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5 王妃の部屋
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新しい王となった青年が部屋から出て行ったあと、数人の侍女が食事を運んできた。見覚えのある顔にアイリスは安堵し、彼女たちに話しかける。
「良かった、無事だったのね。シモンは?」
「もちろん無事ですよ。陛下の命を受けて、王宮の片付けに行っております」
いちばん年配のマーサという侍女が答えた。彼女はヨシュアに見覚えがあったらしく、本当に立派になられたと目を潤ませながら言う。
アイリスの父は専横なふるまいによって使用人たちに嫌われていた。誰も彼の死を悼まないのは寂しいけれど、仕方のないことかもしれない。
窓の外はすでに薄暗く茜色の空が広がっている。食事のあいだに湯の用意をしていたのか、マーサ達はすぐにアイリスを浴室へ案内した。
驚くことにアイリスが寝ていたのは王妃の私室で、隣は浴室になっているのだ。道理で調度品がやけにきらびやかだと思った。
「こんなにお湯を使っていいのかしら。大丈夫かしら?」
不安がるアイリスにお湯をかけながら、マーサが豪快にあははと笑う。
「大丈夫ですよ。姫さまは陛下の婚約者となられたんでしょう。堂々としてればいいんです」
もう情報が流れている。ヨシュアの仕業に違いない。
アイリスは苦笑いしながら「そうね」と返した。何となく外堀を埋められているようで気分はよくないが、ヨシュアが気遣ってくれているのは分かった。わざわざ王妃の部屋にアイリスを運んでくれたり、離宮の使用人たちを呼んでくれたり。
でも“利用価値”と言ったことはまだ許す気になれず、アイリスは複雑な気持ちのまま寝台へ横になる。
どうもヨシュアという人物が掴めない。優しいのか嫌味なのか。
数時間前まで休んでいたが、正体不明の王様のせいで精神的に疲れたらしい。アイリスは左手にある指輪を睨みながらいつしか眠っていた。
数日の間、何事もなく過ぎていった。使用人たちは王宮内の汚れた場所や壊れた部分の片づけで忙しいらしく、アイリスは邪魔にならないよう王妃の私室で大人しくしていた。
新しい体制作りで忙しいはずなのに、ヨシュアは毎日のようにアイリスの元を訪れ食事を共にする。離宮の頃と比べ豪勢になった食事にアイリスは驚いたが、マーサによるとこれでも質素なほうらしい。前王たちはもっと贅の限りを尽くしていたと言われ恥ずかしかった。父の振る舞いも、自分の無知ぶりも。
食事の前、アイリスは必ずお祈りをしている。五つの頃にシモンから教わったことで、王宮に移ってからも習慣のように続けていた。
「創世よりこの地を守りし銀の獣よ。私たちに日々の糧を与えてくださいますこと、感謝します―――」
祈りを終えて目を開けると、ヨシュアが興味深そうにこちらを見ている。アイリスにとっては当たり前の習慣なので、まじまじと見られて居心地が悪かった。
ヴェルナードは神獣が興した国と伝えられているし、神獣は銀の狼の姿をしていたそうである。だから感謝の祈りをしてるのに、面白そうに見ないでほしい。
「アイリス、朝議に出てくれ。貴族たちへ婚約を発表する」
ある朝、食事を終えたときにヨシュアが言った。朝議というのは何かと聞くと、要職についている貴族たちの会議だという。
時間になったら迎えに来ると言われ、簡素な部屋着をきていたアイリスは迷いながら服を選んだ。綺麗なドレスは場違いのような気がするし、かといって以前のような古い服も着れない。国王の婚約者が粗末な服を着ていたら、ヨシュアに恥をかかせることになるだろうか。
色々考えて、質素だけど華やかさもある女官のような服を選んだ。
白いシャツの上に紺色の上着と長めのスカート。侍女が襟元に青い色のリボンを結び、同じリボンで金の髪も一つにくくり上げる。
上着とスカートには銀色の糸で刺繍がしてあった。王様の髪と同じ色である。
アイリスは満足して、大きな姿身の前に立った。鏡に映る女性は綺麗なお姫様というより、王宮にいる上級女官のような逞しさがある。侍女たちが「ご立派ですよ」と褒めてくれたとき、部屋のドアがノックされた。
迎えが来たのかとマーサがドアを開くと、廊下には黒い髪の小柄な少年が立っている。
「陛下の命を受けて、王女殿下の迎えに参りました」
彼はティオと名乗り、驚くことにヨシュアの側近だと明かした。国王の側近となれば、様々な管理能力だけではなく護衛としての体術や武術も必要になる。アイリスとほとんど年も変わらないように見えるのに。
大丈夫なのかと不審に思ったが、ティオはちゃんとアイリスを朝議の部屋まで案内した。
「良かった、無事だったのね。シモンは?」
「もちろん無事ですよ。陛下の命を受けて、王宮の片付けに行っております」
いちばん年配のマーサという侍女が答えた。彼女はヨシュアに見覚えがあったらしく、本当に立派になられたと目を潤ませながら言う。
アイリスの父は専横なふるまいによって使用人たちに嫌われていた。誰も彼の死を悼まないのは寂しいけれど、仕方のないことかもしれない。
窓の外はすでに薄暗く茜色の空が広がっている。食事のあいだに湯の用意をしていたのか、マーサ達はすぐにアイリスを浴室へ案内した。
驚くことにアイリスが寝ていたのは王妃の私室で、隣は浴室になっているのだ。道理で調度品がやけにきらびやかだと思った。
「こんなにお湯を使っていいのかしら。大丈夫かしら?」
不安がるアイリスにお湯をかけながら、マーサが豪快にあははと笑う。
「大丈夫ですよ。姫さまは陛下の婚約者となられたんでしょう。堂々としてればいいんです」
もう情報が流れている。ヨシュアの仕業に違いない。
アイリスは苦笑いしながら「そうね」と返した。何となく外堀を埋められているようで気分はよくないが、ヨシュアが気遣ってくれているのは分かった。わざわざ王妃の部屋にアイリスを運んでくれたり、離宮の使用人たちを呼んでくれたり。
でも“利用価値”と言ったことはまだ許す気になれず、アイリスは複雑な気持ちのまま寝台へ横になる。
どうもヨシュアという人物が掴めない。優しいのか嫌味なのか。
数時間前まで休んでいたが、正体不明の王様のせいで精神的に疲れたらしい。アイリスは左手にある指輪を睨みながらいつしか眠っていた。
数日の間、何事もなく過ぎていった。使用人たちは王宮内の汚れた場所や壊れた部分の片づけで忙しいらしく、アイリスは邪魔にならないよう王妃の私室で大人しくしていた。
新しい体制作りで忙しいはずなのに、ヨシュアは毎日のようにアイリスの元を訪れ食事を共にする。離宮の頃と比べ豪勢になった食事にアイリスは驚いたが、マーサによるとこれでも質素なほうらしい。前王たちはもっと贅の限りを尽くしていたと言われ恥ずかしかった。父の振る舞いも、自分の無知ぶりも。
食事の前、アイリスは必ずお祈りをしている。五つの頃にシモンから教わったことで、王宮に移ってからも習慣のように続けていた。
「創世よりこの地を守りし銀の獣よ。私たちに日々の糧を与えてくださいますこと、感謝します―――」
祈りを終えて目を開けると、ヨシュアが興味深そうにこちらを見ている。アイリスにとっては当たり前の習慣なので、まじまじと見られて居心地が悪かった。
ヴェルナードは神獣が興した国と伝えられているし、神獣は銀の狼の姿をしていたそうである。だから感謝の祈りをしてるのに、面白そうに見ないでほしい。
「アイリス、朝議に出てくれ。貴族たちへ婚約を発表する」
ある朝、食事を終えたときにヨシュアが言った。朝議というのは何かと聞くと、要職についている貴族たちの会議だという。
時間になったら迎えに来ると言われ、簡素な部屋着をきていたアイリスは迷いながら服を選んだ。綺麗なドレスは場違いのような気がするし、かといって以前のような古い服も着れない。国王の婚約者が粗末な服を着ていたら、ヨシュアに恥をかかせることになるだろうか。
色々考えて、質素だけど華やかさもある女官のような服を選んだ。
白いシャツの上に紺色の上着と長めのスカート。侍女が襟元に青い色のリボンを結び、同じリボンで金の髪も一つにくくり上げる。
上着とスカートには銀色の糸で刺繍がしてあった。王様の髪と同じ色である。
アイリスは満足して、大きな姿身の前に立った。鏡に映る女性は綺麗なお姫様というより、王宮にいる上級女官のような逞しさがある。侍女たちが「ご立派ですよ」と褒めてくれたとき、部屋のドアがノックされた。
迎えが来たのかとマーサがドアを開くと、廊下には黒い髪の小柄な少年が立っている。
「陛下の命を受けて、王女殿下の迎えに参りました」
彼はティオと名乗り、驚くことにヨシュアの側近だと明かした。国王の側近となれば、様々な管理能力だけではなく護衛としての体術や武術も必要になる。アイリスとほとんど年も変わらないように見えるのに。
大丈夫なのかと不審に思ったが、ティオはちゃんとアイリスを朝議の部屋まで案内した。
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