しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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3 二人で飲もうか

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「せっかくの綺麗な顔に傷がついてしまったな」

「いたっ」

 ジオルドはわたしの顎をつかんで頬の傷を舐めた。びりっとした痛みが走る。

「お前の顔は母譲りだ。大切にしろよ? その顔のお陰でお前だと分かったんだから」

「…………」

 わたしが母に似ているから余計に憎たらしいんだろう。この尊大な喋り方、何も変わっていない。
 ジオルドはわたしの顔から床へ視線をうつし、転がっている瓶を手に取った。

「この瓶の中身を俺に飲ませたかったのか? 中身はなんだ?」

「……ただの水です」

「ただの水をわざわざ俺に飲ませに来たって?」

 怪訝そうな顔で瓶の蓋を外し、匂いを嗅いでいる。

「この香り、魔術薬だろう。何の薬だ? 正直に言えば公爵家に忍び込んだ罪は不問にしてやる」

「…………」

 本来なら薬師の仕事には守秘義務がある。ひとの依頼をぺらぺらと話してしまう薬師に仕事など来ないからだ。
 でも今回の場合はわたしの命が掛かっているし……どうしよう。

 迷っていると、ジオルドは剣を拾い上げてわたしを睨んだ。体に殺気をみなぎらせながら。

「ほっ、惚れ薬、です」

「へえ。惚れ薬。誰の依頼で?」

「…………」

「言えないか。まぁ心当たりはあるけどな……。モルダー伯爵かノイドール伯爵あたりだろ」

「……!」

「惚れ薬とは面白い。なぁノア、お前が飲んでみてくれ」

「……はい」

 この惚れ薬は、好き合う予定の二人が飲むことで効果が出る。わたし一人で飲んだところで何の影響もないし、罪を軽くするためにもさっさと飲んでしまおう。

 瓶を口に含もうとした瞬間、ジオルドはわたしの手首をぐっと掴んで動きを止めさせた。

「やけに素直に飲むじゃないか。何を隠してる?」

「別に、何も」

「じゃあ俺が飲んでもいいのか?」

「ど、どうぞ。わたしは結構ですので」

「…………。二人で飲もうか」

「ええっ!?」

 ぎょっとしてジオルドの顔を見ると、彼は探るような視線をわたしに向けている。握った手の平にじわじわと汗が滲んできた。

 もしかして気付かれた?
 ああもう、どうして驚いた顔をしちゃったんだろう。涼しい顔で「どうぞ」と言えばよかったのに。

 ジオルドは瓶を見ながら何か考え込んでいる。やがて彼は少しの躊躇もなく、瓶の中身を一気に口の中へ流し込んだ。

「な、何を―――んうっ」

 大きな両手がわたしの顔を固定し、無理やり口付けされる。驚いて硬直している内に、口の中へ冷たいものが流れ込んできた。甘ったるくてのどが焼けそうな薬―――わたしが作った惚れ薬だ。

「んん、んーっ!」

 両手を突っぱって、がっしりした男の体を離そうとする。びくともしない。

 このクズ。クズ公爵!

 心の中で悪態をついているとやっと体が放され、絨毯の上にどさりと倒れこんだ。
 ジオルドは手で口を拭いながらわたしを見下ろしている。楽しくてたまらない、とでも言うような表情で。

 本当にクズ男だ。わたしが憎いのなら、ひと思いに殺してくれたらいいのに。

「う……」

 息が苦しくなってきた。ジオルドを見ていると心臓の拍動が強くなり、顔と体が火照って熱くなる。
 この惚れ薬は体調を変化させ、恋をしているのではないかと錯覚させる作用があるのだ。例え好きではない相手でも。

「ははっ! これは面白い。お前を見ていると動悸が激しくなってくる。ちょうどいい、付き合え。今夜の閨の相手はお前だ」

 抱き上げられ、だだっ広いベッドに降ろされた。むせ返るような女物の香水をぷんぷん漂わせ、首元に口紅を付けた好色男が覆い被さってくる。

 まさかこんな方法で復讐されるとは思ってもいなかった。
 頭の中に「慰みもの」だの「性奴隷」だの、物騒な言葉が飛び交っている。

 冗談じゃない!

「かっ、解呪します!」

「面白いからしなくていい」

 わたしはジオルドを無視して呪文を唱えた。今までの反応が嘘のように体が落ち着いて楽になったが、彼の顔に浮かんでいた喜色は消えた。公爵は凍えそうなほど冷酷な目でわたしを見ている。

 どうせ今から殺されるんだ。もう真実を告げてしまおう。
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