40 / 52
40 フェリオス、皇帝に謁見する1
しおりを挟む
エンヴィード皇国において、神格化した皇帝と皇太子に謁見できるというのは非常に特別なことだ。
もはや神に会うことと同義である。
漆黒の巨大な扉をくぐった先で、フェリオスは跪いていた。見えるのは細ながい真紅の絨毯だけ。長い絨毯の先に父が座しているのだが、明らかに親子の対面ではない。
皇帝と、臣下。
父にとってフェリオスは息子ではないのだ。
――ここに膝をついていると、いつも絶望的な気分にさせられるな……。
少し離れた場所には兄である皇太子レクアムが立っており、彼の硬い表情から緊張が伝わってくる。
「顔を上げよ」
空気が震えるような低い声が響き、フェリオスはゆっくりと顔を上げた。
遠い玉座に、自分によく似た男が座っている。――いや、自分が父に似ているのだ。俺が年をとればああなるのだろうと良く分かる人物が、肘かけに頬杖をついてこちらを見ている。
「レクアム」
「はい」
「おまえは本気か? こいつらの婚姻を認めるなどと、本気で言っておるのか?」
「はい。私は夜会で二人を見ましたが、お互いによく信頼し合っているのが分かりました。二人を認めてやりたく思います」
レクアムの返答に、皇帝ウラノスは全く表情を変えなかった。
想定どおり、とでも言いたげだ。
「フェリオス。我はおまえに巫女姫を妾にせよと言ったはずだ。それが何故、妃として迎えることになっておる?」
「俺はララシーナを妾にするつもりはありません。正式な妻として――」
「くだらんな」
ひと言で切り捨てられ、フェリオスは歯を食いしばった。
皇帝を睨みそうになるのを必死でこらえる。
「女には子を産む役目しかない。おまえ達にはずっと教えてきたつもりだったが、甘かったか」
分かっているとも。
存分に、恐怖を味わったとも!
フェリオスの胸中に、苦い叫びがこだまする。
エンヴィードには皇女がエイレネしかいない。女は必要ないとウラノスがいい、女児が生まれた直後に殺してしまったからだ。
エイレネが助かったのは、皇帝と同じ黒い髪と瞳を持っていたため。ただそれだけの理由だ。
妹は父の気まぐれで助かったようなものだった。
「おまえ達を見ていると、甘すぎて反吐が出る。皇子同士で馴れ合ってどうする? 皇子というのは殺しあうものだ。そして生き残った者が皇帝になる――我のように」
話は終わったとばかりにウラノスは玉座から立ち上がった。
フェリオスは顔をあげ、父にむかって叫ぶ。
「俺は皇族を抜けても構いません! ただ一人と決めた女性と、人生を歩みたいのです!」
「おまえは腑抜けになったようだな。女神の巫女に誑かされたか? ならばガイアなどいないと証明してやろうか。ロイツを滅ぼせば、フェリオスの目は覚めるかもしれんな……」
まるで息をするように、自然な口調でとんでもないことを言う。
フェリオスは額から汗が流れるのを感じた。
「いや、面倒だな。もうよい。――レクアム」
「はい」
「フェリオスを始末しておけ」
言い捨てるように告げ、皇帝は姿を消した。
呆然とするフェリオスをレクアムが悲しげに見ている。
「力になれなくてすまない、フェリオス。だが悲しんでいる暇はないぞ」
「……兄上?」
レクアムは近衛騎士を呼び、フェリオスの周囲を固めた。七――いや、八人だ。剣を持たないフェリオスが状況を打破するのは難しい。
謁見には武器を持ち込めないので、今のフェリオスは丸腰だった。
「兄上! 本気で俺を殺すつもりなのか!?」
レクアムは騎士にフェリオスを拘束させ、謁見の間を出た。
通路の先にある、地下へと通じる階段を降りていく。先は地下牢である。
――幽閉する気なのか……!
どうにかして、この状況から逃れなければ。
皇帝がフェリオスを殺せと命じた以上、ララシーナの命も危ない。
もはや神に会うことと同義である。
漆黒の巨大な扉をくぐった先で、フェリオスは跪いていた。見えるのは細ながい真紅の絨毯だけ。長い絨毯の先に父が座しているのだが、明らかに親子の対面ではない。
皇帝と、臣下。
父にとってフェリオスは息子ではないのだ。
――ここに膝をついていると、いつも絶望的な気分にさせられるな……。
少し離れた場所には兄である皇太子レクアムが立っており、彼の硬い表情から緊張が伝わってくる。
「顔を上げよ」
空気が震えるような低い声が響き、フェリオスはゆっくりと顔を上げた。
遠い玉座に、自分によく似た男が座っている。――いや、自分が父に似ているのだ。俺が年をとればああなるのだろうと良く分かる人物が、肘かけに頬杖をついてこちらを見ている。
「レクアム」
「はい」
「おまえは本気か? こいつらの婚姻を認めるなどと、本気で言っておるのか?」
「はい。私は夜会で二人を見ましたが、お互いによく信頼し合っているのが分かりました。二人を認めてやりたく思います」
レクアムの返答に、皇帝ウラノスは全く表情を変えなかった。
想定どおり、とでも言いたげだ。
「フェリオス。我はおまえに巫女姫を妾にせよと言ったはずだ。それが何故、妃として迎えることになっておる?」
「俺はララシーナを妾にするつもりはありません。正式な妻として――」
「くだらんな」
ひと言で切り捨てられ、フェリオスは歯を食いしばった。
皇帝を睨みそうになるのを必死でこらえる。
「女には子を産む役目しかない。おまえ達にはずっと教えてきたつもりだったが、甘かったか」
分かっているとも。
存分に、恐怖を味わったとも!
フェリオスの胸中に、苦い叫びがこだまする。
エンヴィードには皇女がエイレネしかいない。女は必要ないとウラノスがいい、女児が生まれた直後に殺してしまったからだ。
エイレネが助かったのは、皇帝と同じ黒い髪と瞳を持っていたため。ただそれだけの理由だ。
妹は父の気まぐれで助かったようなものだった。
「おまえ達を見ていると、甘すぎて反吐が出る。皇子同士で馴れ合ってどうする? 皇子というのは殺しあうものだ。そして生き残った者が皇帝になる――我のように」
話は終わったとばかりにウラノスは玉座から立ち上がった。
フェリオスは顔をあげ、父にむかって叫ぶ。
「俺は皇族を抜けても構いません! ただ一人と決めた女性と、人生を歩みたいのです!」
「おまえは腑抜けになったようだな。女神の巫女に誑かされたか? ならばガイアなどいないと証明してやろうか。ロイツを滅ぼせば、フェリオスの目は覚めるかもしれんな……」
まるで息をするように、自然な口調でとんでもないことを言う。
フェリオスは額から汗が流れるのを感じた。
「いや、面倒だな。もうよい。――レクアム」
「はい」
「フェリオスを始末しておけ」
言い捨てるように告げ、皇帝は姿を消した。
呆然とするフェリオスをレクアムが悲しげに見ている。
「力になれなくてすまない、フェリオス。だが悲しんでいる暇はないぞ」
「……兄上?」
レクアムは近衛騎士を呼び、フェリオスの周囲を固めた。七――いや、八人だ。剣を持たないフェリオスが状況を打破するのは難しい。
謁見には武器を持ち込めないので、今のフェリオスは丸腰だった。
「兄上! 本気で俺を殺すつもりなのか!?」
レクアムは騎士にフェリオスを拘束させ、謁見の間を出た。
通路の先にある、地下へと通じる階段を降りていく。先は地下牢である。
――幽閉する気なのか……!
どうにかして、この状況から逃れなければ。
皇帝がフェリオスを殺せと命じた以上、ララシーナの命も危ない。
6
お気に入りに追加
2,454
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる