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「ずっとあなたに話し掛けてみたかったの。今年度から編入して来たんでしょう? お名前を聞いてもいい? 私はマーガレットよ」
「わたしはノア。そのままノアと呼んでいいよ」
名乗った瞬間、マーガレットはぽかんとした顔を見せた。どうしたんだろう。わたしの名前に不審な点でもあったんだろうか。彼女は「ちょっと待ってて」と言って席を離れ、冊子のようなものを持って戻ってきた。少し興奮した様子で息が切れている。
「ね、ねえ。このノア・ブラキストンってあなたの事?」
「え?」
マーガレットが持ってきた冊子は『オルタ大学ジャーナル』というタイトルだった。大学内の広報誌かもしれない。彼女が指差すページには誰かの論文が載っている―――誰か、と言うよりわたしの論文だった。
「あっ、これわたしが試験の日に提出した論文だ。なんで……」
「やっぱり! 王立大学のジャーナル誌に掲載されるなんて凄い事なのよ。その辺の怪しいジャーナル誌に載るより難しいの」
「あ、ああ、ありがとう……?」
彼女は頬を赤らめてわたしの手を握った。自分が凄い事をしたのだという自覚はあまりなく、やっぱり引き篭っていると世間からズレて行くのかなと思ったりする。
マーガレットは少し離れた場所にいたバレンティン様も呼んでくれた。わたしが特訓したカーツィを見せようとすると、彼は慌てて「やめてやめて、学校の中でそんな事しなくていいよ」と言う。非常に残念だったけれど我慢。いつかまた披露する機会があるだろう。
「僕のこともバレンって気軽に呼んでね。それにしても助かった。他の男子にずっと囲まれていると落ち着かないし、読書も出来なくてさ」
そう言えば以前、ディアンジェス様が「弟は苦労しているみたいでね」なんて言っていた。バレン様を囲んでいたのは、彼を医師にしたくない貴族たちの子息なのかもしれない。
彼等にとってバレン様が医師になるかどうかはどうでもいいのだ。重要なのは彼を国王にする事だけ。家の衰退が懸かっている貴族は大変だ。
でもわたしはやっぱり、バレン様の望む通りに彼を支えようと思う。第一王子に頼まれたとか公爵に言われた任務なんて事は無視して、医師になりたいという彼の気持ちを尊重したい。
わたしも本気で勉強しよう。切っ掛けはジオルドの命令だったけれど、目の前で真剣にジャーナル誌を読んでいる二人に負けないように。
わたし達は休憩中、互いの情報を交換した。マーガレットは魔術看護学科、バレン様は魔術医学科に在籍しているらしい。彼の瞳は黒に近い暗紅色をしているので、高い魔力を利用した魔術による治療も出来るだろうなと思った。少し羨ましい。
午後からの講義はマーガレットと一緒だった。バレン様と同じ講義を受ける事は滅多に無さそうだけど、マーガレットとはいくつか被っている。ジオルドがわたしに魔術薬学科を勧めたのは彼女に合わせた結果だったのだ。何もかも調査済みで恐ろしくなる。
「ノア、今日はすぐに帰るの? あなたに会わせたい人がいるんだけど……」
一日の講義を終えた時、隣に座ったマーガレットが言った。まだ夕方だったので、わたしは「いいよ」と答え、彼女について行く事にした。
第三号館を出たわたしとマーガレットは途中でバレン様と合流した。どうやら毎日のように通っている場所らしく、二人は少し楽しそうにしている。
遊びにでも行くのかと思い、正門の方へ向かおうとしたらバレン様に「こっちだよ」と言われた。彼が指差す方向には白い長方形の飾り気のない建物があった。
「こんな建物もあったんだ。他の場所と全然作りが違う……」
「うん。ここは研究施設なんだよ。僕とマーガレットは、ある研究室に入ってるんだ」
ね、と言いながら顔を見合わせる二人。本当に仲がいい様子だ。婚約者って皆こうなんだろうか。
バレン様を先頭にして建物に入り、彼に導かれるまま廊下を歩いていく。やがて一つの扉の前でバレン様は足を止めた。ドアには『魔術工学研究室』とプレートが掛けられている。
「失礼します。サイラス先生、あなたが会いたがっていた生徒を連れてきましたよ」
数回ノックして、返事も待たずにバレン様とマーガレットは部屋に入っていく。彼らの動きには気安く打ち解けた雰囲気があった。
部屋の奥、窓際のデスクに誰かが座っている。机の上には魔術文字が光る不思議な装置が所狭しと置かれ、男性がそれらを弄っているのだった。
男性が顔を上げ、こちらを見た。わたしは思わず「あっ」と声を上げてしまう。
「あのう、あなたは編入学試験の時に監督をしてらした方ですよね?」
眼鏡をかけた四十代半ばぐらいの男性だった。机に置かれたプレートには『准教授 サイラス・バーネット』とある。まさか准教授だったなんて。
「やあ、また会ったね。君が提出した論文はとても興味深かった。血液型によって罹りやすい疾病があるという着眼点が面白い。予防医学に活用される事だろう」
「ど、どうもありがとうございます」
先生がわたしに向かって手を伸ばしてきたので、自然と握手する形になった。引き篭りだったわたしが准教授と握手している。凄い。
後ろにいたマーガレットが、「先生は面白い生徒を見つけるために、いつも試験監督を引き受けてるらしいよ」とわたしに囁いた。という事は、わたしは先生にとって“面白い生徒”に認定されたんだろうか。
