しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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22 難病

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 数時間たった頃、休憩のために中央広場に向かった。雪のない季節は円形の花壇だったけれど、今はたくさんの露天で埋め尽くされている。
 わたし達は温かい飲み物を買って、広場から少し離れた石のベンチに座った。

 ふと見ると、バレン様は酷く疲れた顔をしている。赤かった頬は青白くなり、額には汗が浮いていた。

「バレン様、具合でも悪いのですか? 顔色が……」

 わたしが言うと、彼は力なく首を振って「大丈夫」と呟く。でもどう見ても大丈夫そうではない。隣に座ったマーガレットが心配そうにバレン様の背中を擦っている。

「っ……ご、ごめ、ん。今日は少し、はしゃぎ過ぎたみたいで……薬を、飲んで来れば、良かった……」

 バレン様は体を折りたたんで苦しそうな呼吸を繰り返した。激痛に耐えているみたいだった。

「薬? 何の薬ですか?」

「……キニンよ」

 答えられないバレン様の代わりに、マーガレットが短く答えた。わたしは小さく頷き、鞄の中から薬箱を取り出す。こうして薬箱を持ち歩くのはわたしのクセだった。

 キニンは鎮痛剤として有名な薬だ。キニンの主成分を思い出しながら、バレン様の症状に合わせた魔術薬を調合する。
 小さな声で文言を唱えたあと、粉末の薬を綺麗な雪で溶かして液状にし、バレン様の口に少しずつ流し込んだ。呼吸と痛みを楽にする薬だった。

 数分たち、バレン様の呼吸は落ち着いてきた。マーガレットが彼の汗をハンカチで拭いている。彼女の目には涙がたまって今にも落ちそうだった。

「はあ……ありがとう、ノア。もう大丈夫だ」

「あまり強い薬は作れなかったんです。症状を抑えられるのは数時間程度だと思います」

 バレン様は「うん」と頷いたあと、視線を足元に落として白い雪をじっと見つめている。やがて彼はぽつりと言った。

「ノア。君には、僕の体のことを話しておこうと思う」

「えっ、いいの? バレン」

 マーガレットが驚いた様子で言う。

「うん……。マーガレットも、ノアに相談したかったんだろ? 魔術薬で病気を治せるか聞いてたよね」

 バレン様の言葉で、わたしの頭の中に以前の出来事が蘇った。そうだ、マーガレットは前に「強く願えば治る薬って作れる?」とわたしに聞いた事があった。あれはバレン様のことだったのだ。

「……バレン様は、何か病気にかかっているのですか?」

「うん。実際に見てもらった方がいいかな……。マーガレット、僕を隠してほしい」

 マーガレットが座るバレン様の前に立ち、彼の姿を隠した。彼女が着ているコートは膝下まであるから、通行人からはマーガレットの背中しか見えないだろう。

 バレン様は彼女のコートに隠れながら手早くブーツと靴下を脱いだ。わたしの目の前に、彼の右足が見えている。親指は爪のなか程まで黒く変色していた。

「これは、まさか―――魔力硬化症……?」

 小さな声で囁くように言うと、バレン様は頷いた。

「そう。夏ごろから症状が出始めて、黒ずみはどんどん大きくなってるんだ。魔力硬化症で間違いないと思う。僕の母も同じ病気で亡くなってて……」

 バレン様の足元に、水滴がぽたぽたと落ちた。マーガレットが体を震わせながら泣いているのだ。声が出ないように、唇を噛みしめながら。
 わたしはポケットからハンカチを出し、無言のままそっとマーガレットの涙を拭いた。頭の中は混乱と焦りでぐちゃぐちゃとしていて、何の言葉も出てこない。

 魔力硬化症は原因不明の難病だ。魔力の高い人が罹りやすいという事だけは分かっているが、現段階では有効な治療方法は見つかっておらず、発病した場合、体の末端からじわじわと魔石のように黒く硬化して死に至る。発病してから亡くなるまでの期間は、早い人で一年ほど。

 そんな病気に、バレン様が―――。

 バレン様は服装を整え、ブーツを履いた足を雪の上におろした。ふっと力なく微笑んでいる。

「急にこんな話をしてごめんね。僕はこれから、今日のように体調を崩す日が少しずつ増えていくと思うんだ。だから、ノアには打ち明けておこうと思って……。君はとても誠実な人のようだから」

 全身に冷や水を浴びせられたような心地がした。

 わたしは誠実なんかじゃない。この大学に入ったのも、マーガレットに近付いたのも、全てジオルドの命令だったから。わたしはあなたのお兄さまに頼まれただけだから……。

 のろのろと顔を上げ、搾り出すように声を出した。

「……分かりました。わたし、母から受け継いだ資料を調べてみます。出来る限りの事はさせてください」

「ノア……。巻き込むようなことになってしまって、本当に申し訳なく思う。でも、ありがとう」

 バレン様とマーガレットは、王宮から迎えに来た馬車に乗って帰って行った。二人を見送ったわたしは公園から足早に歩き、首都中央図書館へ向かった。

 バレン様も恐らく、持病に関するあらゆる文献を調べたことだろう。今のわたしは彼よりも情報が少ない。バレン様と同じレベルで魔力硬化症について詳しくならなければ、彼を助けることなんか出来る訳がない。

 中央図書館に着くなり、真っ直ぐに医学書の棚へ向かった。難病なだけあって文献自体が少ない。誰もが治らない病気という認識を持っているから、研究する医学者も少ないのだ。
 借りられるだけ本を借りて公爵家に戻った。
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