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7 事業を始めます
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二日後、私は難民たちが集まるエリアに来ていた。
設備にする工場や材料の下調べは済んでいるので、あとは難民たちを説得するだけだ。
絶対に成功させてみせる!
「すみません、代表者の方と面会したいのですが」
見張りのように立つ大人たちの一人に声を掛けると、ジロジロと頭からつま先まで観察された。今日は変装せず、簡素なドレスを着ている。
フェリオス殿下の婚約者としてここに来たからウェイドとエルビンもいるし、少し威圧感があるかもしれない。
大人たちは何人かで相談したあと、私に「ここで待て」と告げて集落の方へ歩いていった。しばらくしてガタイのいいおじさんとヒゲの長いお爺さんがやってきて、私にぺこりと頭を下げた。
「やんごとなき身分の御方とお見受けいたします。今日はどのような用件でございましょうか?」
お爺さんが話しかけてきたので、私は持っていた書類を見せた。殿下に用意してもらった書類である。
長い話をするより、書類を見せた方が早いだろう。
「あなた方に仕事の話を持って来たのです。どうか私の話を聞いてもらえませんか?」
お爺さんは紙を見たあと、ガタイのいいおじさんに手渡す。書類は何人かでグルグルと回り、最後にお爺さんが私に返した。
「分かりました。どうぞこちらへ」
お爺さんを先頭に、大人たち、私と二人の騎士が続く。砂埃が舞い上がる道の両脇にはボロボロの家が立ち並び、誰もが興味深そうに私たちを見ていた。
「汚い場所ですが、どうぞ」
お爺さん達は比較的大きな家に私たちを招き入れた。廃材で作ったと見られるテーブルや椅子もある。どうやらここは、大人たちが話し合うために作った会議場のようだ。
女性がお茶を運んできた。欠けてしまったコップだが、口をつける場所さえ気をつければ飲めそうだ。私はお礼を言ってコップを受け取りお茶を飲んだ。背後でエルビンが「あっ」と声を上げたが無視する。
大丈夫、毒じゃない。
私はこのお茶を知っているもの。
雑草のひとつであるナズナのお茶で、血管の病気を予防する効果がある。薬師のときはよく飲んだので覚えているのだ。
お茶を飲み終えると、周囲にいる大人たちの視線も柔らかくなった。
「まずは、こちらの書類をご覧ください」
私は計画を全て記した書類を彼らに見せた。お爺さんが最初で、次にガタイのいいおじさん。見る順番は決まっているみたい。
「なるほど、石鹸作りとオリーブ農園のお仕事なんですな。お給料は頂けるんでしょうか?」
「もちろんお支払いいたします。お給金をどう使うかは、あなた方が自由にお決めください」
「なんと……! 大変ありがたいお話です。ぜひとも、ワシらにさせてください」
「ちょっちょっと待てよ親父! いくらなんでも話がうますぎんだろ? 皇子の婚約者だか何だか知らないけどよ!」
「無礼者! 奥方さまに向かって、何と言う口のきき方だ!」
ガタイのいいおじさんが声を上げると、後ろに控えていたウェイド達も反応して叫ぶ。
私とお爺さんは彼らに「まあまあ」と声を掛けて静かにさせた。
まあ確かに、うますぎる話でしょうけどね。
「確かに魅力的な……魅力のありすぎるお話ですじゃ。殿下、どうか本心をお聞かせ願えませんか? ワシはともかく、この集落には血の気の多い奴らもおります。そいつらが納得しない限り、仕事も進みませんでしょう」
お爺さんは周囲の大人たちを見渡し、二コリと笑いながら私に告げた。
うむむ、このお爺さんなかなか曲者だわね。
恐らく最初から、息子さんと私で交渉を進めさせるつもりだったんだ。
しょうがない。
「実は私、先日ハートンに来たばかりですの。つまり新参者ですから、立場も弱いし誰かの信頼を得ているわけでもありません」
話し始めると、周囲に立つ人々がギョッとした顔で私を見る。
露骨な本音を漏らしたので驚いているようだ。
「一刻も早く立場を確立させたいのです。何より夫となるフェリオス殿下に認めてほしい。私はあなた方を利用して自分の価値をアピールしたいだけですから、あなた方も気にすることなく私を利用してくださいませ。何が起こっても、私が全責任を持ちますわ!」
一同、ぽかんとしたまま私を見ている。
生々しい欲望を出しすぎた?――と冷や汗をかいたけど、しばらくしてガタイのいいおじさんが大声で笑い出した。
「ぶわっははは! なんて正直なお姫様だ!」
「これ、ガント。失礼じゃぞ!」
「これは失礼。分かりましたよ、殿下。書類もまともだし、あんたの考えも理解できる。望むとおりにしましょう。おまえらもそれでいいだろ?」
ガントと呼ばれた人が大人たちをみると、誰もが静かに頷いた。
「ありがとうございます! 皆さん、よろしくお願いしますね!」
私は立ち上がってガントさんと握手を交わした。お爺さんとも、後ろに立っていた大人たちとも握手を交わす。
やった!
これでひとまず計画を進められるわ!
集落からの帰り道、さっそく目星をつけていた廃工場を安値で買い取った。郊外にあるせいか買い手が見つからなかったそうで、売り主はとても喜んでいた。
石鹸作りは灰と油を大量に使うし、火も使用する。だから住宅街に工場を構えるわけにはいかないのだ。安く買い取ることが出来てよかった。
設備にする工場や材料の下調べは済んでいるので、あとは難民たちを説得するだけだ。
絶対に成功させてみせる!
