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18 王の秘密
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何日も悩んだ挙句、アイリスは王宮図書館へ来ていた。
本当はヨシュア本人に聞くべきだと思う。でも彼の口から決定的なことを聞いてしまったら―――「誰でもよかった」なんて聞いてしまったら、もう王宮にいることは出来そうにない。
レッスンが終わってすぐ、時間に追われるようにしてここまで来た。何の本を読んでいたのかヨシュアに気取られたくないから、夕食までには戻らなければ。
司書たちはみな忙しそうにしている。アイリスの父は王族に関する本を王都の南端にあるカリフ城の地下に移動させたため、元に戻す作業をしているらしい。傷んだ本は司書が一冊ずつ手作業で直しており、改めて申し訳ない気持ちになった。
リグ=ヴェーダというのは聖なる記録という意味である。館内の歴史書のあたりをうろうろしてみたけれど、何回探しても見つからない。仕方なく司書のひとりに声をかける。
「すみません、リグ=ヴェーダという本を探しているのですが……」
「おお、アイリス様ではないですか。リグ=ヴェーダは保管書庫にございますよ。係りの者に案内させましょう」
若い男性だったが、彼も他のひともアイリスに親切であった。彼らは離宮の王女が二年間ずっと孤児院を支援してきたことを知っており、密かに尊敬していたのだ。
朝議に出るような大貴族―――特に二大貴族が彼女を認めていないだけで、若い世代は王女に対して好意的な者も多いのである。
司書がリグ=ヴェーダと古代文字用の辞書を持ってきてくれた。保管書庫の本は伯爵以上の爵位を持つ者しか閲覧できないらしく、アイリスは書庫のすみにある小さなテーブルを使うことにした。
早速ページをめくってみたが、予想通り古代文字で書かれている。だから辞書まで持ってきてくれたのだ。シモンが古代文字の本をよく読んでいたのであまり抵抗はないが、すらすらと読めるわけでもない。
天界から降りてきた神獣の話や、彼らが魔族から大地を取り返した話が載っている章を過ぎ、ようやく目的の文章を見つけた。神獣が人間の王に託した言葉が記載されている。
『銀は聖なる色。この色こそ正統なる王という証である。』
―――ああ、やっぱり……。
銀の髪はとても珍しく、ヨシュア以外では見たこともない。そして彼が使うもの、身につけるものは銀色が多いと思っていたが、やはり重要な意味があったのだ。
アイリスはもう一度書物に目を落とし、次の文を読む。
『琥珀の瞳は神の力を宿し、王にふさわしい清らかな魂を持つ番いを示すであろう。』
―――神の力?
ではアイリスは、神によって選ばれた王妃だとでも言うのか。王位を簒奪した悪人の娘なのに?
読めば読むほど虚しい気持ちになり、思わず本を閉じてしまった。
もしかしてヨシュアは、誰かとアイリスを間違えたのではないだろうか。いっそそうであって欲しい。神の力によって選ばれたなんて言われても全然うれしくない。本当は光栄だと喜ぶべきなんだろうけど。
重たい石を乗せられたように苦しく、アイリスは胸を押さえて俯いた。じわじわと悲しみが広がり視界がぼやけてくる。
後ろ盾がないからこそ婚約者に選んだとヨシュアは言っていたし、アイリスも理由なんてどうでもいいと思っていた。お互いに利用するだけの関係でも構わないと、割り切っていたつもりだった。でも今、瞳の力で選ばれたのだと知って泣いている。
わたしはいつの間にか自惚れていたんだろうか。あの人に好かれていると勘違いしていた?
