しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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24 溺れる(ジオルド)

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 ジオルドは注意深くノアの表情を見ていた。「条件」の言葉で少しギョッとしたようだが、今は不可解そうに首をかしげている。
 しばらくして彼女は言った。

「分かりました。何をすればいいですか?」

 ジオルドは白く小さな手を取り、「おいで」と導いた。顔は微笑んだままだ。怯えて逃げ出されるような真似はしない。してたまるものか。

 行き先に気付いたノアは立ち止まろうとしたが、ジオルドは彼女の腰に手を添えて半ば強引に歩かせた。
 ノアの真紅の瞳が不安そうに揺れている。ジオルドは慈悲を込めて彼女の小さな顔を見下ろした。何も怖がることなどないと伝えるように。

「ジオルド様? 何をするんですか?」

 ベッドの端に座らせた。ノアの顔にははっきりと恐怖の色がある。ジオルドは穏やかに言った。

「怖がらなくていい。ただキスをするだけだ」

「キス? キスするだけなら、立ったままでもいいでしょう?」

 体と一緒に声まで震えている。無性に愛おしくなり、ジオルドは腕の中の存在を抱きしめ、耳元で囁いた。

「立っていられなくなるから、ここまで連れて来たんだ」

 抱きしめたままゆっくりと押し倒した。シーツにノアの髪が散らばる。純白のシーツと艶やかな黒髪は対照的で美しい。
 腕の中ではノアがぎゅっと目をつぶり、口を固く閉じていた。引き結んだ唇の中では歯を食いしばっているのだろう。がちがちに緊張している様子だ。

「ノア。口を開けろ」

 ノアはびくっと肩を揺らし、恐々と目を開けた。長い睫毛に縁取られた美しい真紅の瞳。ジオルドに命じられるまま、おずおずと唇をひらいていく。

 ぷっくりした唇の向こうに、果実のような赤く小さな舌が覗いている。
 ジオルドは吸い込まれるようにノアに口付けた。

 薄く開いた唇の先へ、何もかもねじ込むように侵入していく。

「んん、んっ……」

 ジオルドが奥へと進むたびにノアは苦しそうな声を漏らした。
 唇の角度を変えると、は、は、と温かい呼吸が頬にあたる。

 甘い。頭の中が痺れるような甘さだ。もっと、欲しい―――。

 初めて口付けをした少年のように、夢中で柔らかい唇を貪った。理性が吹き飛び、欲求を抑えられない。
 震える小さな手がジオルドの背中のシャツを握りしめている。抗議なのか、誘惑なのか。

 うなじから手を差し込んで、同じように黒髪を握ってやった。片方の手はほとんど無意識に下の方へ伸びていく。スカートの裾から手をすべり込ませてなめらかな肌に触れると、ノアの体がびくんと大きく跳ねた。

 ジオルドの心の中に、昏い喜びがじわじわと染みのように広がっていく。

 お前はバレンのためなら、俺に何をされても我慢すると言うのか。
 そんなにあいつが大切なのか?
 どれだけ耐えられるか、試してやろうか。

 喜びの根底には「なぜ俺のことを愛さないのだ」という怒りにも悲しみにも似た想いがあったが、ジオルドは気付かない振りをした。

 どんな表情をしているのかと目を開けると、白金と黒の髪が混ざりあう先で何かが光っている。閉じられた長い睫毛は、たくさんの小さな水滴で濡れていた。ノアの目から滲んだ涙が光っているのだ。

 ジオルドはハッとして動きを止め、ノアの顔を見つめた。小さな顔に浮かぶ感情を読み取ろうとした。
 苦しそうに寄せられた眉根。ぎゅっと閉じられ、涙が光る目元。頬は赤く染まっていても、ジオルドとの口付けに悦楽を感じているようには見えない。

 俺だけだ。
 俺だけが一人で勝手に、この女に溺れていたのだ。
 これでは完全に父親と同じではないか。あの男と同じようにはならないと、幼い頃から誓ってきたというのに。

 急に視界が暗くなったような心地がした。
 嫌だ。俺は―――俺は、違う!

 ジオルドは逃げるようにノアから顔を逸らし、ベッドから降りた。
 後ろから小さな声で「ジオルド様?」と呼ぶ声がする。

「血は明日の朝、お前にくれてやる」

 暗い声で告げ、部屋から出た。あんな華奢な女から逃げるなど、なんて無様なんだと思いながら。
 それでもジオルドの脳裏からノアの顔が離れることはなかった。
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