「すみません、代表者の方と面会したいのですが」
見張りのように立つ大人たちの一人に声を掛けると、ジロジロと頭からつま先まで観察された。今日は変装せず、簡素なドレスを着ている。
フェリオス殿下の婚約者としてここに来たからウェイドとエルビンもいるし、少し威圧感があるかもしれない。
大人たちは何人かで相談したあと、私に「ここで待て」と告げて集落の方へ歩いていった。しばらくしてガタイのいいおじさんとヒゲの長いお爺さんがやってきて、私にぺこりと頭を下げた。
「やんごとなき身分の御方とお見受けいたします。今日はどのような用件でございましょうか?」
お爺さんが話しかけてきたので、私は持っていた書類を見せた。殿下に用意してもらった書類である。
長い話をするより、書類を見せた方が早いだろう。
「あなた方に仕事の話を持って来たのです。どうか私の話を聞いてもらえませんか?」
お爺さんは紙を見たあと、ガタイのいいおじさんに手渡す。書類は何人かでグルグルと回り、最後にお爺さんが私に返した。
「分かりました。どうぞこちらへ」
お爺さんを先頭に、大人たち、私と二人の騎士が続く。砂埃が舞い上がる道の両脇にはボロボロの家が立ち並び、誰もが興味深そうに私たちを見ていた。
「汚い場所ですが、どうぞ」
お爺さん達は比較的大きな家に私たちを招き入れた。廃材で作ったと見られるテーブルや椅子もある。どうやらここは、大人たちが話し合うために作った会議場のようだ。
女性がお茶を運んできた。欠けてしまったコップだが、口をつける場所さえ気をつければ飲めそうだ。私はお礼を言ってコップを受け取りお茶を飲んだ。背後でエルビンが「あっ」と声を上げたが無視する。
大丈夫、毒じゃない。
私はこのお茶を知っているもの。
雑草のひとつであるナズナのお茶で、血管の病気を予防する効果がある。薬師のときはよく飲んだので覚えているのだ。
お茶を飲み終えると、周囲にいる大人たちの視線も柔らかくなった。
「まずは、こちらの書類をご覧ください」
私は計画を全て記した書類を彼らに見せた。お爺さんが最初で、次にガタイのいいおじさん。見る順番は決まっているみたい。
「なるほど、石鹸作りとオリーブ農園のお仕事なんですな。お給料は頂けるんでしょうか?」
「もちろんお支払いいたします。お給金をどう使うかは、あなた方が自由にお決めください」
「なんと……! 大変ありがたいお話です。ぜひとも、ワシらにさせてください」
「ちょっちょっと待てよ親父! いくらなんでも話がうますぎんだろ? 皇子の婚約者だか何だか知らないけどよ!」
「無礼者! 奥方さまに向かって、何と言う口のきき方だ!」
ガタイのいいおじさんが声を上げると、後ろに控えていたウェイド達も反応して叫ぶ。
私とお爺さんは彼らに「まあまあ」と声を掛けて静かにさせた。
まあ確かに、うますぎる話でしょうけどね。
「確かに魅力的な……魅力のありすぎるお話ですじゃ。殿下、どうか本心をお聞かせ願えませんか? ワシはともかく、この集落には血の気の多い奴らもおります。そいつらが納得しない限り、仕事も進みませんでしょう」
お爺さんは周囲の大人たちを見渡し、二コリと笑いながら私に告げた。
うむむ、このお爺さんなかなか曲者だわね。
恐らく最初から、息子さんと私で交渉を進めさせるつもりだったんだ。
しょうがない。
「実は私、先日ハートンに来たばかりですの。つまり新参者ですから、立場も弱いし誰かの信頼を得ているわけでもありません」
話し始めると、周囲に立つ人々がギョッとした顔で私を見る。
露骨な本音を漏らしたので驚いているようだ。
「一刻も早く立場を確立させたいのです。何より夫となるフェリオス殿下に認めてほしい。私はあなた方を利用して自分の価値をアピールしたいだけですから、あなた方も気にすることなく私を利用してくださいませ。何が起こっても、私が全責任を持ちますわ!」
一同、ぽかんとしたまま私を見ている。
生々しい欲望を出しすぎた?――と冷や汗をかいたけど、しばらくしてガタイのいいおじさんが大声で笑い出した。
「ぶわっははは! なんて正直なお姫様だ!」
「これ、ガント。失礼じゃぞ!」
「これは失礼。分かりましたよ、殿下。書類もまともだし、あんたの考えも理解できる。望むとおりにしましょう。おまえらもそれでいいだろ?」
ガントと呼ばれた人が大人たちをみると、誰もが静かに頷いた。
「ありがとうございます! 皆さん、よろしくお願いしますね!」
私は立ち上がってガントさんと握手を交わした。お爺さんとも、後ろに立っていた大人たちとも握手を交わす。
やった!
これでひとまず計画を進められるわ!
集落からの帰り道、さっそく目星をつけていた廃工場を安値で買い取った。郊外にあるせいか買い手が見つからなかったそうで、売り主はとても喜んでいた。
石鹸作りは灰と油を大量に使うし、火も使用する。だから住宅街に工場を構えるわけにはいかないのだ。安く買い取ることが出来てよかった。
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