四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま

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17 弟皇子がやってきた

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「ララシーナ、この書類だが」

「はっ、はい! 何でしょうっ!?」

「…………」

 執務室の一画、椅子に座る私の前でフェリオスがいぶかしげに目を細めた。黒という強い色彩のせいか、鋭い眼光がさらに強くなったように感じる。

 まずい。
 返事に力を入れすぎて、不審がられてる……!
 さっさと書類を受け取ってしまおう!

 と思ったのだが、受けとろうとした手はすかっと空振りした。フェリオスが書類を上にあげ、私の手が届かないようにしたのだ。

「何ですの。どうしてそんな意地悪を――」

「最近のあなたは、どうもおかしい」

「おっ、おかしい!? 淑女レディに対して、失礼じゃありませんこと?」

「事実を言っているだけだ。呼びかけても返事をしない事もあるし、わざと俺の顔を見ないようにしているだろう。なぜだ? 俺はあなたに何かしただろうか?」

「……何もしてませんわ。ちょっと気になる事があって、私がひとりで悩んでいるだけですから」

「悩みがあるのか。なんの悩みだ?」

「……………………つっ、次の事業は何にしようかな、とか」

「やけに間が長かったようだが」

 そういうところ!
 あなたの妙に鋭いところが、時々つらいのよ!

 言葉に詰まってしまい、俯いて机の上を睨むことしか出来なかった。
 私が悩んでいることはフェリオスにも関係がある――と言うより、私が勝手に彼を意識しすぎておかしくなっているだけだ。

「どうかお気になさらず。私の悩みは、そのうち勝手に解決……っ!?」

 突然目の前に手がにゅっと出てきて、私の額にふれた。
 まるで熱を測るときのように密着している。

「はっ? えっ!? きっ急に、何をなさるの!?」

「熱はないようだな。でも顔が赤い。今日はもう休んだ方が……」

「平気です! あなたが離れてくだされば治ります!」

「カリエを呼ぼう」

 お願いだからひとの話を聞いて!
 私が赤くなってるのは、あなたのせいだから!

 フェリオスは私の腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。違う、放してと言っても聞いてもらえない。抵抗しているせいでますます顔が熱くなってくる。

「も、もう! はなし――」

 叫びかけたとき、突然ドアが外から開いた。騎士の取次ぎもなく入ってきた少年はきょとんとし、私とフェリオスを見比べている。

 年は15か16ぐらいだろうか。
 フェリオスと同じ黒髪だが、瞳は青く顔立ちも中性的であまり似ていない。
 ご兄弟かな?

「何やってんの兄上。その人、巫女姫でしょ? 噂どおりの見た目だね。薄荷緑ミントグリーンの銀髪に、青葉のようなみどりの瞳をもつ美少女。でも思ったよりも童顔だなあ、僕と同じぐらいに見える」

「イリオン! 失礼だぞ」

「ごめんなさい。初めまして、義姉上。僕はエンヴィードの第三皇子、イリオン・アドラー・エンヴィード。気軽にイリオンって呼んで」

「私はララシーナ・セラフ・ロイツと申します。どうぞララシーナとお呼びくださいませ」

 やっとフェリオスが腕を放してくれたので、イリオンに向けて淑女の礼をする。急な来客のおかげで頭が冷え、落ち着いてきた。
 私はお邪魔かもしれないし、この機に退室してしまおう。

「フェリオス様、私は失礼いたしますわ」

「えっ、どうして? もっとお喋りしようよ」

「ララシーナは体調を崩しているんだ。それよりおまえ、何をしに来た?」

「分からない資料があったから訊きにきたんだよ。兄上が持つ領地は広すぎて、覚える事がたくさんあるんだよね……」

 仕事の話が始まったようなので、音を立てないように部屋を出た。
 迎えに来てくれたカリエと一緒に部屋に戻る。

「姫様、大丈夫ですか? 体調を崩されたとお聞きしましたけど」

「大したことはないわ。フェリオス様がおおげさに心配されただけだから……。残りの仕事は部屋の中で終わらせてしまうわね」

「では温かいお茶をご用意します」

「ありがとう」

 書類を睨みながら、先ほど会ったイリオン皇子のことを考えた。

 四度目の人生を歩んでいる私だけど、エンヴィードで暮らすのは初めてだ。軍事大国で好戦的なお国柄だと知っていたから、あまり立ち寄らないようにしていた。
 だからエンヴィードの皇室に関する情報はほとんど知らない。

 皇太子がフェリオス様の兄だとすると、少なくとも三人の皇子がいるってことよね。
 これだけの大国ならお妃様も多そうだし、皇子が十人以上いてもおかしくないわ。

 ガイア教では一夫一妻とするよう説いているが、超大国にとってはそんな教えも無意味なのだろう。皇帝の血を継ぐ子は多いほうがいいに決まっている。

 フェリオスもイリオンも見惚れるような美形だし、他の皇子もさぞかし美しい顔をしているだろうな――と思いつつ、全員の名前と顔を覚えられるのか不安になってしまった。
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