しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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15 健全な二人

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 今日もジオルドの帰りは早い。急な呼び出しはたまにあるものの、彼は基本的に夕方には屋敷に帰ってくる。どこで何をしているのかは知らないけれど、もっとのんびりして来ればいいのにと正直思う。
 夜もどこにも行かない。わたしがこの屋敷に忍び込んだ日には娼館に行っていたくせに。

「試験はどうだった?」

 向かい側に座ったジオルドが、ナイフで肉を切りながらわたしに話しかけた。

「問題ありません。ちゃんと解けたと思います」

「そうか」

「オルタ大学には若い女性がたくさんいましたよ。そう言えばジオルド様の好みってどんな女性なんですか?」

 どう話を切り出そうかと思っていたけれど、もう面倒なので直球で切り込んでみる。
 ジオルドは両手をぴたりと止め、ゆっくりと顔を上げた。真っ直ぐな視線が少し怖い。

「……何故そんなことを聞く?」

「特に深い意味はありません。何となく聞いてみたかっただけなので、嫌なら言わなくていいです」

 沈黙。
 話す気配は無さそうなので、わたしも肉を切り分ける作業に意識を切り替えた。が、しばらく経ってジオルドはぼそぼそと話し出した。言うなら早めに言ってくださいよ。

「俺が気になる女は、少し釣りあがった大きな目をしている」

「ぱっちりした目の人ですか」

 娼婦のような豪華な美女が好きなのかな。

「睫毛は長く、先は上に向かってカールしているようだ。鼻と口は小さい」

「へえぇ。やっぱり豊満な女性の方がタイプなんですよね?」

「そうだな」

 ずばりと返された。どうやらわたしは奴の好みから外れているようだ。少しばかりホッとした。

「だからお前もしっかり食え。俺の好みになれるように」

「…………」

 ジオルドが公爵でなければ、横っ面をはたいていただろうな。バシンと、思いっきり。わたしは目を閉じて脳内のイメージで彼をビンタした。ちょっと気が晴れた。

 夕食後、アレクサンドラの本を読む。とうとう三巻目に突入した。もし試験に通っていれば入学は間近だ、あまりのんびりしてはいられない。

 巻末を調べたら三巻で終わりではなかったので、シュウに頼んで続きの巻を持ってきてもらった。婚約者に裏切られるという暗い話なのであまり読みたくはない。ダリオの能天気な顔を思い出してしまうし。
 でも公爵と第一王子の命令なのだから、頑張って読もうと思う。

 いつもの通り、ジオルドはわたしを猫にして寝室へ連れ込んだ。
 成人した男性が毎晩のように猫を添い寝させるというのはどうだろう。健全と言えるだろうか。清く正しい生活を送っているように見えるけど、何かが引っ掛かる。

「ジオルド様。娼館へはもう行かニャいんですか?」

 わたしを気にせず行ってきたらいいよ。

「……いい。本物が、……から」

「ニャ?」

 何て言ったんだろう。小声すぎて聞き取れなかった。

 ジオルドは腕に猫を抱え込んだまま寝てしまった。目を閉じると少し幼く見える。

 仕方ない。寂しいあなたの代わりに好みの女性を探して来てあげよう。その代わり任務が終わったら、わたしを自由にしてね?


 数日後、オルタ大学から合格通知が届いた。ジオルドは喜んでわたしを褒め、可愛い服を買ってくれた―――猫用の。猫用のフリルが可愛いワンピース。爪でビリッビリに切り裂いてやろうかと思った。

 さらに何日か経ち、いよいよ大学へ通うことになった。今日はジオルドが選んだ服を着ていない。奴が選ぶと首もとの広い服になるから、チョーカーの石が見えてしまうのだ。大学には魔術陣に詳しい人がたくさんいるだろうし、変身魔術を掛けられているなんてバレたら恥ずかしくて通学できない。

 ほんっとに、あの極悪公爵め。

 ぶつぶつ言いながら馬車から降り、正門をくぐる。門から建物へと続く道の端には落ち葉が積もっていた。すっかり秋だ。教科書が詰まった肩掛け鞄を腕に抱え、最初の授業がある講義室へ向かった。

 室内は思ったよりも静かだった。皆落ち着いていて、周りの子とぺちゃくちゃ喋っていた中等部の教室とは全然違う雰囲気だ。少し安心する。わたしはいつもお喋りの輪から外れていたから。

 静かなのは当然かもしれない。ウォルス王国では17歳を迎えると成人と見なされ、大人と同じ待遇を受ける。ここにいる人達は皆大人なのだ。勿論、わたしも。

 好きな席について教科書やノートを広げていると、前方のドアから先生が入ってきた。
 講義が始まり、わたしは真面目にノートをとった。このノートも教科書もジオルドが用意してくれた物だ。必要経費とは言え、奴にはかなりお世話になっていると言わざるを得ない。
 癪だけど。本っ当に癪だけど。
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