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20 ヒロインの正体
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「ごめんなさいね、夜おそくに」
「……はあ」
とりあえず部屋に入れたが、早く帰ってほしくて仕方がない。どうせロクでもない事を言いに来たのだろう――ヒロインは。
テーブルを挟んで、ティナと向かい合って座る。私が転生者だと気づいているためか、ティナの態度はすでに男爵令嬢のそれではなかった。まあいいけどね。私だって中身の半分は日本人だから。
ティナは私が出したお茶を飲み、口元をニヤリと歪めながら言った――日本語で。
『さっさと本題に入りましょう。あなたも転生者なんでしょ? 日本人よね?』
『うん、日本人。あなたも?』
『そうだよ。わたしは東京に住んでた。アパートの部屋でゲームしてたんだけど、急に下の階で火事が起きてさぁ……煙を吸い込んだ後に倒れちゃって、気が付いたらこの世界にいたってわけ』
ティナの口調は急にくだけ、日本人の若者らしい喋り方になった。見た目はピンク髪の少女なのに、中身は日本人なんて不思議な感じだ。
『ねえ、この世界がゲームって事は気づいてる?』
『気づいてるよ。前世で私の友達がやってた、魔法の乙女ティナとかいうやつだと思うけど』
『そうそう! 恋か使命かなんて、わたしには選べない!ってサブタイトルのゲームだった。でさ、もうズバッと訊きたいんだけど――あなたって、王太子ねらってんの?』
『ぶふっ! ね、狙ってないよ』
いきなり生々しいことを言うので、飲んでいたお茶をふき出してしまった。
布巾で服とテーブルを拭く私をティナがじっと見ている。
『本っ当に、狙ってない? わたしゲームやってた時から、王太子が大好きだったんだよね。だから本気で落としたいの』
『狙ってないってば。私の好みは、気象予報士の鬼塚さんで――』
『えっ』
『えっ?』
鬼塚さんの名前を出した途端、ティナの動きがぴたりと止まった。円らな瞳をさらに丸くして私を凝視している。黄緑色の目玉が落ちそうなんですけど。
『ま、まさか――あんた、梨花?』
『えっ!? なんで私の名前を知って……。も、もしかして、紗里奈!?』
嘘でしょ……。
前世でゲームをしていた友人が、目の前にいる!?
私たちはしばし呆然としたあと、お互いしか知らないはずの情報を確認しあった。苗字を訊いたり、中学や高校の名前を言ったり。
最初は半信半疑だったが、30分もたつ頃にはお互いに「間違いない」と確信していた。日本人だったころは当然のように黒髪で黒い瞳だった紗里奈が、まったく違う姿ではぁ~とため息をつく。
『す、すごい偶然……。まさか梨花までこの世界に来てるなんて。あんたは何で転生したわけ?』
『男の子を助けようとして、代わりに車に轢かれた……んだと思う。気が付いたらこの世界にいた』
『……もしかして、4月の17日ぐらい?」
『あっ、そうだわ! 確か17日だった。ああ、私たち同じ日に死んじゃったんだね。だから転生したのかな……』
『ほんっと不思議だよね……。でもあんた、転生しても好みが変わらないのね。まだ鬼塚さんを覚えてるなんて』
『だって記憶が残ってるんだもの。もちろんルシーフェルとしての記憶もあるけど、今の私は二人が融合したみたいな状態だから』
『ふうん』
紗里奈――ティナは不思議そうに言い、お茶をごくりと飲んだ。ティナは紗里奈の意識の方が勝っているのかも知れない。
『紗里……ティナは殿下のことが好きって言うけどさ、その割りに他の男子も落としてるよね。ちょっと手を広げすぎじゃないの?』
『いやほら、せっかくゲームの世界に転生したからさ。いっそ全ての男とハーレムを楽しみたいな~、なんてね』
っかあ~、このリア充が!
