66 / 71
66 最後のあがき1
しおりを挟む
「今日の議事はここまでだ! シェリアンヌを捕らえよ!」
国王イザイアスの命令で、レクオンとマシュウも騎士たちに混じって議場を抜け出した。終戦の処理はオーランドがやってくれるだろう。
しかしようやく黒幕を追い詰めることが出来たのに、娘が逃げ出すとは予想外である。
思わず愚痴がもれた。
「ったく……。せっかくサントスを失脚させたのに、娘のほうがしぶといなんてな」
「まぁでも、シェリアンヌらしい行動ですよ。だって彼女、父親がしでかした罪なんて全然知らなかったみたいですし。いきなり父親が失脚したから領地に引っ込めなんていわれても、大人しく従う性格じゃないでしょ」
シェリアンヌを追いかけて廊下を走っていると、隣を進むマシュウがやけに晴れやかな顔でいう。レクオンは恨めしい気持ちになった。
「あの女が逃げ出したのは、マシュウのせいでもあるぞ。婚約破棄はあとで言えば良かったじゃないか……。王太子だって、なにも諦める事もなかったろうに」
「駄目ですよ」
マシュウにしては珍しく厳しい声だった。レクオンはふと気になり、弟の顔をちらりと伺う。いつも柔らかく笑っているはずの顔は、怖いぐらい真剣だった。
「僕はシェリアンヌの婚約者なのに、あいつを止めることもなく野放しにしてきた。もちろん注意ぐらいはしましたけど、シェリアンヌは僕の言葉なんか全部無視するから……。そんな無力な奴が王太子だなんて、許されることじゃありません。僕もシェリアンヌの事に関しては責任があるんです」
「それはおまえだけの責任じゃないだろ。俺だって……」
「それにね、マリベルからも相談されてたんです」
「――何を?」
いきなり話にマリベルが出てきて、レクオンは足を止めそうになった。が、マシュウを追いかけるように再び走り出す。シェリアンヌは王宮を知り尽くしているため、複雑に入り組んだ廊下ばかり選んで進んでいるようだ。ちょこまかと動き回り、なかなか捕捉できない。
「シェリアンヌはシーナさんに、ずっと変な物を送りつけていたそうですよ。王都でお茶にさそい、子宝に恵まれますようにと言いながら、ラベンダー入りのお守りを手渡したんだそうです。それも一度だけじゃなく、兄上の古城にも何個も送ったみたいで……。ラベンダーには子供を流してしまう作用があります。あの女はシーナさんと兄上を苦しめるために、善人面して贈り物をしたんですよ。王家の――僕たちの事情を、すべて知っているくせに……!」
「そんな事が、あったのか……。シーナの様子がおかしいのは気づいていたが、贈り物のことは知らなかった……」
「僕は止めるように言いましたけど、あいつは当たり前のように無視しました。どうですか? この話を聞いてもまだ、シェリアンヌを許せますか? 僕には無理です。性根が腐ったあいつのことも、無力な自分のことも許せない……。兄上がなんと言おうと、僕はシェリアンヌと王太子の座を放棄します」
「……分かった。おまえの言い分はもっともだ」
レクオンが呟いたとき、ようやくシェリアンヌが一つの部屋に入るのが見えた。王太子宮のなかに作られた、シェリアンヌのための部屋だ。
ずっと王太子の婚約者だった彼女は、王太子宮のなかにわざわざ自分専用の部屋を作らせたのである。未婚の状態でここまで図太いことをしたのはシェリアンヌが初めてだろう。
「開けなさい、シェリアンヌ! 隠れても無駄だぞ! もうきみの父には何の力もない!」
マシュウが叫びながらドアを開けようとしたが、びくともしなかった。やはり鍵を掛けたようだ。しかも特注で作られたドアは強固で、騎士の体当たりでもまったく揺らがない。
「仕方がない、斧でやぶるしか――」
「無理やり入って来たら、自害するわよ!」
レクオンの声に被さるようにして、部屋の中からシェリアンヌがさけぶ。彼女の宣言を聞いた騎士たちはぴたりと動きをとめた。
王族が暮らす聖なる場所で自害するなどあってはならないことだ。しかも場所は次代の王の寝所がある王太子宮である。絶対に穢すわけにはいかない――騎士たちは困り果ててマシュウとレクオンを見たが、二人の王子も同じ思いだった。
ドアを破壊するぐらいなら王家の歴史に傷が残るような事にはならないだろうが、王太子宮で令嬢を自害させたとなると――。
「くそっ……! 本当にいやな女だな!」
「あいつ、最初からこれが狙いで逃げたんですね。という事は、次は――」
「自害されたくなかったら、わたくしを王太子妃にすると約束しなさい! 陛下が書いた正式な誓約書を見せてくれたら、部屋から大人しく出てあげるわよ」
やはりそう来たか――レクオンとマシュウは顔を見合わせてげんなりした。
「もう公爵令嬢じゃなくなった娘が、王太子妃になんかなれるわけないのに……。あいつ自分の要求がどれだけ滅茶苦茶か分かってんのかな」
「しかも父上はサントスに激怒してたから、娘もさっさと王都から追い出したいと思ってるだろう。まず無理に決まってるが、とりあえず今の状況を報告するしかないな」
国王イザイアスの命令で、レクオンとマシュウも騎士たちに混じって議場を抜け出した。終戦の処理はオーランドがやってくれるだろう。
しかしようやく黒幕を追い詰めることが出来たのに、娘が逃げ出すとは予想外である。
思わず愚痴がもれた。
