しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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16 モテて良かったじゃないか

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 講義を二つ受けたあとは昼食。何となく周りの人に合わせて歩いていたら、予想通り学生食堂へ着いた。ジオルドから貰った 小遣いでお金を支払い、料理が載ったトレーを持ってテーブルまで歩く。食堂の中は、数百人は座れるのではないかと思えるほど広かった。

 室内の中心には正方形のテーブル、そして窓際には細長い長方形のテーブルが置かれている。街中にあるカフェのようだった。

 お一人様のわたしは窓際のテーブルに座った。この辺りは一人で食べている人が多そうだ。読書中の人もいる。わたしも食事が終わったらアレクサンドラの本を読もう。

 休憩時間にも本を読んでいたけれど、まだマーガレットさんには会えていない。と言うより彼女がどんな容姿をしているのかも知らないし、少し計画が杜撰すぎるような気もする。

 この大学には第二王子という凄まじい身分の人物がいると言うのに、少しも噂が出ないなんて変じゃない?
 ―――と思っていたが、どうやら目的の人物を見つけたようだ。

 食堂の一画だけやけに人が多く、その中心にいる人物はディアンジェス様と同じとび色の髪の青年だった。多分、バレンティン様だろう。しかし顔は全く似ていない。異母兄弟なのかも知れない。

 ディアンジェス様は穏やかそうな垂れ目の美青年だったけれど、バレンティン様は何と言うか……割りと童顔だ。中等部を出たばかりの少年のような顔をしている。中性的な美貌で、幼い頃にはきっと女の子と間違われたんじゃないだろうか。

 彼のすぐ隣に髪の長い女性が座っている。明るい茶色の髪は腰まで伸び、ふわふわと波打っていた。つぶらな瞳の可愛らしい人で、バレンティン様とお似合いだと思った。彼女がマーガレットさんだろうか。

 さて、どうしよう。わたしからは声を掛けない方がいいのかな。
 とりあえずマーガレットさんから良く見える位置で本を読んだ。どうか彼女がわたしに気付いてくれますように。

「ねえ君、なに読んでるの?」

 またか。心中で嘆息しつつ顔を上げる。マーガレットさんに来て欲しいのに、何故か近寄って来るのは男ばかりだった。
 ジオルド様、作戦が難航しております。

 昼の休憩の間、数人の男子学生が現れてはわたしに話しかけ、本のタイトルを見た瞬間にそっと離れて行くのだった。この本、男性にとっては恐ろしい本なのかもしれない。王子の浮気について書かれた本だから。


 結局初日は何の手がかりも得られず、帰宅したわたしは早速ジオルドに相談した。
 バレンティン様とマーガレットさんを見つけた事、だけど話しかけてくるのは男ばかりでマーガレットさんは近寄ってもくれない事。

 話を聞き終えたジオルドは険しい顔でわたしを睨み、やがてぼそりと言った。

「……へえ。モテて良かったじゃないか」

 こんなに不機嫌そうなジオルドは珍しい。いつも腹に真っ黒な泥を抱えたような顔でニヤついているのに。

「でも、そうか。俺が見張っていないとお前は男に絡まれるわけだな……。早急に何とかせねば」

 早口でボソボソと何事かを呟き、わたしの首に向かって手を伸ばしてくる。
 何とかするって、何する気?
 首を絞めていっそ楽にしてやるって意味?

 じりじりと後ずさりしても無駄だった。逃げられないように腰を抱えられ、服の第一ボタンを外される。

「や、何ですか? 何するんですか?」

「安心しろ、お前を男から守ってやるだけだ」

 ジオルドはわたしの首もとにある宝石を手に取り、身を屈めて顔を寄せてきた。わたしは反射的に横を向き、ぎゅっと目をつぶる。
 何なの、何をする気なの。

 首に白金の髪の毛がさらさらと当たっていてくすぐったい。ジオルドはチョーカーの魔石に口付けるようにして何かを囁いている。声がくぐもっていて聞き取れない。何を呟いているんだろう。

「いたっ!」

 宝石から唇を離したジオルドは、わたしの耳の下に強く吸い付いた。何度も同じ場所にちくちくと痛みが繰り替えされる。
 しつこい!

「痛い、痛いですって!」

「……これぐらいでいいか。男を寄せ付けないお守りだ。シュウに治癒してもらうんじゃないぞ?」

「はあ」

 顔を離した彼は少し機嫌が直っていた。わたしをいたぶって上機嫌になるなんて、精神に何か問題を抱えているんじゃないかと思う。心が軽くなる魔術薬でも作ってあげようかな。でもジオルドの心の歪みは、薬で治るものじゃないかも。

 彼が精神的に最も安定するのは夜で、つまり猫になったわたしと一緒に寝ている時なのだった。
 好みの女性より先に、愛玩動物を与えた方がいいかもしれない。


 一週間ほど何の動きもなく学生生活を送った。わたしも講義や実習で忙しかったので、マーガレットさんを追いかけたりは出来なかった。
 それでも諦めずに本を読んでいたある日、とうとう彼女はわたしの元へやってきた。食堂の端に座るわたしの元へ。

「その本、好きなの?」

 女性らしい高い声だった。やっと話しかけて貰えたことが嬉しくて、緊張しながら「うん」と答える。間近で見ると本当に可愛らしい人だ。

「私も好きなの。少しお話してもいい?」

「い、いいよ」

 ああ緊張する。同年代の子と話すなんてすっごく久しぶりだ。
 マーガレットさんはわたしの横の椅子に座った。
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