しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
9 / 38

9 ダニ?

しおりを挟む
 変なことを考えてる内に、いつの間にか寝ていたらしい。
 目が覚めたらすでに朝だった。紗のカーテンから朝日が差し込み、わたしの隣で眠ったはずのジオルドはいなかった。

「ん……あれ?」

 毛布の中でむくりと起き上がり、異変に気付く。人間に戻っているのはいいとして、体のあちこちにある赤い痣のようなものは何だろう。太ももやふくらはぎにも付いている。

 もしかしてこのベッド、ダニがいるんじゃないの?
 あとでシュウに熱風処理をしてもらおう。ダニは病気を媒介することもある。危険だ。

 枕元にはご丁寧にわたしの服と下着が置いてあった。今日は襟ぐりの広いパフスリーブの服と、ヒラヒラしたスカートを着ておけという事らしい。どちらも青紫色だ。

 わたしはのろのろと服を身につけた。

 しかし、下着まで指定というのはいかがなものだろう。わたしのプライバシーはゴミ箱に捨てられちゃったのだろうか。
 まあね、公爵家に不法侵入したのに生かされてるだけマシなんだろうけど。

 自分の部屋に戻るとすかさずシュウがやって来た。昨日と同じように顔を洗ってから朝食。
 シュウにジオルドの事を聞くと、奴は仕事で王宮へ行ったらしい。

 という事は、今日は奴の相手をしなくていいのだ。やった!

 シュウは食事の後、わたしを隣の部屋に案内した。室内にはわたしが家に置いてきた魔術薬や魔道具、本、資料も全て揃っている。

「こちらがオルタ大学の編入試験に関する資料です。問題も用意しました」

「ありがとう」

 シュウは部屋から出る前、わたしに向かって一瞬だけ手をかざした。何かの魔術を掛けたみたいだった。少し気になって自分の体を調べると、所々にあった赤い痣のようなものが消えている。

 ダニの事を思い出し、廊下を歩いているシュウにベッドの件を話した。彼は大真面目な顔で分かりましたと言ったので、わたしは安心して部屋へ戻った。

 ここは今日から研究室にさせてもらおう。寝室と研究室が分かれているなんて、なかなかいい環境だ。

 机にオルタ大学の資料を置き、最初のページから読んでいく。

 王立オルタ大学の編入学試験は二科目だけで、学科によって科目が違うようだ。わたしが受ける予定の魔術薬学は数学と薬学に関する小論文となっている。

 試験の他に学術論文を提出してもいいらしいので、学生の頃から調べて来たことをまとめておこう。
 母は村人たちのカルテを診療所に保管していて、わたしはそれを元に血液型と疾病の関連性を何年も調査して来たのだ。
レポートの評価によって編入が有利になるかもしれないし。頑張ろう。

 レポート用紙にペンを走らせる。
 人間の血液型は主に六種類あるが、型によって罹りやすい疾病が存在する。
 これらはフォックス領シータ村において十五年の間に集められた事実に基づいており、信憑性の高いものである。

 ガリガリと文字を書いていたら、いつの間にか机の横に昼食が置いてあった。シュウが用意してくれたらしい。
 わたしは集中しすぎると食事や睡眠を削ってしまうことがあるから気をつけないといけない。

 昼食のパンをかじりながら思った。
 今のわたしは軟禁されてるようなものだけど、この屋敷に来てからずい分人間らしい生活を送っている。その点に関してはジオルドに感謝してもいいかもしれない。自分でも顔色が良くなったと思うし。体力も付いてきた。

 論文をまとめ終え、数学の問題に移る。編入学試験まで二週間ほどしかないのだ。ジオルドは無茶振りしすぎだと思う。

「えー……と。んんー……」

「どうした。分からないところでもあるのか?」

「ひゃあ!」

 急に背後から低い声が響いたので、椅子から飛び上がってしまった。ペンやノートがバサバサと音を立てて床に落ちた。椅子の横でジオルドが怪訝そうな顔をしている。いつ帰って来たんだろう。

「何でそんなに驚いてるんだ。勉強を教えてやろうと思ったのに」

「す、すみません……」

 え? わたしが悪いの?
 確かに集中すると音が聞こえなくなるけど、せめてもう少し離れた場所から声をかけてくれたらいいのに。

 床に落ちた物を拾って椅子に座り直した。

「久しぶりに勉強したから忘れてるだけです。参考書さえあれば自分で復習できるんですけど」

「だから俺が教えてやるって。この問題か?」

 ジオルドはわたしの言葉を無視して説明を始めた。ひとの話を聞けよと思いながら、仕方なく奴の教えに耳を傾ける。

 私の予想に反してジオルドの説明は分かりやすかった。忘れかけていた公式も解き方のコツも、段階を踏まえながら丁寧に教えてくれた。
 彼が努力を積み重ねてきたことが分かる内容で、はいはいと頷きながら少し驚いてしまう。

 ジオルドは天才タイプだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
 ちゃんと勉強してきた人だったんだ。

「……ありがとうございました。よく分かりました」

「そうだろう」

「あのう、ジオルド様ってもう大学を卒業してるんですか?」

 わたしの二つ年上だから、今は21歳のはずだ。本来ならまだ学生だと思うんだけど。

「飛び級したからな。高等部を一年で出て、16歳でベールリッジ大学に入った。卒業したのは19歳の頃だ」

「あーそーですか」

 ベールリッジ大学は特定の貴族が設立した私立大学で、授業料が高額な上、入学・卒業試験は国内でも最難関と言われている。その大学に飛び級で入った、ですか。聞かなければ良かった。気分は最悪だ。
 ひがんでしまうわたしも性格が悪いと思うけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...