しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
13 / 38

13 踏み台にしてしまおう

しおりを挟む
 ジオルドが外出した後、ようやく本の二巻目に入ることが出来た。奴がいない間が勝負だ。今のうちにページを稼いでおかないと。

 シュウがお茶のセットを置いて行ってくれたので、魔石ランプでお湯を沸かして紅茶を淹れた。さすが公爵家だ、最高級の茶葉を使っている。せっかくだからミルクも入れてしまおう。

 温かいミルクティーで休憩。
 ジオルドがいなくなったせいか、急に部屋の中が静かになったように感じた。

 魔獣は基本的に森に住んでいるが、時おり人里に下りて来て作物や家畜を食い散らかす。その場合には騎士団が討伐に当たるらしい。実際に見たことがないので、詳しくは知らないけれど。

 ジオルドは公爵という立場ながら体が筋肉質でどうしてなのかと不思議だったが、ようやくその理由が分かった。先ほどの様子から察するに、彼は日常的に討伐へ行っているのだろう。

 わたしは自身の太ももを触ってみた。当然ながらジオルドよりもかなり柔らかい。
 今日のカーツィは酷かったし、わたしも運動しておこうかな。

 ディアンジェス様は優しいから許してくれたのだ。礼儀作法にうるさい人にあのカーツィを見せていれば、情け容赦なく注意されていたかもしれない。

 しゃがんだり立ち上がったりしながらふと思った。
 今、屋敷の中にはジオルドもシュウもいない。もしかして逃げるチャンスなのでは―――。

 でも何故なのか、逃げたいとは思わなかった。

 確かにジオルドには酷い目に会わされている。でも大学に入る事はわたしにも利点が多い話だ。薬師としての仕事にも活かせるだろうし、人脈を広げることにもなるし。

王子さまと知り合いになるなんて普通の人生ではあり得ない。ジオルドが公爵だったからこそ、ディアンジェス様と出会い、しかも頼みを聞くことになったのだから。

 こうなったらとことんジオルドを利用してしまおう。
 彼は今すぐわたしを殺そうとはしないはず。むしろ、殺すのが惜しいと思えるぐらいの人間になってしまえばいいんだ。

 俄然やる気が出たわたしは、時間を計って数学の問題を解いた。制限時間内に何とか解き終え、採点する。得点は大丈夫そうだけど本番では時間が足りないかもしれない。単純な計算問題は最後に回そう。

 暗くなり始めた部屋に明かりが灯った。魔術回路が自動的に部屋の明かりまで調節してくれているようだ。

 ジオルド達が出かけてからかなり時間が経ち、わたしも少し心配になってきた。怪我でもしたんだろうか。何かあって帰りが遅いのかな……。

 不安に思っていると、突然窓の外からドォン!と言う、重たい物でも落下したかのような音が響いた。地面から屋敷に揺れが伝わり、部屋の中の家具がビリビリと小さく震えている。

「な、なに今の。地震?」

 怖くなってベッドで毛布を被っていたら、部屋のドアが乱暴に開く音がした。ああ、この開け方、ジオルドかな。

「ノア! 何を隠れている!」

 毛布をべりっとぎ取られた。
 恐々と顔を上げると、ジオルドが肩で息をしながらわたしを見ている。ずい分と急いだらしい。

「じ、地震があったから、隠れてたんです」

「地震だと? ―――ああ、あれは俺とシュウが着地したせいで揺れたんだ。結界のまま高速移動するのはいいんだが、速度を緩めるのが難しくてな……。ほら、食事にするぞ」

 ジオルドはわたしの手を引っ張ってテーブルに連れ戻した。よく見れば、彼が着ている黒い上着に血が染み付いている。生臭いにおいも漂ってきた。

「ジオルド様、食事の前に着替えましょう」

「別に構わんが。どのドレスにする?」

 クローゼットを開けようとするジオルド。

「わたしの着替えじゃなくて! あなたの上着に血がついてるんです!」

「ああそうか。そう言えば着替えていなかった」

 ジオルドは上着を脱いで廊下にばさっと放り投げた。白いシャツの襟を緩め、ふう、とため息をついている。

 わたしは彼の喉仏を見ていた。男にチョーカーを付けたら苦しいだろうな。喉が出っ張っているし。でもいつかジオルドにも首輪をつけてやりたい気持ちはある。

「……何だよ、じっと見て。俺に見惚れてるのか?」

「別に。そんなんじゃないです」

 あなたの喉仏をチョーカーで締め付けてやりたいだけです。

 ニヤついているジオルドを無視してテーブルに視線を移すと、シュウが料理を並べ終わったところだった。ジオルドが指示したのか、わたしの分の食事は蛋白質が多くなっている。サーモンとか鳥の胸肉とか。

 向かい側に座っている男が「もっとふくよかな方が抱き心地がいい。頑張って食え」などと言った。以前は確かに粗食だったけど、わたしはガリガリに痩せているわけじゃない。ジオルドの認識がおかしいんだ。

 この男は娼館にいるような豊満な女性とわたしを比べているに違いない。失礼極まりない話だわ―――と思いつつ、しっかり食べたけれども。

 ジオルド踏み台化計画は始まったばかりなのだ。ちゃんと食べて体力もつけておこう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...