愛しい人と言ってくれたのも、キスしてくれたのも、本心ではなかったのかな……。
今までのことは全部、アイリスを愛そうとした彼の努力だったのか。
別にそれでも構わない。今から彼に愛されるよう、頑張ればいいだけ―――頭ではそう分かっているが、沈んだ心はなかなか浮かび上がってくれない。
わたしはヨシュア様のことが好き。でも彼の“好き”は、本物じゃないんだ……。
こんな悲しいこと、知らなきゃ良かった。
何とか平静を保って司書に本を返し、図書館を出た。自室に戻ってからはマーサにもう休むと伝えて一人にしてもらった。今日はヨシュアの顔を見れそうにない。どんなに優しい言葉でも、嘘かと思うと悲しくなるだけだ。
今だけ。今夜だけ泣いたら、また明日から頑張るから……。
毛布に顔を押し付けて思いっきり泣いた。早く朝になってほしいのに、夜はやけに長く感じた。
本当はヨシュア本人に聞くべきだと思う。でも彼の口から決定的なことを聞いてしまったら―――「誰でもよかった」なんて聞いてしまったら、もう王宮にいることは出来そうにない。
レッスンが終わってすぐ、時間に追われるようにしてここまで来た。何の本を読んでいたのかヨシュアに気取られたくないから、夕食までには戻らなければ。
司書たちはみな忙しそうにしている。アイリスの父は王族に関する本を王都の南端にあるカリフ城の地下に移動させたため、元に戻す作業をしているらしい。傷んだ本は司書が一冊ずつ手作業で直しており、改めて申し訳ない気持ちになった。
リグ=ヴェーダというのは聖なる記録という意味である。館内の歴史書のあたりをうろうろしてみたけれど、何回探しても見つからない。仕方なく司書のひとりに声をかける。
「すみません、リグ=ヴェーダという本を探しているのですが……」
「おお、アイリス様ではないですか。リグ=ヴェーダは保管書庫にございますよ。係りの者に案内させましょう」
若い男性だったが、彼も他のひともアイリスに親切であった。彼らは離宮の王女が二年間ずっと孤児院を支援してきたことを知っており、密かに尊敬していたのだ。
朝議に出るような大貴族―――特に二大貴族が彼女を認めていないだけで、若い世代は王女に対して好意的な者も多いのである。
司書がリグ=ヴェーダと古代文字用の辞書を持ってきてくれた。保管書庫の本は伯爵以上の爵位を持つ者しか閲覧できないらしく、アイリスは書庫のすみにある小さなテーブルを使うことにした。
早速ページをめくってみたが、予想通り古代文字で書かれている。だから辞書まで持ってきてくれたのだ。シモンが古代文字の本をよく読んでいたのであまり抵抗はないが、すらすらと読めるわけでもない。
天界から降りてきた神獣の話や、彼らが魔族から大地を取り返した話が載っている章を過ぎ、ようやく目的の文章を見つけた。神獣が人間の王に託した言葉が記載されている。
『銀は聖なる色。この色こそ正統なる王という証である。』
―――ああ、やっぱり……。
銀の髪はとても珍しく、ヨシュア以外では見たこともない。そして彼が使うもの、身につけるものは銀色が多いと思っていたが、やはり重要な意味があったのだ。
アイリスはもう一度書物に目を落とし、次の文を読む。
『琥珀の瞳は神の力を宿し、王にふさわしい清らかな魂を持つ番いを示すであろう。』
―――神の力?
ではアイリスは、神によって選ばれた王妃だとでも言うのか。王位を簒奪した悪人の娘なのに?
読めば読むほど虚しい気持ちになり、思わず本を閉じてしまった。
もしかしてヨシュアは、誰かとアイリスを間違えたのではないだろうか。いっそそうであって欲しい。神の力によって選ばれたなんて言われても全然うれしくない。本当は光栄だと喜ぶべきなんだろうけど。
重たい石を乗せられたように苦しく、アイリスは胸を押さえて俯いた。じわじわと悲しみが広がり視界がぼやけてくる。
後ろ盾がないからこそ婚約者に選んだとヨシュアは言っていたし、アイリスも理由なんてどうでもいいと思っていた。お互いに利用するだけの関係でも構わないと、割り切っていたつもりだった。でも今、瞳の力で選ばれたのだと知って泣いている。
わたしはいつの間にか自惚れていたんだろうか。あの人に好かれていると勘違いしていた?
愛しい人と言ってくれたのも、キスしてくれたのも、本心ではなかったのかな……。
今までのことは全部、アイリスを愛そうとした彼の努力だったのか。
別にそれでも構わない。今から彼に愛されるよう、頑張ればいいだけ―――頭ではそう分かっているが、沈んだ心はなかなか浮かび上がってくれない。
わたしはヨシュア様のことが好き。でも彼の“好き”は、本物じゃないんだ……。
こんな悲しいこと、知らなきゃ良かった。
何とか平静を保って司書に本を返し、図書館を出た。自室に戻ってからはマーサにもう休むと伝えて一人にしてもらった。今日はヨシュアの顔を見れそうにない。どんなに優しい言葉でも、嘘かと思うと悲しくなるだけだ。
今だけ。今夜だけ泣いたら、また明日から頑張るから……。
毛布に顔を押し付けて思いっきり泣いた。早く朝になってほしいのに、夜はやけに長く感じた。
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