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11 二人の王子
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翌朝、目が覚めるとやっぱりジオルドはいなかった。
体は人間に戻っていたけど変な赤い痣はない。やっぱりダニだったんだ。公爵なのにダニベッドで寝てたなんて可哀相な奴。
昨日と同じように枕元に服一式がたたんで置いてあった。わたしは起き上がってその服を身につける。毎朝ご丁寧なことだ。そんなに一匹の黒猫と一緒に寝たいだなんて……ペットでも飼えばいいのに。
朝食を取っていると、シュウが「ジオルド様は仕事へ行かれました」と報告してきた。食事のあとは数学の問題に取り掛かる。
ジオルドはまた夕方に戻ってくるかもしれない。奴に邪魔されない内にさっさと勉強しておこう。
シュウに頼んだところ、彼はあっさりと参考書を持ってきてくれた。すぐに貸してもらえたという事は、この屋敷内にもともと参考書があったのだろう。
あのひねくれ公爵は何を考えているんだ。勉強しろって言うならあんたも協力してよね、と思う。
昼食後、部屋のドアの真正面にテーブルと椅子を置いて読書した。これならジオルドの急襲に対応できるはずだ。同じ手に二度も引っ掛かりませんからね。
アレクサンドラの本は正直なにが面白いのか分からない。浮気している男と二人の女の物語という感じで、わたしからするとどうしてアレクサンドラが黙って耐え忍んでいるのか理解できない。貴族ってこういうものなんだろうか。
それにしてもこの本、何巻まであるのかな。全巻読まないとダメなのかなぁ。
はあ、とため息をついていたら、いきなり部屋のドアが開いた。ノックもせずに入ってくる無粋な奴なんて一人しかいない。ジオルドだ。
奴はドアの真正面を向いて座るわたしを見て、少しぎょっとした顔をしていた。いい気味だわ。
「ノア、今日はお前に客人を連れて来た」
「えっ。お客様ですか」
わたしは椅子から立ち上がって姿勢を正した。ジオルドの後ろから、とび色の髪を肩まで伸ばした青年が部屋に入ってくる。
服装は華美ではないが上質で、一つ一つの動作は優雅で洗練されていた。上流階級の人間かもしれない。
今こそカーツィの出番だろう。
「お初にお目にかかります。ノア・ブラキストンと申します」
「やあ、君がジオのお気に入りか。初めまして。ディアンジェス・フィー・ウォルスです」
覚えたばかりのお辞儀をするわたしに、青年はにこやかに名乗った。ぐらつく体を支えながら考える。
この人、今、ウォルスと名乗ったよね。
名前に国名が入ってるなんてどういう事だろう。何者―――と言うか、王族しかあり得ないじゃないの。
わたしは体をグラグラ揺らしながら頭を下げ続けた。
ダメだ、もう、倒れる……。
「はは、無理してカーツィしなくていいよ。慣れてないみたいだね」
「こいつは昨日カーツィを覚えたばかりだからな」
王子さまらしき人とジオルドが穏やかに話している。二人は親しい様子だけど、ジオルドは王子さま相手でも地のままだ。悪い意味でさすがだと思う。
ぼけっと立っているわたしに王子さまが言った。
「実はオルタ大学には私の弟が在籍中でね。君には彼の友人になってあげて欲しいんだ」
「え? マーガレットさんと友人になるのではないんですか?」
「マーガレットはディアンの弟の婚約者だ。ディアンは第一王子でな」
「そう。弟は第二王子、バレンティンだよ。バレンは医者を目指してるんだけど、彼を王に推す貴族たちがいい顔をしなくてね。なかなか苦労しているようだから、バレンを支えてあげて欲しい」
「お前はまず、マーガレットの友人になれ。そこからバレンに近付けば、自然と彼の友人にもなれるだろう」
「はぁ、分かりました。最終目標はバレンティン様なんですね」
「うん。よろしく頼むよ」
二人の美青年は部屋から出て行った。わたしはやれやれと椅子に座る。
なるほど。急にバレンティン様に接近したらマーガレットさんも嫌がるだろうから、まずは彼女と親しくなれと言うことだったのか。
でも友人になれと言われても、そんなに上手く行くだろうか。
小等部はともかく、中等部ではほとんど友達なんかいなかった。どこかの公子に嫌われていたせいだけど。
わたしはテーブルの上の本を手に取った。上手く行くかどうかはともかく、この仕事にわたしの命が懸かっている。失敗したら殺されるかもしれない。
