22 / 38
22 難病
しおりを挟む
数時間たった頃、休憩のために中央広場に向かった。雪のない季節は円形の花壇だったけれど、今はたくさんの露天で埋め尽くされている。
わたし達は温かい飲み物を買って、広場から少し離れた石のベンチに座った。
ふと見ると、バレン様は酷く疲れた顔をしている。赤かった頬は青白くなり、額には汗が浮いていた。
「バレン様、具合でも悪いのですか? 顔色が……」
わたしが言うと、彼は力なく首を振って「大丈夫」と呟く。でもどう見ても大丈夫そうではない。隣に座ったマーガレットが心配そうにバレン様の背中を擦っている。
「っ……ご、ごめ、ん。今日は少し、はしゃぎ過ぎたみたいで……薬を、飲んで来れば、良かった……」
バレン様は体を折りたたんで苦しそうな呼吸を繰り返した。激痛に耐えているみたいだった。
「薬? 何の薬ですか?」
「……キニンよ」
答えられないバレン様の代わりに、マーガレットが短く答えた。わたしは小さく頷き、鞄の中から薬箱を取り出す。こうして薬箱を持ち歩くのはわたしのクセだった。
キニンは鎮痛剤として有名な薬だ。キニンの主成分を思い出しながら、バレン様の症状に合わせた魔術薬を調合する。
小さな声で文言を唱えたあと、粉末の薬を綺麗な雪で溶かして液状にし、バレン様の口に少しずつ流し込んだ。呼吸と痛みを楽にする薬だった。
数分たち、バレン様の呼吸は落ち着いてきた。マーガレットが彼の汗をハンカチで拭いている。彼女の目には涙がたまって今にも落ちそうだった。
「はあ……ありがとう、ノア。もう大丈夫だ」
「あまり強い薬は作れなかったんです。症状を抑えられるのは数時間程度だと思います」
バレン様は「うん」と頷いたあと、視線を足元に落として白い雪をじっと見つめている。やがて彼はぽつりと言った。
「ノア。君には、僕の体のことを話しておこうと思う」
「えっ、いいの? バレン」
マーガレットが驚いた様子で言う。
「うん……。マーガレットも、ノアに相談したかったんだろ? 魔術薬で病気を治せるか聞いてたよね」
バレン様の言葉で、わたしの頭の中に以前の出来事が蘇った。そうだ、マーガレットは前に「強く願えば治る薬って作れる?」とわたしに聞いた事があった。あれはバレン様のことだったのだ。
「……バレン様は、何か病気に罹っているのですか?」
「うん。実際に見てもらった方がいいかな……。マーガレット、僕を隠してほしい」
マーガレットが座るバレン様の前に立ち、彼の姿を隠した。彼女が着ているコートは膝下まであるから、通行人からはマーガレットの背中しか見えないだろう。
バレン様は彼女のコートに隠れながら手早くブーツと靴下を脱いだ。わたしの目の前に、彼の右足が見えている。親指は爪のなか程まで黒く変色していた。
「これは、まさか―――魔力硬化症……?」
小さな声で囁くように言うと、バレン様は頷いた。
「そう。夏ごろから症状が出始めて、黒ずみはどんどん大きくなってるんだ。魔力硬化症で間違いないと思う。僕の母も同じ病気で亡くなってて……」
バレン様の足元に、水滴がぽたぽたと落ちた。マーガレットが体を震わせながら泣いているのだ。声が出ないように、唇を噛みしめながら。
わたしはポケットからハンカチを出し、無言のままそっとマーガレットの涙を拭いた。頭の中は混乱と焦りでぐちゃぐちゃとしていて、何の言葉も出てこない。
魔力硬化症は原因不明の難病だ。魔力の高い人が罹りやすいという事だけは分かっているが、現段階では有効な治療方法は見つかっておらず、発病した場合、体の末端からじわじわと魔石のように黒く硬化して死に至る。発病してから亡くなるまでの期間は、早い人で一年ほど。
そんな病気に、バレン様が―――。
バレン様は服装を整え、ブーツを履いた足を雪の上におろした。ふっと力なく微笑んでいる。
「急にこんな話をしてごめんね。僕はこれから、今日のように体調を崩す日が少しずつ増えていくと思うんだ。だから、ノアには打ち明けておこうと思って……。君はとても誠実な人のようだから」
全身に冷や水を浴びせられたような心地がした。
わたしは誠実なんかじゃない。この大学に入ったのも、マーガレットに近付いたのも、全てジオルドの命令だったから。わたしはあなたのお兄さまに頼まれただけだから……。
のろのろと顔を上げ、搾り出すように声を出した。
「……分かりました。わたし、母から受け継いだ資料を調べてみます。出来る限りの事はさせてください」
「ノア……。巻き込むようなことになってしまって、本当に申し訳なく思う。でも、ありがとう」
バレン様とマーガレットは、王宮から迎えに来た馬車に乗って帰って行った。二人を見送ったわたしは公園から足早に歩き、首都中央図書館へ向かった。
バレン様も恐らく、持病に関するあらゆる文献を調べたことだろう。今のわたしは彼よりも情報が少ない。バレン様と同じレベルで魔力硬化症について詳しくならなければ、彼を助けることなんか出来る訳がない。
中央図書館に着くなり、真っ直ぐに医学書の棚へ向かった。難病なだけあって文献自体が少ない。誰もが治らない病気という認識を持っているから、研究する医学者も少ないのだ。
借りられるだけ本を借りて公爵家に戻った。
わたし達は温かい飲み物を買って、広場から少し離れた石のベンチに座った。
ふと見ると、バレン様は酷く疲れた顔をしている。赤かった頬は青白くなり、額には汗が浮いていた。