「わたしはノア。そのままノアと呼んでいいよ」
名乗った瞬間、マーガレットはぽかんとした顔を見せた。どうしたんだろう。わたしの名前に不審な点でもあったんだろうか。彼女は「ちょっと待ってて」と言って席を離れ、冊子のようなものを持って戻ってきた。少し興奮した様子で息が切れている。
「ね、ねえ。このノア・ブラキストンってあなたの事?」
「え?」
マーガレットが持ってきた冊子は『オルタ大学ジャーナル』というタイトルだった。大学内の広報誌かもしれない。彼女が指差すページには誰かの論文が載っている―――誰か、と言うよりわたしの論文だった。
「あっ、これわたしが試験の日に提出した論文だ。なんで……」
「やっぱり! 王立大学のジャーナル誌に掲載されるなんて凄い事なのよ。その辺の怪しいジャーナル誌に載るより難しいの」
「あ、ああ、ありがとう……?」
彼女は頬を赤らめてわたしの手を握った。自分が凄い事をしたのだという自覚はあまりなく、やっぱり引き篭っていると世間からズレて行くのかなと思ったりする。
マーガレットは少し離れた場所にいたバレンティン様も呼んでくれた。わたしが特訓したカーツィを見せようとすると、彼は慌てて「やめてやめて、学校の中でそんな事しなくていいよ」と言う。非常に残念だったけれど我慢。いつかまた披露する機会があるだろう。
「僕のこともバレンって気軽に呼んでね。それにしても助かった。他の男子にずっと囲まれていると落ち着かないし、読書も出来なくてさ」
そう言えば以前、ディアンジェス様が「弟は苦労しているみたいでね」なんて言っていた。バレン様を囲んでいたのは、彼を医師にしたくない貴族たちの子息なのかもしれない。
彼等にとってバレン様が医師になるかどうかはどうでもいいのだ。重要なのは彼を国王にする事だけ。家の衰退が懸かっている貴族は大変だ。
でもわたしはやっぱり、バレン様の望む通りに彼を支えようと思う。第一王子に頼まれたとか公爵に言われた任務なんて事は無視して、医師になりたいという彼の気持ちを尊重したい。
わたしも本気で勉強しよう。切っ掛けはジオルドの命令だったけれど、目の前で真剣にジャーナル誌を読んでいる二人に負けないように。
わたし達は休憩中、互いの情報を交換した。マーガレットは魔術看護学科、バレン様は魔術医学科に在籍しているらしい。彼の瞳は黒に近い暗紅色をしているので、高い魔力を利用した魔術による治療も出来るだろうなと思った。少し羨ましい。
午後からの講義はマーガレットと一緒だった。バレン様と同じ講義を受ける事は滅多に無さそうだけど、マーガレットとはいくつか被っている。ジオルドがわたしに魔術薬学科を勧めたのは彼女に合わせた結果だったのだ。何もかも調査済みで恐ろしくなる。
「ノア、今日はすぐに帰るの? あなたに会わせたい人がいるんだけど……」
一日の講義を終えた時、隣に座ったマーガレットが言った。まだ夕方だったので、わたしは「いいよ」と答え、彼女について行く事にした。
第三号館を出たわたしとマーガレットは途中でバレン様と合流した。どうやら毎日のように通っている場所らしく、二人は少し楽しそうにしている。
遊びにでも行くのかと思い、正門の方へ向かおうとしたらバレン様に「こっちだよ」と言われた。彼が指差す方向には白い長方形の飾り気のない建物があった。
「こんな建物もあったんだ。他の場所と全然作りが違う……」
「うん。ここは研究施設なんだよ。僕とマーガレットは、ある研究室に入ってるんだ」
ね、と言いながら顔を見合わせる二人。本当に仲がいい様子だ。婚約者って皆こうなんだろうか。
バレン様を先頭にして建物に入り、彼に導かれるまま廊下を歩いていく。やがて一つの扉の前でバレン様は足を止めた。ドアには『魔術工学研究室』とプレートが掛けられている。
「失礼します。サイラス先生、あなたが会いたがっていた生徒を連れてきましたよ」
数回ノックして、返事も待たずにバレン様とマーガレットは部屋に入っていく。彼らの動きには気安く打ち解けた雰囲気があった。
部屋の奥、窓際のデスクに誰かが座っている。机の上には魔術文字が光る不思議な装置が所狭しと置かれ、男性がそれらを弄っているのだった。
男性が顔を上げ、こちらを見た。わたしは思わず「あっ」と声を上げてしまう。
「あのう、あなたは編入学試験の時に監督をしてらした方ですよね?」
眼鏡をかけた四十代半ばぐらいの男性だった。机に置かれたプレートには『准教授 サイラス・バーネット』とある。まさか准教授だったなんて。
「やあ、また会ったね。君が提出した論文はとても興味深かった。血液型によって罹りやすい疾病があるという着眼点が面白い。予防医学に活用される事だろう」
「ど、どうもありがとうございます」
先生がわたしに向かって手を伸ばしてきたので、自然と握手する形になった。引き篭りだったわたしが准教授と握手している。凄い。
後ろにいたマーガレットが、「先生は面白い生徒を見つけるために、いつも試験監督を引き受けてるらしいよ」とわたしに囁いた。という事は、わたしは先生にとって“面白い生徒”に認定されたんだろうか。
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