今はとにかく本を読もう。どうかマーガレットさんがわたしを気に入ってくれますように。バレンティン様の手伝いが出来ますように。
体は人間に戻っていたけど変な赤い痣はない。やっぱりダニだったんだ。公爵なのにダニベッドで寝てたなんて可哀相な奴。
昨日と同じように枕元に服一式がたたんで置いてあった。わたしは起き上がってその服を身につける。毎朝ご丁寧なことだ。そんなに一匹の黒猫と一緒に寝たいだなんて……ペットでも飼えばいいのに。
朝食を取っていると、シュウが「ジオルド様は仕事へ行かれました」と報告してきた。食事のあとは数学の問題に取り掛かる。
ジオルドはまた夕方に戻ってくるかもしれない。奴に邪魔されない内にさっさと勉強しておこう。
シュウに頼んだところ、彼はあっさりと参考書を持ってきてくれた。すぐに貸してもらえたという事は、この屋敷内にもともと参考書があったのだろう。
あのひねくれ公爵は何を考えているんだ。勉強しろって言うならあんたも協力してよね、と思う。
昼食後、部屋のドアの真正面にテーブルと椅子を置いて読書した。これならジオルドの急襲に対応できるはずだ。同じ手に二度も引っ掛かりませんからね。
アレクサンドラの本は正直なにが面白いのか分からない。浮気している男と二人の女の物語という感じで、わたしからするとどうしてアレクサンドラが黙って耐え忍んでいるのか理解できない。貴族ってこういうものなんだろうか。
それにしてもこの本、何巻まであるのかな。全巻読まないとダメなのかなぁ。
はあ、とため息をついていたら、いきなり部屋のドアが開いた。ノックもせずに入ってくる無粋な奴なんて一人しかいない。ジオルドだ。
奴はドアの真正面を向いて座るわたしを見て、少しぎょっとした顔をしていた。いい気味だわ。
「ノア、今日はお前に客人を連れて来た」
「えっ。お客様ですか」
わたしは椅子から立ち上がって姿勢を正した。ジオルドの後ろから、とび色の髪を肩まで伸ばした青年が部屋に入ってくる。
服装は華美ではないが上質で、一つ一つの動作は優雅で洗練されていた。上流階級の人間かもしれない。
今こそカーツィの出番だろう。
「お初にお目にかかります。ノア・ブラキストンと申します」
「やあ、君がジオのお気に入りか。初めまして。ディアンジェス・フィー・ウォルスです」
覚えたばかりのお辞儀をするわたしに、青年はにこやかに名乗った。ぐらつく体を支えながら考える。
この人、今、ウォルスと名乗ったよね。
名前に国名が入ってるなんてどういう事だろう。何者―――と言うか、王族しかあり得ないじゃないの。
わたしは体をグラグラ揺らしながら頭を下げ続けた。
ダメだ、もう、倒れる……。
「はは、無理してカーツィしなくていいよ。慣れてないみたいだね」
「こいつは昨日カーツィを覚えたばかりだからな」
王子さまらしき人とジオルドが穏やかに話している。二人は親しい様子だけど、ジオルドは王子さま相手でも地のままだ。悪い意味でさすがだと思う。
ぼけっと立っているわたしに王子さまが言った。
「実はオルタ大学には私の弟が在籍中でね。君には彼の友人になってあげて欲しいんだ」
「え? マーガレットさんと友人になるのではないんですか?」
「マーガレットはディアンの弟の婚約者だ。ディアンは第一王子でな」
「そう。弟は第二王子、バレンティンだよ。バレンは医者を目指してるんだけど、彼を王に推す貴族たちがいい顔をしなくてね。なかなか苦労しているようだから、バレンを支えてあげて欲しい」
「お前はまず、マーガレットの友人になれ。そこからバレンに近付けば、自然と彼の友人にもなれるだろう」
「はぁ、分かりました。最終目標はバレンティン様なんですね」
「うん。よろしく頼むよ」
二人の美青年は部屋から出て行った。わたしはやれやれと椅子に座る。
なるほど。急にバレンティン様に接近したらマーガレットさんも嫌がるだろうから、まずは彼女と親しくなれと言うことだったのか。
でも友人になれと言われても、そんなに上手く行くだろうか。
小等部はともかく、中等部ではほとんど友達なんかいなかった。どこかの公子に嫌われていたせいだけど。
わたしはテーブルの上の本を手に取った。上手く行くかどうかはともかく、この仕事にわたしの命が懸かっている。失敗したら殺されるかもしれない。
今はとにかく本を読もう。どうかマーガレットさんがわたしを気に入ってくれますように。バレンティン様の手伝いが出来ますように。
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