もし少しでも関与していた場合、君のことは助けてやれないかもしれない」
「伯父が……」
マーガレットは一瞬暗い顔をしたが、やがてきっぱりと言った。
「私は伯父の仕事には何も関わっておりません。私は伯父に引き取られてから、ずっとメイドのように扱われて来ました。バレンとの婚約もいつの間にか勝手に決まっておりましたが、私はバレンを愛しています。彼を裏切るような真似は絶対にしません」
バレン様がそっとマーガレットの手を握った。二人は視線を合わせ、マーガレットは言葉を続けた。
「私は何も関与しておりません。伯父を庇うつもりもありません。遠慮なく、伯父を調べてくださいませ」
「……それを聞いて安心した。バレンの味方を減らすつもりはなかったからな……」
ジオルドは満足そうに頷き、わたしに向かって「これでいいんだろう?」と囁いた。マーガレットの迫力に気圧されていたわたしは、変な声で「へ? はあ」と答えてしまった。
わたし達のやりとりを、バレン様とマーガレットが生温い視線で見ている。居心地が悪い。何なんだろう、二人のあの顔。まるで「見守ってるよ」みたいな。
突然、バレン様が「そうか」と呟いた。何か思いついたらしい。
「ジオが子供の頃から追いかけてた子ってノアの事だったのか! 黒い髪に真紅の瞳……うん、ジオが言ってた通りだね。そうか。そうかぁ……」
「そうだぞ。だからノアを横取りしたりするなよ?」
「しないよ、僕にはマーガレットがいるのに」
「うふふ。何だか素敵ね、ノアと公爵さまも幼なじみだなんて」
わたしを取り残して、三人は意味深な微笑みを浮かべている。世界観について行けない。三人ともどうしたの。
その後しばらくの間、部屋の中に「うふふ」、「あはは」と奇妙な笑い声が響いた。わたしは三人の笑い声を呆然と聞いていた。
「ノア、起き上がれるようになったんだね。良かった」
バレン様とマーガレットは花と果物を持ってきてくれた。シュウがテーブルをベッドの横まで移動し、四人分のお茶を用意して下がっていった。四人でテーブルを囲み、温かなお茶を飲む。
マーガレットはわたしとジオルドをちらちらと交互に見て、少し頬を赤らめている。絶対に誤解されている。何か言わねばと思うけど、下手なことを言えばますます誤解されそうで怖い。
「あ、あのね、講義の内容は全部ノートに取ってあるから。だから、あの、心配ないからね」
なぜか早口になっているマーガレット。まさか「ノアと公爵さまの邪魔をしちゃ駄目だわ」とか考えてないよね?
違うからね。お願いだから早く帰ろうとしないでね。
焦るマーガレットの横では、バレン様が暗い顔をしている。
「ノア、ごめんね。僕のために無理をしてくれたんだろう?」
僕のために、の言葉でジオルドがぴくっと体を強張らせた。彼の機嫌は急降下し、室内に冷たく重苦しい空気が漂っていく。
わたしは慌てて言った。
「いっいいええ! わたしが勝手に探究心にとり憑かれて調べた事です! バレン様は関係ありません!」
「君はそう言うだろうなと思ったよ。でもジオは全然納得してないみたいだし……。ジオはノアのことが大切なんだね。巻き込んでしまって本当にすまないと思う」
「そうだな。こいつを使うなら俺にひとこと言って欲しかったな」
そうだなだの、ひとこと言えだの。王子さま相手に無礼すぎませんか、ジオルド様。
さっきから変な汗が流れ続けている。ああ、誰かこの男を止めて。
バレン様はわたしとジオルドを見比べて苦笑している。
「大丈夫だよ、ノア。僕と兄さんとジオは、はとこなんだ。小さい頃からずっと一緒に遊んできた仲で……でもこうなるなら、もっと早めにジオにも話すべきだったな……」
バレン様は、わたしに打ち明けた時と同じようにジオルドに足の指を見せた。ジオルドはバレン様の指を見て、ぽつりと「ジャクリーン妃と同じだな」と呟いた。バレン様は小さく頷いている。
「冬休みに三人で出かけた日、体調を崩しちゃったんだよ。その時に、ノアに僕の病気のことを話したんだ。兄さんにも僕の体のことは伝えてあるよ」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。静かに時間が流れていく。わたしは少し焦り始めていた。今日、どうしてもマーガレットの無実を晴らしておきたい。
「あ、あの、ジオルド様。マーガレットは以前、魔術薬でバレン様の病気が治せないかとわたしに聞いたんです。そうだよね、マーガレット」
「え? う、うん。確かに聞いたけど?」
急に話しかけたせいか、マーガレットはきょとんとしている。
「だからあの……マーガレットは、すごく真面目な人なんです。とっても誠実な人なんです!」
わたしが言い終えた途端、ジオルドは吹き出し、大声で笑い始めた。ぽかんとするわたし達を尻目にひとしきり笑ったあと、彼は言った。
「分かったよ。だがまあ、確認ぐらいはさせてもらうぞ。―――マーガレット」
「は、はい」
「君の養父は魔術薬の原料を差し替える事件に関与している可能性がある。君は関わっているのか? もし少しでも関与していた場合、君のことは助けてやれないかもしれない」
「伯父が……」
マーガレットは一瞬暗い顔をしたが、やがてきっぱりと言った。
「私は伯父の仕事には何も関わっておりません。私は伯父に引き取られてから、ずっとメイドのように扱われて来ました。バレンとの婚約もいつの間にか勝手に決まっておりましたが、私はバレンを愛しています。彼を裏切るような真似は絶対にしません」
バレン様がそっとマーガレットの手を握った。二人は視線を合わせ、マーガレットは言葉を続けた。
「私は何も関与しておりません。伯父を庇うつもりもありません。遠慮なく、伯父を調べてくださいませ」
「……それを聞いて安心した。バレンの味方を減らすつもりはなかったからな……」
ジオルドは満足そうに頷き、わたしに向かって「これでいいんだろう?」と囁いた。マーガレットの迫力に気圧されていたわたしは、変な声で「へ? はあ」と答えてしまった。
わたし達のやりとりを、バレン様とマーガレットが生温い視線で見ている。居心地が悪い。何なんだろう、二人のあの顔。まるで「見守ってるよ」みたいな。
突然、バレン様が「そうか」と呟いた。何か思いついたらしい。
「ジオが子供の頃から追いかけてた子ってノアの事だったのか! 黒い髪に真紅の瞳……うん、ジオが言ってた通りだね。そうか。そうかぁ……」
「そうだぞ。だからノアを横取りしたりするなよ?」
「しないよ、僕にはマーガレットがいるのに」
「うふふ。何だか素敵ね、ノアと公爵さまも幼なじみだなんて」
わたしを取り残して、三人は意味深な微笑みを浮かべている。世界観について行けない。三人ともどうしたの。
その後しばらくの間、部屋の中に「うふふ」、「あはは」と奇妙な笑い声が響いた。わたしは三人の笑い声を呆然と聞いていた。
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