いかにもヒロインらしい考え方だ。
紗里奈とは中学からずっと一緒だったが、初めてのお付き合いはなんと小2だったらしい。しかも付き合いが終わったかと思うと別の男に告白されるという、真のリア充であった。
が、しかし。
『ティナ。ゲームの世界だと思ってると、足元すくわれるよ。たまにゲームっぽい設定を感じることもあるけど、この世界にいる人たちはちゃんと生きてる人間なんだから。今の私たち、貴族なんだよ?』
『分かってるって! 貴族ってことを気にしつつ、恋も楽しめばいいじゃん? ああ、もう寝る時間だ。んじゃね、ルシー……様。おやすみなさい。また今度ゆっくり喋ろうね!』
『う、うん。おやすみなさい』
ティナはにこにこしながら部屋を出て行った。私は後片付けを終えてベッドに横になったが、妙に不安で寝付けない。
本当に大丈夫なのか。日本には貴族がいなかったけど、ティナが狙っている少年は国王の息子である。無礼な態度を取ってドえらい事にならないだろうか。おまけにクラリッサを始めとする他の女子も、殿下に近づこうとしているわけで……。
しかし何といってもティナは主人公だ。ここがゲームの世界なら、ヒロインに有利な力が働いてもおかしくはない。今朝のイベントはカイラーのせいで失敗したが、すでにティナに惚れてる男子生徒もいるわけだし。
あまり気にしないでおこう。私は悪役令嬢の道を捨てたんだし、あれこれ手出しすべきじゃない。
穏やかに過ごせますようにと祈りつつ、新学期の初日を終えたのだった。
「……はあ」
とりあえず部屋に入れたが、早く帰ってほしくて仕方がない。どうせロクでもない事を言いに来たのだろう――ヒロインは。
テーブルを挟んで、ティナと向かい合って座る。私が転生者だと気づいているためか、ティナの態度はすでに男爵令嬢のそれではなかった。まあいいけどね。私だって中身の半分は日本人だから。
ティナは私が出したお茶を飲み、口元をニヤリと歪めながら言った――日本語で。
『さっさと本題に入りましょう。あなたも転生者なんでしょ? 日本人よね?』
『うん、日本人。あなたも?』
『そうだよ。わたしは東京に住んでた。アパートの部屋でゲームしてたんだけど、急に下の階で火事が起きてさぁ……煙を吸い込んだ後に倒れちゃって、気が付いたらこの世界にいたってわけ』
ティナの口調は急にくだけ、日本人の若者らしい喋り方になった。見た目はピンク髪の少女なのに、中身は日本人なんて不思議な感じだ。
『ねえ、この世界がゲームって事は気づいてる?』
『気づいてるよ。前世で私の友達がやってた、魔法の乙女ティナとかいうやつだと思うけど』
『そうそう! 恋か使命かなんて、わたしには選べない!ってサブタイトルのゲームだった。でさ、もうズバッと訊きたいんだけど――あなたって、王太子ねらってんの?』
『ぶふっ! ね、狙ってないよ』
いきなり生々しいことを言うので、飲んでいたお茶をふき出してしまった。
布巾で服とテーブルを拭く私をティナがじっと見ている。
『本っ当に、狙ってない? わたしゲームやってた時から、王太子が大好きだったんだよね。だから本気で落としたいの』
『狙ってないってば。私の好みは、気象予報士の鬼塚さんで――』
『えっ』
『えっ?』
鬼塚さんの名前を出した途端、ティナの動きがぴたりと止まった。円らな瞳をさらに丸くして私を凝視している。黄緑色の目玉が落ちそうなんですけど。
『ま、まさか――あんた、梨花?』
『えっ!? なんで私の名前を知って……。も、もしかして、紗里奈!?』
嘘でしょ……。
前世でゲームをしていた友人が、目の前にいる!?
私たちはしばし呆然としたあと、お互いしか知らないはずの情報を確認しあった。苗字を訊いたり、中学や高校の名前を言ったり。
最初は半信半疑だったが、30分もたつ頃にはお互いに「間違いない」と確信していた。日本人だったころは当然のように黒髪で黒い瞳だった紗里奈が、まったく違う姿ではぁ~とため息をつく。
『す、すごい偶然……。まさか梨花までこの世界に来てるなんて。あんたは何で転生したわけ?』
『男の子を助けようとして、代わりに車に轢かれた……んだと思う。気が付いたらこの世界にいた』
『……もしかして、4月の17日ぐらい?」
『あっ、そうだわ! 確か17日だった。ああ、私たち同じ日に死んじゃったんだね。だから転生したのかな……』
『ほんっと不思議だよね……。でもあんた、転生しても好みが変わらないのね。まだ鬼塚さんを覚えてるなんて』
『だって記憶が残ってるんだもの。もちろんルシーフェルとしての記憶もあるけど、今の私は二人が融合したみたいな状態だから』
『ふうん』
紗里奈――ティナは不思議そうに言い、お茶をごくりと飲んだ。ティナは紗里奈の意識の方が勝っているのかも知れない。
『紗里……ティナは殿下のことが好きって言うけどさ、その割りに他の男子も落としてるよね。ちょっと手を広げすぎじゃないの?』
『いやほら、せっかくゲームの世界に転生したからさ。いっそ全ての男とハーレムを楽しみたいな~、なんてね』
っかあ~、このリア充が!
いかにもヒロインらしい考え方だ。
紗里奈とは中学からずっと一緒だったが、初めてのお付き合いはなんと小2だったらしい。しかも付き合いが終わったかと思うと別の男に告白されるという、真のリア充であった。
が、しかし。
『ティナ。ゲームの世界だと思ってると、足元すくわれるよ。たまにゲームっぽい設定を感じることもあるけど、この世界にいる人たちはちゃんと生きてる人間なんだから。今の私たち、貴族なんだよ?』
『分かってるって! 貴族ってことを気にしつつ、恋も楽しめばいいじゃん? ああ、もう寝る時間だ。んじゃね、ルシー……様。おやすみなさい。また今度ゆっくり喋ろうね!』
『う、うん。おやすみなさい』
ティナはにこにこしながら部屋を出て行った。私は後片付けを終えてベッドに横になったが、妙に不安で寝付けない。
本当に大丈夫なのか。日本には貴族がいなかったけど、ティナが狙っている少年は国王の息子である。無礼な態度を取ってドえらい事にならないだろうか。おまけにクラリッサを始めとする他の女子も、殿下に近づこうとしているわけで……。
しかし何といってもティナは主人公だ。ここがゲームの世界なら、ヒロインに有利な力が働いてもおかしくはない。今朝のイベントはカイラーのせいで失敗したが、すでにティナに惚れてる男子生徒もいるわけだし。
あまり気にしないでおこう。私は悪役令嬢の道を捨てたんだし、あれこれ手出しすべきじゃない。
穏やかに過ごせますようにと祈りつつ、新学期の初日を終えたのだった。
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