しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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20 焦燥(ジオルド)

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 ジオルドは王宮内のとある一室で書類を睨んでいる。フォックス公爵は税に関する部署の長を代々務めており、ジオルドも父から引き継いだのだ。
 だが父の代から続く問題まで一緒くたに継いでしまったので正直辟易していた。いま最もジオルドを悩ませているのは、隣国ツェンガーからの積荷の一部が時おりすり替えられている事だった。

 外国からの輸入品は全て税関を通してから国内に流れてくる。ウォルス王国には七箇所の税関が設けられているが、その全てをジオルドが監視できる訳がないので、判断や処理は現地の役人たちに任されているのだ。

 積荷のすり替えが起こっているのは決まって同じ場所―――キーズ税関だった。キーズ税関のある地方の領主はノイドール伯爵であり、彼は第二王子バレンティンを王へと推す派閥の長でもある。

 この人物が厄介で、積荷に関する責任を問い詰めてものらりくらりとかわされていた。実際、積荷のすり替えはキーズ税関ではなく隣国内部か海上で行われていると見られ、伯爵を追及しても無駄なのだった。

 しかも常に問題が起こっている訳ではない。問題が起こって調査しても分からず、諦めかけた頃にまた同じ事が繰り返される。

 すり替えられている積荷はいつも同じで、魔術薬の原料ばかりだ。ツェンガー側は「確認してから荷を送っている」と主張しているが、到着した荷の中身は何故か粗悪品にかわっている。
 両国間の関係は悪化の一途を辿り、魔術薬の質は低下し、当然ながら魔術薬に対する国民の信頼度も下がって来ていた。

 ツェンガーとは二十年前にも領土問題で戦争が起こっている。やっと国力が回復して来たというのに、もう一度戦争などになれば復興はさらに遅れるだろう。

 ―――伯爵が一枚噛んでいるのは確かなのに、腹立たしい。

 ジオルドは書類を机の上に放り投げ、席から立ち上がった。
 部屋のドアがノックされ、ディアンが顔を覗かせる。

「やあ、ジオ。また問題が起こったんだって?」

 この男は他人事だと思って気楽に言ってくれる。ジオルドは内心で毒づいた。

「まあな、いつも通りだ。伯爵はよほど魔術薬に対して恨みでもあるらしい」

 ディアンは意味深に微笑んだあと、低い声で言った。

「ノアには全てを話してあるのかい?」

「……まだだ。まだ、話していない……」

 自分でも驚くほど苦しそうな声だった。まるで、体の奥から搾り出すような。

「マーガレットが何も関与していなければいいけどね……。何かあってから全てを知れば、ノアは傷つくかもしれないよ」

「分かっている。ノアの事は、俺が何とかする……」

 ディアンは俯くジオルドを心配そうに見つめた後、退室して行った。
 のろのろと顔を上げる。窓の外には細かい雪がちらついていた。そうか、もうこんな季節になったのか。

 ノアが入学してから既に三ヶ月経った。最近は試験期間中とあって、彼女はかなり遅くまで大学に残って勉強しているらしい―――マーガレットとバレンと一緒に。

 夕食のたびに学校での事を報告するノアは、口では「勉強が大変です」と言いながら毎日楽しそうだった。表情がいきいきしているし、真紅の瞳は生き甲斐を見つけたかのように輝いている。再会した時はあんなに暗くくすんだ顔をしていたのに。

 ただ勉強が楽しい訳ではないだろう。マーガレットとバレンという友人を得たからこそ、毎日が楽しく感じるのだろう。だからジオルドは全てを話せずにいる。

 ノア。お前はマーガレットと、いずれ別れなければならないかもしれない。ずっと友人ではいられないかもしれない。それでもいいか? 大丈夫か?

 ただそれだけの事が、まだ言えない。言えばノアはどう思うだろう。ディアンが言うように傷つくのだろうか。

 体の向きを変えると、窓にプラチナブロンドの男が映りこんだ。男は父親によく似た顔をしていて、今さらながらジオルドを動揺させる。

 そもそも俺は何故こんなに悩んでいるんだ。
 まさかノアが心配なのか?
 ノアが傷つくかも知れないと恐れるのは―――俺が彼女に、恋情を抱いているからなのか。

 ジオルドは逃げるように窓から顔を背けた。

 馬鹿な、俺は父とは違う。俺はあんな男とは違う!

 二代に渡って同じ顔の女に振り回されるなどあってはならない事だ。屈辱で頭のどこかが焼けるような熱さを感じる。

 父が憎らしい。すでに死んでいるのに憎くてたまらない。
 この怨嗟を、同じようにノアに向けてしまえれば楽になれるのに……。

 愛しい。恨めしい。傍に置いておきたい。遠ざけてしまいたい。
 相反する感情が渦巻いて気が狂いそうだ。

 ジオルドは深く息を吐き、感情を押し殺した。戦場にいる時のように、自我を消してただ目の前の事を処理する。書類を手に取り、目を通していく。

 窓の外では雪が積もり始めていた。
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