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63 消えたレクオン

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 王宮は政務をする本宮と、国王の寝所がある後宮、王太子宮に分かれている。議場は本宮のほぼ中心にあり、そこへ行くには長い廊下を歩かねばならない。シーナは悲愴な面持ちで廊下を歩いていた。

 突き当たりには黒く重厚な扉があり、別の廊下から現れた貴族たちが次々に扉を開けて入って行く。シーナも彼らに続いて議場に足を踏み入れ、広い室内を見渡した。すでにほとんどの席が埋まっているようだ。

 前列はダゥゼン公爵の親族たちが陣取り、もっとも端の席にサントスの姿が見える。なぜかシェリアンヌまで座っているのが見えてしまい、シーナは思わず顔を曇らせた。出来れば二度と会いたくはなかったが、今日はそうもいかない。シーナはマリベルと一緒に後ろの席に座った。
 しばらくして国王イザイアスと王太子マシュウが議場に現れると、シェリアンヌが甲高い声を出す。

「ねぇお父様、今日はわたくしのために皆が集まったのでしょう? わたくし17歳になりましたもの。マシュウ殿下との結婚式について議論しましょうよ。誰にも真似できないぐらいたくさんお金をかけて、豪華で立派な式にしたいわ! ……あら?」

 立ち上がったことで、議場の隅まで見えるようになったらしい。シーナがいると知った彼女は、なおさら上機嫌な口調になった。

「あらあら、ヴェンシュタイン公爵夫人までいらっしゃるじゃありませんの! ああ、分かったわ。レクオン殿下が戦場から逃げ出した責任を追及するということね? お気の毒だこと、夫に逃げられるなんて……。まぁでも仕方がないでしょうね。レクオン殿下は偽の王子ですもの、他の国に亡命したくもなるでしょう」

「兄上を侮辱するな」

「レクオン様を侮辱するのは許しません」

 マシュウとシーナの発言はほぼ同時だった。二人に叱られたシェリアンヌは一瞬だけ鼻白んだが、すぐにいつもの高飛車な顔にもどる。

「座りなさい、シェリアンヌ」

 何か言いかけた瞬間、父親にも冷たく言われ、シェリアンヌは不満そうな顔で席についた。

(あの人がダゥゼン公爵……)

 シーナは遠目から、王太子の席に堂々と居座る男を見つめた。シェリアンヌとほとんど同じ顔だ。鷲のように曲がった鼻、狡猾そうな目つき。この男がずっとレクオンを苦しめてきたのかと思うと、否応なしに怒りと憎しみが込み上げてくる。

 サントスは議場を見渡し、よく響くようにゆっくりと喋りだした。

「娘の無礼をお許し願いたい。――が、シェリアンヌが言ったことは真実だ。私の配下が調べたところ、レクオン殿下は軍をケリガンで留めたまま姿を消してしまったらしい。これは逃げたと言われても仕方がないことだと思うのだが」

「いかにも。逃げたも同然ですな」

「シェリアンヌ様が仰るように、亡命なさったのかもしれませんなぁ。ははは!」

 サントスに従う者たちが一斉に笑い出し、議場が下卑た笑い声で包まれる。シーナはぎゅっと唇を噛みしめた。サントスはオーランドを振りかえり、厳しい声で詰問する。

「オーランド卿、説明していただきたいですな。貴殿はレクオン殿下をとめなかったのか?」

「レクオン殿下は単身で敵との交渉に向かわれた。決して逃げ出したわけではない。ハビエル卿はケリガンで軍の指揮にあたっている」

「交渉に向かってから、すでに七日も経っているではないか。何の連絡もない以上、失敗したと判断するのが妥当だ。貴殿たちの責任は重いぞ」

「そうだ。もし敗戦したら、ディレイムは領地の一部を失うことになる。どう責任を取るつもりだ?」

 自分たちは戦争に行くこともなく、安全な場所で待っていただけのくせに……。勝手な言い分に頭の芯が焼き切れそうな怒りを感じる。

(レクオン様は、こんな場所で戦ってきたんだわ……)

 話を聞いただけでは絶対に分からなかった。この嫌な空気と、悔しさと屈辱感。レクオンは子供の頃からこれと戦ってきたのだ。どれだけ辛かったことだろう。

 レクオン様――。
 シーナは目をつぶって、ルターナの指輪を握りながら夫の姿を思い浮かべた。帰ってこなかったら、お姉さまに怒ってもらうと言ったでしょう。どこで何をしてるのよ……!

「今日は敗戦の責任を問う議事にしよう。陛下、よろしいですかな?」

「う、うむ……。致し方ないな……」

(そんな!)

 国王はサントスの提案を簡単に了承してしまい、シーナの焦りはさらにつのる。どうしようかと議場を見渡した瞬間、後ろにある大扉がひらき――

「間に合ったようだな……。本日の議事を始めよう」

 いつものように平静な顔のレクオンが現れたのだった。
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