四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
37 / 52

37 夜会

しおりを挟む
「巫女姫さま、お会い出来るなんて光栄です。ご活躍のうわさは皇都まで届いておりますわよ」

「あら……。私の活躍なんて、大したものではありませんわ」

 扇で口元を隠しながら、うふふ、おほほと笑う。
 あと何時間、笑っていればいいのかしら。表情筋が引きつりそうだわ。

 夜会が始まり、私とフェリオスは貴族たちに囲まれていた。
 薄荷緑ミントグリーンを帯びた銀髪と青葉色の瞳を持つのは、世界でただひとり私だけ。だだっ広い会場でもよく目立つのか、令嬢たちが次々と集まってくる。

「ハートンで暗躍していたオーデン伯爵を改心させたのでしょう? 彼は猛省して、利益のほとんどを復興に捧げたと聞きます」

 オーデンって誰だったかしら?
 全っ然、思い出せないんですけど。

 首をひねる私の耳元で、低い声が「精油どろぼう」とささやいた。
 ああ、あの太った強欲おじさんか!

「彼は元から反省するおつもりだったようです。私はほんの少しだけ、背中を押したに過ぎません」

「まぁっ、なんて謙虚なお方! さすが『世界の良心』と名高い、教皇猊下の孫姫でらっしゃるわ……!」

 謙虚どころか、私とフェリオスがやったのはただの脅しだけどね。
 フェリオスなんか、私がいなかったら彼を殺していたかも知れないし。

 ちらりと隣を見ると、美しい青年は口元だけで笑っていた。この顔、本心からの笑みじゃない。「くだらない話をいつまでする気だ」とか思ってそう。

「ララシーナ、少し踊ろうか」

「ええ。では皆様、失礼しますわ」

 お喋りに飽きたとみられる皇子様に手を引かれ、ダンスホールへ移動する。あらかじめ「エンヴィードの曲では踊れません」と告白していたけど、フェリオスは巧みに私を誘導してくれた。

「おしゃべりに飽きちゃいましたの?」

「ああ。あれ以上つづけるぐらいなら、踊っていた方がまだマシだ」

 あらら、冗談で訊いたのに本気で答えてくれたわ。
 本当にこういう場が好きじゃないのね。

 しかし踊っていた方がマシと言うわりに、フェリオスの動きは熟練していて一つのミスもない。私の手と腰を微妙な力加減で引いて、踊っているように動かしてくれる。

「あなたって何でも出来るのね。少し悔しいですわ」

「そうでもない。俺は苺が木になると思っていた男だぞ?」

「ぷっ! ちょ、今それを言うなんて、ズルイじゃありませんか! ぷ、ふふっ……」

 笑ったせいで体から力が抜けていく。思わず広い胸にもたれると、彼は私の体をうしろへ押し倒した。
 腕一本で私の腰を支えているから、体がのけ反って頭から床に落ちそうだ。

「きゃあっ!?」

 ――倒れちゃう!

 必死になってフェリオスにしがみ付くと、彼はくくっと笑って私の首筋にキスをした。周囲で踊っていた令嬢たちが「まあっ」と小さな悲鳴をあげ、見られた恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。

「も、なにして……!?」

「今夜は俺とあなたの婚約を発表する夜会だぞ? 俺の妃はあなただけだと見せつけるために、わざわざ皇都まで来たんだ。キスぐらいはしておかないと」

 当然のように言って、私を抱きしめる。
 ひと言ぐらい文句をいってやろうかと思ったけど、フェリオスの満足そうな顔を見たらその気も失せてしまった。

「少し風にあたろうか」

「ええ」

 給仕している者からグラスを二つ受け取り、フェリオスと私は外のバルコニーへ出た。今夜は雲が多いので月光は届かないが、代わりのように足元に角灯が置いてある。

「あなたにはこっちだな」

 フェリオスは二つのグラスの内、色がついている方を私に手渡した。見るからにオレンジのしぼり汁である。
 自分は白ワインを飲んでいるくせに、と少し恨めしい。

「そんな顔をするな。酔ったあなたを、他の男に見せたくないんだ」

「わ、分かりましたわ。別にお酒を飲みたいわけじゃありませんから」

 フェリオスとイスハークの飲み比べを見て以来、ちょっとだけお酒に興味が湧いたのだ。二人が美味しそうに飲むから、私も少しだけ――と思ったけど、酔うのはやっぱり怖い。
 イスハークのように床で寝てしまうような事態は避けたいし。

「フェリオス殿下。皇太子殿下がお呼びです」

 そばに控えていたウェイドが呼びにきて、フェリオスは「ああ」と答えてグラスを持ったまま会場へ戻りかけた。しかし一瞬だけ私をふり返り、ささやくように言う。

「少し、離れる。…………頑張れよ」

「……はい?」

 頑張れ? なにを?

 うるわしい皇子様は意味不明な応援をおくり、大広間へ戻ってしまった。

 大きなバルコニーに私だけがぽつんと残される。出入り口にはエルビンが控えているが、なぜか誰も夜風にあたろうとしない。
 エンヴィードの夜会って、月を見ながら誰かとお喋りしたりしないのかしら。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...