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40 フェリオス、皇帝に謁見する1
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エンヴィード皇国において、神格化した皇帝と皇太子に謁見できるというのは非常に特別なことだ。
もはや神に会うことと同義である。
漆黒の巨大な扉をくぐった先で、フェリオスは跪いていた。見えるのは細ながい真紅の絨毯だけ。長い絨毯の先に父が座しているのだが、明らかに親子の対面ではない。
皇帝と、臣下。
父にとってフェリオスは息子ではないのだ。
――ここに膝をついていると、いつも絶望的な気分にさせられるな……。
少し離れた場所には兄である皇太子レクアムが立っており、彼の硬い表情から緊張が伝わってくる。
「顔を上げよ」
空気が震えるような低い声が響き、フェリオスはゆっくりと顔を上げた。
遠い玉座に、自分によく似た男が座っている。――いや、自分が父に似ているのだ。俺が年をとればああなるのだろうと良く分かる人物が、肘かけに頬杖をついてこちらを見ている。
「レクアム」
「はい」
「おまえは本気か? こいつらの婚姻を認めるなどと、本気で言っておるのか?」
「はい。私は夜会で二人を見ましたが、お互いによく信頼し合っているのが分かりました。二人を認めてやりたく思います」
レクアムの返答に、皇帝ウラノスは全く表情を変えなかった。
想定どおり、とでも言いたげだ。
「フェリオス。我はおまえに巫女姫を妾にせよと言ったはずだ。それが何故、妃として迎えることになっておる?」
「俺はララシーナを妾にするつもりはありません。正式な妻として――」
「くだらんな」
ひと言で切り捨てられ、フェリオスは歯を食いしばった。
皇帝を睨みそうになるのを必死でこらえる。
「女には子を産む役目しかない。おまえ達にはずっと教えてきたつもりだったが、甘かったか」
分かっているとも。
存分に、恐怖を味わったとも!
フェリオスの胸中に、苦い叫びがこだまする。
エンヴィードには皇女がエイレネしかいない。女は必要ないとウラノスがいい、女児が生まれた直後に殺してしまったからだ。
エイレネが助かったのは、皇帝と同じ黒い髪と瞳を持っていたため。ただそれだけの理由だ。
妹は父の気まぐれで助かったようなものだった。
「おまえ達を見ていると、甘すぎて反吐が出る。皇子同士で馴れ合ってどうする? 皇子というのは殺しあうものだ。そして生き残った者が皇帝になる――我のように」
話は終わったとばかりにウラノスは玉座から立ち上がった。
フェリオスは顔をあげ、父にむかって叫ぶ。
「俺は皇族を抜けても構いません! ただ一人と決めた女性と、人生を歩みたいのです!」
「おまえは腑抜けになったようだな。女神の巫女に誑かされたか? ならばガイアなどいないと証明してやろうか。ロイツを滅ぼせば、フェリオスの目は覚めるかもしれんな……」
まるで息をするように、自然な口調でとんでもないことを言う。
フェリオスは額から汗が流れるのを感じた。
「いや、面倒だな。もうよい。――レクアム」
「はい」
「フェリオスを始末しておけ」
言い捨てるように告げ、皇帝は姿を消した。
呆然とするフェリオスをレクアムが悲しげに見ている。
「力になれなくてすまない、フェリオス。だが悲しんでいる暇はないぞ」
「……兄上?」
レクアムは近衛騎士を呼び、フェリオスの周囲を固めた。七――いや、八人だ。剣を持たないフェリオスが状況を打破するのは難しい。
謁見には武器を持ち込めないので、今のフェリオスは丸腰だった。
「兄上! 本気で俺を殺すつもりなのか!?」
レクアムは騎士にフェリオスを拘束させ、謁見の間を出た。
通路の先にある、地下へと通じる階段を降りていく。先は地下牢である。
――幽閉する気なのか……!
どうにかして、この状況から逃れなければ。
皇帝がフェリオスを殺せと命じた以上、ララシーナの命も危ない。
もはや神に会うことと同義である。
漆黒の巨大な扉をくぐった先で、フェリオスは跪いていた。見えるのは細ながい真紅の絨毯だけ。長い絨毯の先に父が座しているのだが、明らかに親子の対面ではない。
皇帝と、臣下。
父にとってフェリオスは息子ではないのだ。
――ここに膝をついていると、いつも絶望的な気分にさせられるな……。
少し離れた場所には兄である皇太子レクアムが立っており、彼の硬い表情から緊張が伝わってくる。
「顔を上げよ」
空気が震えるような低い声が響き、フェリオスはゆっくりと顔を上げた。
遠い玉座に、自分によく似た男が座っている。――いや、自分が父に似ているのだ。俺が年をとればああなるのだろうと良く分かる人物が、肘かけに頬杖をついてこちらを見ている。
「レクアム」
「はい」
「おまえは本気か? こいつらの婚姻を認めるなどと、本気で言っておるのか?」
「はい。私は夜会で二人を見ましたが、お互いによく信頼し合っているのが分かりました。二人を認めてやりたく思います」
レクアムの返答に、皇帝ウラノスは全く表情を変えなかった。
想定どおり、とでも言いたげだ。
「フェリオス。我はおまえに巫女姫を妾にせよと言ったはずだ。それが何故、妃として迎えることになっておる?」
「俺はララシーナを妾にするつもりはありません。正式な妻として――」
「くだらんな」
ひと言で切り捨てられ、フェリオスは歯を食いしばった。
皇帝を睨みそうになるのを必死でこらえる。
「女には子を産む役目しかない。おまえ達にはずっと教えてきたつもりだったが、甘かったか」
分かっているとも。
存分に、恐怖を味わったとも!
フェリオスの胸中に、苦い叫びがこだまする。
エンヴィードには皇女がエイレネしかいない。女は必要ないとウラノスがいい、女児が生まれた直後に殺してしまったからだ。
エイレネが助かったのは、皇帝と同じ黒い髪と瞳を持っていたため。ただそれだけの理由だ。
妹は父の気まぐれで助かったようなものだった。
「おまえ達を見ていると、甘すぎて反吐が出る。皇子同士で馴れ合ってどうする? 皇子というのは殺しあうものだ。そして生き残った者が皇帝になる――我のように」
話は終わったとばかりにウラノスは玉座から立ち上がった。
フェリオスは顔をあげ、父にむかって叫ぶ。
「俺は皇族を抜けても構いません! ただ一人と決めた女性と、人生を歩みたいのです!」
「おまえは腑抜けになったようだな。女神の巫女に誑かされたか? ならばガイアなどいないと証明してやろうか。ロイツを滅ぼせば、フェリオスの目は覚めるかもしれんな……」
まるで息をするように、自然な口調でとんでもないことを言う。
フェリオスは額から汗が流れるのを感じた。
「いや、面倒だな。もうよい。――レクアム」
「はい」
「フェリオスを始末しておけ」
言い捨てるように告げ、皇帝は姿を消した。
呆然とするフェリオスをレクアムが悲しげに見ている。
「力になれなくてすまない、フェリオス。だが悲しんでいる暇はないぞ」
「……兄上?」
レクアムは近衛騎士を呼び、フェリオスの周囲を固めた。七――いや、八人だ。剣を持たないフェリオスが状況を打破するのは難しい。
謁見には武器を持ち込めないので、今のフェリオスは丸腰だった。
「兄上! 本気で俺を殺すつもりなのか!?」
レクアムは騎士にフェリオスを拘束させ、謁見の間を出た。
通路の先にある、地下へと通じる階段を降りていく。先は地下牢である。
――幽閉する気なのか……!
どうにかして、この状況から逃れなければ。
皇帝がフェリオスを殺せと命じた以上、ララシーナの命も危ない。
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