四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま

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16 知りたくなかった真相

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 オーデン伯爵の件が片付いたので、平穏な日常が戻ってきた。

「これからも、世界が平和でありますように……」

 礼拝堂のなかで祈りを捧げる。

 正直に言えば祈っているよりも帳簿をつけている方が楽しいが、せっかく作ってもらった礼拝堂を使わないわけにもいかない。
 毎日、数十分ほど祈りのために篭っている。

 巫女姫が祈るあいだ、礼拝堂には誰も入れない。女性が一人きりという危険な状況になるため、礼拝堂の窓はかなり高い場所にあり、しかも鉄格子付きという厳重さだ。

 ここまでして巫女姫が一人で祈るのは、女神ガイアの声を聞き取るためである。

 とは言え、巫女の血が薄まった今ではほとんど神の声なんて聞こえない。ただ形式的に祈りを捧げるだけだ。本当にガイアという女神がいるのかも怪しいが、巫女姫が産む子には必ずみどりの色を持つ女児が一人だけ現れるらしい。

 だからまあ、女神は確かに存在するのだろう――というのが、ガイア教を信じる人々の認識である。
 巫女姫の存在こそ、女神がいるという証なのだ。

「そう言われても、私に特別な力なんかないけどね」

 いつものように両手を組み、目を閉じて女神に呼びかける。

 私だって神を信じないわけじゃない。
 巫女姫が生まれることも不思議だと思うし、四度目の人生を歩んでいる今は神の力が働いているのではないかと疑っている。

 ――女神様、どうかお答えください。私の人生は四度目です。
 でもエイレネ姫を助けた以上、もう人生をくり返すことはありませんよね?
 危機は去りましたよね?

 心の中で懸命に呼びかけたが、当然のごとく返事はなかった。
 シンと静まり返る礼拝堂のなかでため息をつく。

「はあ……。やっぱり神の声なんて聞こえないじゃないの」

 諦めかけた瞬間、聞こえるはずのない音が響きわたった。

 ――ピチチッ

 え? 鳥の声?
 礼拝堂には、鳥が入り込む隙間なんかないはずだけど。

 そっと目を開けると、膝をついて祈る私の周囲は野原に変わっていた。
 温かな風にのって、草と花の香りが漂ってくる。

「えっ……えぇ!? ここどこ!?」

 さっきまで礼拝堂にいたはずなのに!

 慌てて立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す。
 見渡す限りの平原、頭上には雲ひとつない青空――だが、あるはずのものがない。
 太陽がないのだ!

「なにこれ!? 夢遊病のように、いつの間にか外に出ちゃった……わけじゃないわよね。一体どうなってるの?」

 試しに歩いてみると、足の裏にふかふかと草を踏む感覚が伝わってきた。幻覚というわけではなさそうだ。スカートを摘まんで思いっきり走ってみたが、どこまで行っても草と花しかない。

「はっ、はぁっ……! 誰か! 誰かいないの!?」

 ここから一生出られなかったらどうしよう。
 フェリオス様だって助けに来てくれないよね?

 へなへなと地面に座り込んだ時、空から小鳥のように高く澄んだ声が響いた。


 ――ララシーナ


「!? はっ、はいぃ!? 誰!?」



 記憶を継ぎし者よ

 血を残しなさい

 さもなくば大地は腐り

 命の種は枯れるでしょう



「…………はあ? どういう意味で――」

 すか、と言った瞬間に景色が戻った。
 さっき見たものが幻だったかのように、目の前に祭壇がある。 

「夢でも見たのかしら。最近、働きすぎだった……っ!?」

 立ち上がった私のスカートに、草が付いている。
 緑の葉だけじゃなく、白や桃色の花まで!

「ひっ……! 夢じゃない!?」

 怖くなった私は礼拝堂を飛び出し、自分の部屋に駆け込んだ。

 何なの、何が起こったの?
 怖すぎるんですけど!

「姫様? どうしたんです、真っ青な顔をして」

「かっ、かかカリエ! 私、死後の世界を見たかもしれないわ!」

 カリエは憐れむような眼差しで、私の額にそっと手を当てた。
 病気だと思われてる!

「熱はありませんね。お疲れのようですし、今日はもうお休みになったらいかがですか?」

「そっ…………そうするわ」

 まだ夕方だけど、お腹は減りそうにない。
 カリエが下がった後、私はひとりで机に向かった。

 先ほど見たものは誰にも話さない方がいい気がする。
 話したところで、変人扱いされるだけだ。

「ええと……あの声は何て言ってたかしら。確か――」

 紙を一枚取り出し、ペンで文字をつづる。
 全て書き終えてから一文ずつ意味を確かめた。

「まず一文目。記憶を継ぎし者って言ってたわね。という事はやっぱり、何度も生まれ変わっているのは女神のせいだったんだわ」

 もしかしたら、記憶が残ったからこそ巫女姫に選ばれたのかもしれない。
 しかし嬉しいという気持ちはなく、とんでもない事に巻き込まれてしまったというゲッソリ感しかない。

「血を残せというのは、次代の巫女姫を産めということよね。でも大地が腐るというのは……?」

 大地が腐る。
 そして、種が枯れる――。

「あ……! そうか、二度目の人生で見たあれだわ!」

 二度目の人生では演奏家として生き、22歳で死んだ。

 だけど私は戦争に巻き込まれて命を落としたわけではなく、食べ物がなくなったから死んだのだ。水も土も腐って作物は育たず、私が死ぬ直前には国中が病人で溢れていた。

 あの時フェリオスはすでに巫女姫を殺していたのだろう。
 次代を産むまえに姫が死んだから、巫女の血は残らず、大地が腐って命も絶えた――そういう事なのでは?

「巫女姫は単なる象徴じゃないんだわ。『大地の巫女』って呼ばれる理由が、やっと分かった…………けど」

 まさか自分が世界の命運をにぎることになるなんて。
 だれか冗談だと言ってほしいっ……!

 自分で書いた紙を折り曲げて引き出しに入れ、逃げるようにベッドに潜り込む。
 もう何も考えたくない。
 
 私がやるべき事は分かった。
 要するに、次の巫女姫を産めばいいんでしょう?
 でも私にはまだ、その覚悟が出来ていないのよ!

 私とフェリオスは婚約者らしい事をほとんどしていない。せいぜい何度か手を繋いだぐらいだ。この状況で「次の巫女姫を産まないと世界は滅ぶ」なんて言われても困る!

 しばらくお布団のなかでブツブツ文句を言っていたが、いつの間にか寝てしまった。
 無表情なフェリオスに迫られるという奇妙な夢で、目覚めたときには体中にびっしょりと汗をかいていた。
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