「ったく……。せっかくサントスを失脚させたのに、娘のほうがしぶといなんてな」
「まぁでも、シェリアンヌらしい行動ですよ。だって彼女、父親がしでかした罪なんて全然知らなかったみたいですし。いきなり父親が失脚したから領地に引っ込めなんていわれても、大人しく従う性格じゃないでしょ」
シェリアンヌを追いかけて廊下を走っていると、隣を進むマシュウがやけに晴れやかな顔でいう。レクオンは恨めしい気持ちになった。
「あの女が逃げ出したのは、マシュウのせいでもあるぞ。婚約破棄はあとで言えば良かったじゃないか……。王太子だって、なにも諦める事もなかったろうに」
「駄目ですよ」
マシュウにしては珍しく厳しい声だった。レクオンはふと気になり、弟の顔をちらりと伺う。いつも柔らかく笑っているはずの顔は、怖いぐらい真剣だった。
「僕はシェリアンヌの婚約者なのに、あいつを止めることもなく野放しにしてきた。もちろん注意ぐらいはしましたけど、シェリアンヌは僕の言葉なんか全部無視するから……。そんな無力な奴が王太子だなんて、許されることじゃありません。僕もシェリアンヌの事に関しては責任があるんです」
「それはおまえだけの責任じゃないだろ。俺だって……」
「それにね、マリベルからも相談されてたんです」
「――何を?」
いきなり話にマリベルが出てきて、レクオンは足を止めそうになった。が、マシュウを追いかけるように再び走り出す。シェリアンヌは王宮を知り尽くしているため、複雑に入り組んだ廊下ばかり選んで進んでいるようだ。ちょこまかと動き回り、なかなか捕捉できない。
「シェリアンヌはシーナさんに、ずっと変な物を送りつけていたそうですよ。王都でお茶にさそい、子宝に恵まれますようにと言いながら、ラベンダー入りのお守りを手渡したんだそうです。それも一度だけじゃなく、兄上の古城にも何個も送ったみたいで……。ラベンダーには子供を流してしまう作用があります。あの女はシーナさんと兄上を苦しめるために、善人面して贈り物をしたんですよ。王家の――僕たちの事情を、すべて知っているくせに……!」
「そんな事が、あったのか……。シーナの様子がおかしいのは気づいていたが、贈り物のことは知らなかった……」
「僕は止めるように言いましたけど、あいつは当たり前のように無視しました。どうですか? この話を聞いてもまだ、シェリアンヌを許せますか? 僕には無理です。性根が腐ったあいつのことも、無力な自分のことも許せない……。兄上がなんと言おうと、僕はシェリアンヌと王太子の座を放棄します」
「……分かった。おまえの言い分はもっともだ」
レクオンが呟いたとき、ようやくシェリアンヌが一つの部屋に入るのが見えた。王太子宮のなかに作られた、シェリアンヌのための部屋だ。
ずっと王太子の婚約者だった彼女は、王太子宮のなかにわざわざ自分専用の部屋を作らせたのである。未婚の状態でここまで図太いことをしたのはシェリアンヌが初めてだろう。
「開けなさい、シェリアンヌ! 隠れても無駄だぞ! もうきみの父には何の力もない!」
マシュウが叫びながらドアを開けようとしたが、びくともしなかった。やはり鍵を掛けたようだ。しかも特注で作られたドアは強固で、騎士の体当たりでもまったく揺らがない。
「仕方がない、斧でやぶるしか――」
「無理やり入って来たら、自害するわよ!」
レクオンの声に被さるようにして、部屋の中からシェリアンヌがさけぶ。彼女の宣言を聞いた騎士たちはぴたりと動きをとめた。
王族が暮らす聖なる場所で自害するなどあってはならないことだ。しかも場所は次代の王の寝所がある王太子宮である。絶対に穢すわけにはいかない――騎士たちは困り果ててマシュウとレクオンを見たが、二人の王子も同じ思いだった。
ドアを破壊するぐらいなら王家の歴史に傷が残るような事にはならないだろうが、王太子宮で令嬢を自害させたとなると――。
「くそっ……! 本当にいやな女だな!」
「あいつ、最初からこれが狙いで逃げたんですね。という事は、次は――」
「自害されたくなかったら、わたくしを王太子妃にすると約束しなさい! 陛下が書いた正式な誓約書を見せてくれたら、部屋から大人しく出てあげるわよ」
やはりそう来たか――レクオンとマシュウは顔を見合わせてげんなりした。
「もう公爵令嬢じゃなくなった娘が、王太子妃になんかなれるわけないのに……。あいつ自分の要求がどれだけ滅茶苦茶か分かってんのかな」
「しかも父上はサントスに激怒してたから、娘もさっさと王都から追い出したいと思ってるだろう。まず無理に決まってるが、とりあえず今の状況を報告するしかないな」
3
お気に入りに追加
2,946
あなたにおすすめの小説
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~
浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。
御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。
「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」
自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる