しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
16 / 38

16 モテて良かったじゃないか

しおりを挟む
 講義を二つ受けたあとは昼食。何となく周りの人に合わせて歩いていたら、予想通り学生食堂へ着いた。ジオルドから貰った 小遣いでお金を支払い、料理が載ったトレーを持ってテーブルまで歩く。食堂の中は、数百人は座れるのではないかと思えるほど広かった。

 室内の中心には正方形のテーブル、そして窓際には細長い長方形のテーブルが置かれている。街中にあるカフェのようだった。

 お一人様のわたしは窓際のテーブルに座った。この辺りは一人で食べている人が多そうだ。読書中の人もいる。わたしも食事が終わったらアレクサンドラの本を読もう。

 休憩時間にも本を読んでいたけれど、まだマーガレットさんには会えていない。と言うより彼女がどんな容姿をしているのかも知らないし、少し計画が杜撰すぎるような気もする。

 この大学には第二王子という凄まじい身分の人物がいると言うのに、少しも噂が出ないなんて変じゃない?
 ―――と思っていたが、どうやら目的の人物を見つけたようだ。

 食堂の一画だけやけに人が多く、その中心にいる人物はディアンジェス様と同じとび色の髪の青年だった。多分、バレンティン様だろう。しかし顔は全く似ていない。異母兄弟なのかも知れない。

 ディアンジェス様は穏やかそうな垂れ目の美青年だったけれど、バレンティン様は何と言うか……割りと童顔だ。中等部を出たばかりの少年のような顔をしている。中性的な美貌で、幼い頃にはきっと女の子と間違われたんじゃないだろうか。

 彼のすぐ隣に髪の長い女性が座っている。明るい茶色の髪は腰まで伸び、ふわふわと波打っていた。つぶらな瞳の可愛らしい人で、バレンティン様とお似合いだと思った。彼女がマーガレットさんだろうか。

 さて、どうしよう。わたしからは声を掛けない方がいいのかな。
 とりあえずマーガレットさんから良く見える位置で本を読んだ。どうか彼女がわたしに気付いてくれますように。

「ねえ君、なに読んでるの?」

 またか。心中で嘆息しつつ顔を上げる。マーガレットさんに来て欲しいのに、何故か近寄って来るのは男ばかりだった。
 ジオルド様、作戦が難航しております。

 昼の休憩の間、数人の男子学生が現れてはわたしに話しかけ、本のタイトルを見た瞬間にそっと離れて行くのだった。この本、男性にとっては恐ろしい本なのかもしれない。王子の浮気について書かれた本だから。


 結局初日は何の手がかりも得られず、帰宅したわたしは早速ジオルドに相談した。
 バレンティン様とマーガレットさんを見つけた事、だけど話しかけてくるのは男ばかりでマーガレットさんは近寄ってもくれない事。

 話を聞き終えたジオルドは険しい顔でわたしを睨み、やがてぼそりと言った。

「……へえ。モテて良かったじゃないか」

 こんなに不機嫌そうなジオルドは珍しい。いつも腹に真っ黒な泥を抱えたような顔でニヤついているのに。

「でも、そうか。俺が見張っていないとお前は男に絡まれるわけだな……。早急に何とかせねば」

 早口でボソボソと何事かを呟き、わたしの首に向かって手を伸ばしてくる。
 何とかするって、何する気?
 首を絞めていっそ楽にしてやるって意味?

 じりじりと後ずさりしても無駄だった。逃げられないように腰を抱えられ、服の第一ボタンを外される。

「や、何ですか? 何するんですか?」

「安心しろ、お前を男から守ってやるだけだ」

 ジオルドはわたしの首もとにある宝石を手に取り、身を屈めて顔を寄せてきた。わたしは反射的に横を向き、ぎゅっと目をつぶる。
 何なの、何をする気なの。

 首に白金の髪の毛がさらさらと当たっていてくすぐったい。ジオルドはチョーカーの魔石に口付けるようにして何かを囁いている。声がくぐもっていて聞き取れない。何を呟いているんだろう。

「いたっ!」

 宝石から唇を離したジオルドは、わたしの耳の下に強く吸い付いた。何度も同じ場所にちくちくと痛みが繰り替えされる。
 しつこい!

「痛い、痛いですって!」

「……これぐらいでいいか。男を寄せ付けないお守りだ。シュウに治癒してもらうんじゃないぞ?」

「はあ」

 顔を離した彼は少し機嫌が直っていた。わたしをいたぶって上機嫌になるなんて、精神に何か問題を抱えているんじゃないかと思う。心が軽くなる魔術薬でも作ってあげようかな。でもジオルドの心の歪みは、薬で治るものじゃないかも。

 彼が精神的に最も安定するのは夜で、つまり猫になったわたしと一緒に寝ている時なのだった。
 好みの女性より先に、愛玩動物を与えた方がいいかもしれない。


 一週間ほど何の動きもなく学生生活を送った。わたしも講義や実習で忙しかったので、マーガレットさんを追いかけたりは出来なかった。
 それでも諦めずに本を読んでいたある日、とうとう彼女はわたしの元へやってきた。食堂の端に座るわたしの元へ。

「その本、好きなの?」

 女性らしい高い声だった。やっと話しかけて貰えたことが嬉しくて、緊張しながら「うん」と答える。間近で見ると本当に可愛らしい人だ。

「私も好きなの。少しお話してもいい?」

「い、いいよ」

 ああ緊張する。同年代の子と話すなんてすっごく久しぶりだ。
 マーガレットさんはわたしの横の椅子に座った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...