「バレン様、具合でも悪いのですか? 顔色が……」
わたしが言うと、彼は力なく首を振って「大丈夫」と呟く。でもどう見ても大丈夫そうではない。隣に座ったマーガレットが心配そうにバレン様の背中を擦っている。
「っ……ご、ごめ、ん。今日は少し、はしゃぎ過ぎたみたいで……薬を、飲んで来れば、良かった……」
バレン様は体を折りたたんで苦しそうな呼吸を繰り返した。激痛に耐えているみたいだった。
「薬? 何の薬ですか?」
「……キニンよ」
答えられないバレン様の代わりに、マーガレットが短く答えた。わたしは小さく頷き、鞄の中から薬箱を取り出す。こうして薬箱を持ち歩くのはわたしのクセだった。
キニンは鎮痛剤として有名な薬だ。キニンの主成分を思い出しながら、バレン様の症状に合わせた魔術薬を調合する。
小さな声で文言を唱えたあと、粉末の薬を綺麗な雪で溶かして液状にし、バレン様の口に少しずつ流し込んだ。呼吸と痛みを楽にする薬だった。
数分たち、バレン様の呼吸は落ち着いてきた。マーガレットが彼の汗をハンカチで拭いている。彼女の目には涙がたまって今にも落ちそうだった。
「はあ……ありがとう、ノア。もう大丈夫だ」
「あまり強い薬は作れなかったんです。症状を抑えられるのは数時間程度だと思います」
バレン様は「うん」と頷いたあと、視線を足元に落として白い雪をじっと見つめている。やがて彼はぽつりと言った。
「ノア。君には、僕の体のことを話しておこうと思う」
「えっ、いいの? バレン」
マーガレットが驚いた様子で言う。
「うん……。マーガレットも、ノアに相談したかったんだろ? 魔術薬で病気を治せるか聞いてたよね」
バレン様の言葉で、わたしの頭の中に以前の出来事が蘇った。そうだ、マーガレットは前に「強く願えば治る薬って作れる?」とわたしに聞いた事があった。あれはバレン様のことだったのだ。
「……バレン様は、何か病気に罹っているのですか?」
「うん。実際に見てもらった方がいいかな……。マーガレット、僕を隠してほしい」
マーガレットが座るバレン様の前に立ち、彼の姿を隠した。彼女が着ているコートは膝下まであるから、通行人からはマーガレットの背中しか見えないだろう。
バレン様は彼女のコートに隠れながら手早くブーツと靴下を脱いだ。わたしの目の前に、彼の右足が見えている。親指は爪のなか程まで黒く変色していた。
「これは、まさか―――魔力硬化症……?」
小さな声で囁くように言うと、バレン様は頷いた。
「そう。夏ごろから症状が出始めて、黒ずみはどんどん大きくなってるんだ。魔力硬化症で間違いないと思う。僕の母も同じ病気で亡くなってて……」
バレン様の足元に、水滴がぽたぽたと落ちた。マーガレットが体を震わせながら泣いているのだ。声が出ないように、唇を噛みしめながら。
わたしはポケットからハンカチを出し、無言のままそっとマーガレットの涙を拭いた。頭の中は混乱と焦りでぐちゃぐちゃとしていて、何の言葉も出てこない。
魔力硬化症は原因不明の難病だ。魔力の高い人が罹りやすいという事だけは分かっているが、現段階では有効な治療方法は見つかっておらず、発病した場合、体の末端からじわじわと魔石のように黒く硬化して死に至る。発病してから亡くなるまでの期間は、早い人で一年ほど。
そんな病気に、バレン様が―――。
バレン様は服装を整え、ブーツを履いた足を雪の上におろした。ふっと力なく微笑んでいる。
「急にこんな話をしてごめんね。僕はこれから、今日のように体調を崩す日が少しずつ増えていくと思うんだ。だから、ノアには打ち明けておこうと思って……。君はとても誠実な人のようだから」
全身に冷や水を浴びせられたような心地がした。
わたしは誠実なんかじゃない。この大学に入ったのも、マーガレットに近付いたのも、全てジオルドの命令だったから。わたしはあなたのお兄さまに頼まれただけだから……。
のろのろと顔を上げ、搾り出すように声を出した。
「……分かりました。わたし、母から受け継いだ資料を調べてみます。出来る限りの事はさせてください」
「ノア……。巻き込むようなことになってしまって、本当に申し訳なく思う。でも、ありがとう」
バレン様とマーガレットは、王宮から迎えに来た馬車に乗って帰って行った。二人を見送ったわたしは公園から足早に歩き、首都中央図書館へ向かった。
バレン様も恐らく、持病に関するあらゆる文献を調べたことだろう。今のわたしは彼よりも情報が少ない。バレン様と同じレベルで魔力硬化症について詳しくならなければ、彼を助けることなんか出来る訳がない。
中央図書館に着くなり、真っ直ぐに医学書の棚へ向かった。難病なだけあって文献自体が少ない。誰もが治らない病気という認識を持っているから、研究する医学者も少ないのだ。
借りられるだけ本を借りて公爵家に戻った。
11
お気に入りに追加
1,218
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい
エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。
だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい
一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる