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9 ダニ?
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変なことを考えてる内に、いつの間にか寝ていたらしい。
目が覚めたらすでに朝だった。紗のカーテンから朝日が差し込み、わたしの隣で眠ったはずのジオルドはいなかった。
「ん……あれ?」
毛布の中でむくりと起き上がり、異変に気付く。人間に戻っているのはいいとして、体のあちこちにある赤い痣のようなものは何だろう。太ももやふくらはぎにも付いている。
もしかしてこのベッド、ダニがいるんじゃないの?
あとでシュウに熱風処理をしてもらおう。ダニは病気を媒介することもある。危険だ。
枕元にはご丁寧にわたしの服と下着が置いてあった。今日は襟ぐりの広いパフスリーブの服と、ヒラヒラしたスカートを着ておけという事らしい。どちらも青紫色だ。
わたしはのろのろと服を身につけた。
しかし、下着まで指定というのはいかがなものだろう。わたしのプライバシーはゴミ箱に捨てられちゃったのだろうか。
まあね、公爵家に不法侵入したのに生かされてるだけマシなんだろうけど。
自分の部屋に戻るとすかさずシュウがやって来た。昨日と同じように顔を洗ってから朝食。
シュウにジオルドの事を聞くと、奴は仕事で王宮へ行ったらしい。
という事は、今日は奴の相手をしなくていいのだ。やった!
シュウは食事の後、わたしを隣の部屋に案内した。室内にはわたしが家に置いてきた魔術薬や魔道具、本、資料も全て揃っている。
「こちらがオルタ大学の編入試験に関する資料です。問題も用意しました」
「ありがとう」
シュウは部屋から出る前、わたしに向かって一瞬だけ手をかざした。何かの魔術を掛けたみたいだった。少し気になって自分の体を調べると、所々にあった赤い痣のようなものが消えている。
ダニの事を思い出し、廊下を歩いているシュウにベッドの件を話した。彼は大真面目な顔で分かりましたと言ったので、わたしは安心して部屋へ戻った。
ここは今日から研究室にさせてもらおう。寝室と研究室が分かれているなんて、なかなかいい環境だ。
机にオルタ大学の資料を置き、最初のページから読んでいく。
王立オルタ大学の編入学試験は二科目だけで、学科によって科目が違うようだ。わたしが受ける予定の魔術薬学は数学と薬学に関する小論文となっている。
試験の他に学術論文を提出してもいいらしいので、学生の頃から調べて来たことをまとめておこう。
母は村人たちのカルテを診療所に保管していて、わたしはそれを元に血液型と疾病の関連性を何年も調査して来たのだ。
レポートの評価によって編入が有利になるかもしれないし。頑張ろう。
レポート用紙にペンを走らせる。
人間の血液型は主に六種類あるが、型によって罹りやすい疾病が存在する。
これらはフォックス領シータ村において十五年の間に集められた事実に基づいており、信憑性の高いものである。
ガリガリと文字を書いていたら、いつの間にか机の横に昼食が置いてあった。シュウが用意してくれたらしい。
わたしは集中しすぎると食事や睡眠を削ってしまうことがあるから気をつけないといけない。
昼食のパンをかじりながら思った。
今のわたしは軟禁されてるようなものだけど、この屋敷に来てからずい分人間らしい生活を送っている。その点に関してはジオルドに感謝してもいいかもしれない。自分でも顔色が良くなったと思うし。体力も付いてきた。
論文をまとめ終え、数学の問題に移る。編入学試験まで二週間ほどしかないのだ。ジオルドは無茶振りしすぎだと思う。
「えー……と。んんー……」
「どうした。分からないところでもあるのか?」
「ひゃあ!」
急に背後から低い声が響いたので、椅子から飛び上がってしまった。ペンやノートがバサバサと音を立てて床に落ちた。椅子の横でジオルドが怪訝そうな顔をしている。いつ帰って来たんだろう。
「何でそんなに驚いてるんだ。勉強を教えてやろうと思ったのに」
「す、すみません……」
え? わたしが悪いの?
確かに集中すると音が聞こえなくなるけど、せめてもう少し離れた場所から声をかけてくれたらいいのに。
床に落ちた物を拾って椅子に座り直した。
「久しぶりに勉強したから忘れてるだけです。参考書さえあれば自分で復習できるんですけど」
「だから俺が教えてやるって。この問題か?」
ジオルドはわたしの言葉を無視して説明を始めた。ひとの話を聞けよと思いながら、仕方なく奴の教えに耳を傾ける。
私の予想に反してジオルドの説明は分かりやすかった。忘れかけていた公式も解き方のコツも、段階を踏まえながら丁寧に教えてくれた。
彼が努力を積み重ねてきたことが分かる内容で、はいはいと頷きながら少し驚いてしまう。
ジオルドは天才タイプだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
ちゃんと勉強してきた人だったんだ。
「……ありがとうございました。よく分かりました」
「そうだろう」
「あのう、ジオルド様ってもう大学を卒業してるんですか?」
わたしの二つ年上だから、今は21歳のはずだ。本来ならまだ学生だと思うんだけど。
「飛び級したからな。高等部を一年で出て、16歳でベールリッジ大学に入った。卒業したのは19歳の頃だ」
「あーそーですか」
ベールリッジ大学は特定の貴族が設立した私立大学で、授業料が高額な上、入学・卒業試験は国内でも最難関と言われている。その大学に飛び級で入った、ですか。聞かなければ良かった。気分は最悪だ。
僻んでしまうわたしも性格が悪いと思うけど。
目が覚めたらすでに朝だった。紗のカーテンから朝日が差し込み、わたしの隣で眠ったはずのジオルドはいなかった。
「ん……あれ?」
毛布の中でむくりと起き上がり、異変に気付く。人間に戻っているのはいいとして、体のあちこちにある赤い痣のようなものは何だろう。太ももやふくらはぎにも付いている。
もしかしてこのベッド、ダニがいるんじゃないの?
あとでシュウに熱風処理をしてもらおう。ダニは病気を媒介することもある。危険だ。
枕元にはご丁寧にわたしの服と下着が置いてあった。今日は襟ぐりの広いパフスリーブの服と、ヒラヒラしたスカートを着ておけという事らしい。どちらも青紫色だ。
わたしはのろのろと服を身につけた。
しかし、下着まで指定というのはいかがなものだろう。わたしのプライバシーはゴミ箱に捨てられちゃったのだろうか。
まあね、公爵家に不法侵入したのに生かされてるだけマシなんだろうけど。
自分の部屋に戻るとすかさずシュウがやって来た。昨日と同じように顔を洗ってから朝食。
シュウにジオルドの事を聞くと、奴は仕事で王宮へ行ったらしい。
という事は、今日は奴の相手をしなくていいのだ。やった!
シュウは食事の後、わたしを隣の部屋に案内した。室内にはわたしが家に置いてきた魔術薬や魔道具、本、資料も全て揃っている。
「こちらがオルタ大学の編入試験に関する資料です。問題も用意しました」
「ありがとう」
シュウは部屋から出る前、わたしに向かって一瞬だけ手をかざした。何かの魔術を掛けたみたいだった。少し気になって自分の体を調べると、所々にあった赤い痣のようなものが消えている。
ダニの事を思い出し、廊下を歩いているシュウにベッドの件を話した。彼は大真面目な顔で分かりましたと言ったので、わたしは安心して部屋へ戻った。
ここは今日から研究室にさせてもらおう。寝室と研究室が分かれているなんて、なかなかいい環境だ。
机にオルタ大学の資料を置き、最初のページから読んでいく。
王立オルタ大学の編入学試験は二科目だけで、学科によって科目が違うようだ。わたしが受ける予定の魔術薬学は数学と薬学に関する小論文となっている。
試験の他に学術論文を提出してもいいらしいので、学生の頃から調べて来たことをまとめておこう。
母は村人たちのカルテを診療所に保管していて、わたしはそれを元に血液型と疾病の関連性を何年も調査して来たのだ。
レポートの評価によって編入が有利になるかもしれないし。頑張ろう。
レポート用紙にペンを走らせる。
人間の血液型は主に六種類あるが、型によって罹りやすい疾病が存在する。
これらはフォックス領シータ村において十五年の間に集められた事実に基づいており、信憑性の高いものである。
ガリガリと文字を書いていたら、いつの間にか机の横に昼食が置いてあった。シュウが用意してくれたらしい。
わたしは集中しすぎると食事や睡眠を削ってしまうことがあるから気をつけないといけない。
昼食のパンをかじりながら思った。
今のわたしは軟禁されてるようなものだけど、この屋敷に来てからずい分人間らしい生活を送っている。その点に関してはジオルドに感謝してもいいかもしれない。自分でも顔色が良くなったと思うし。体力も付いてきた。
論文をまとめ終え、数学の問題に移る。編入学試験まで二週間ほどしかないのだ。ジオルドは無茶振りしすぎだと思う。
「えー……と。んんー……」
「どうした。分からないところでもあるのか?」
「ひゃあ!」
急に背後から低い声が響いたので、椅子から飛び上がってしまった。ペンやノートがバサバサと音を立てて床に落ちた。椅子の横でジオルドが怪訝そうな顔をしている。いつ帰って来たんだろう。
「何でそんなに驚いてるんだ。勉強を教えてやろうと思ったのに」
「す、すみません……」
え? わたしが悪いの?
確かに集中すると音が聞こえなくなるけど、せめてもう少し離れた場所から声をかけてくれたらいいのに。
床に落ちた物を拾って椅子に座り直した。
「久しぶりに勉強したから忘れてるだけです。参考書さえあれば自分で復習できるんですけど」
「だから俺が教えてやるって。この問題か?」
ジオルドはわたしの言葉を無視して説明を始めた。ひとの話を聞けよと思いながら、仕方なく奴の教えに耳を傾ける。
私の予想に反してジオルドの説明は分かりやすかった。忘れかけていた公式も解き方のコツも、段階を踏まえながら丁寧に教えてくれた。
彼が努力を積み重ねてきたことが分かる内容で、はいはいと頷きながら少し驚いてしまう。
ジオルドは天才タイプだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
ちゃんと勉強してきた人だったんだ。
「……ありがとうございました。よく分かりました」
「そうだろう」
「あのう、ジオルド様ってもう大学を卒業してるんですか?」
わたしの二つ年上だから、今は21歳のはずだ。本来ならまだ学生だと思うんだけど。
「飛び級したからな。高等部を一年で出て、16歳でベールリッジ大学に入った。卒業したのは19歳の頃だ」
「あーそーですか」
ベールリッジ大学は特定の貴族が設立した私立大学で、授業料が高額な上、入学・卒業試験は国内でも最難関と言われている。その大学に飛び級で入った、ですか。聞かなければ良かった。気分は最悪だ。
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