虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
37 / 71

37 逃げた王子

しおりを挟む
「キャスリン達は、父親を人質に取られて密告のようなことをしてるんです。できればそんな事をせずに済むようにしたいんですけど……」

「難しいだろうな。シェリアンヌ自身はそれほど賢い女ではないが、父親は抜け目のない人物だ。娘を使って反乱分子を潰そうとしてるんだろう。今回の件に関して言えば、王太子宮でのお茶会で恥をかかされた仕返しの意味もあったと思う。……配下を使い捨てにする冷酷さは、昔から変わっていない」

 最後のほうは聞き取りにくいほど低い声だった。まるで地の底から響くような暗く低い声で、シーナは背筋に冷たい水が流れたように感じた。レクオンがダゥゼン公爵に対して怒りを感じているのは間違いない。あるいは憎悪だろうか。

 今夜こそ事情をきこうと思ったのに、決心が鈍りそうになる。が、バザーで見た人々の様子を思い出し、心を奮い立たせた。

「レクオン様。聞いて頂きたいお話があるんです」

「なんだ?」

 ダゥゼン公爵の話をするレクオンの瞳は燃えるように光っていたが、シーナを振り返った彼の表情はいつも通りだ。感情をあまり出さない顔。王子だからなのか、過去に何かあったからなのか……。いずれにせよ、レクオンの事情を知らないことには先へ進めない。

 シーナは先日のバザーで老人に会ったことを話し、彼らの要望を伝えた。でもレクオンはある程度予想していたのか、特に変化を見せない。シーナは焦りを感じ、さらに話を続けた。

「レクオン様になにか事情があるのは分かってます。でもあの人たちのことも見捨てられないんです……。王都の人たちは、どうしてレクオン様に王太子になって欲しいんでしょうか?」

「俺がダゥゼン公爵の勢力を抑えていたから……かな。王宮にいる貴族たちも、全員がダゥゼン公爵に付いてるわけじゃないんだ。だいたい二つに分かれてる」

「ダゥゼン公爵の派閥と、レクオン様の派閥ですか?」

「……ああ。以前まではそうだった。でも俺が王宮を抜けてバランスが崩れたんだろう。その直後に税金が上がったから、王都の民は俺が王宮にいないと悪いことが起こると思ったんだな」

「だって実際にレクオン様がダゥゼン公爵を抑えてたから、悪いことが起きなかったんでしょう? 戦争のことだって――」

「誰に聞いた?」

 レクオンが怒ったような口調でいうので、シーナはびくりと肩を上げた。怖い。でも負けてなるものか。

「く、クレアです。ディルトース家の……。彼女の父は大臣だそうで、王宮のなかのことも詳しくて……」

「ああ、そうか……。友人ができたことで情報を得やすくなったんだな」

 レクオンはぽつりと呟き、それきり黙り込んでしまった。シーナはすがり付くように手を首までのばし、ルターナの指輪を握りしめる。
 お姉さま、どうかわたしに力を貸してください……!

「どうして戦争のことを教えてくれなかったんですか? もし戦争になったら、レクオン様も出征してしまうかも知れないんでしょう。今からでも止める方法はないんですか?」

「俺に止める力なんて無いさ……。俺は王宮から逃げた王子だから」

「そんな事ありません! だって今までは、レクオン様がダゥゼン公爵を止めてたんでしょう? レクオン様が王宮へ戻れば――んんっ!?」

「もうよせ。俺はそんな素晴らしい人間じゃない」

 レクオンは話しているシーナの口を手で覆い、強引に黙らせてしまった。ガーネットの瞳は炎のように揺らめき、普段は抑えている感情がちらちらと覗く。怒り、憎悪、絶望――レクオンの手から、シーナがよく知る暗いものが流れ込んでくる。
 シーナの口元から手を離した彼は、妻の緑灰の瞳をじいっと見つめながら尋ねた。

「なぁシーナ……。どうして俺がルターナを婚約者に選んだか知ってるか?」

「……え? お姉さまに一目ぼれしたからでしょう? 義父からなんども誕生祭のことを聞かされて――」

「違うんだ。俺はただ、独占したかっただけだ」

 まるでひとり言のようにつぶやくと、レクオンは椅子に置いてあったショールを手に取った。それをシーナの肩にふわりと掛ける。

「おいで。きみが知りたいことを教えてやろう」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!

naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。 これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。 そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる── ※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。 ※地図は専用ソフトを使い自作です。 ※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止

誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】 グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。 「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。 リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。 気になる男性が現れたので。 そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。 命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。 できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。 リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。 しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――? クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑) いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします! 他サイト様にも投稿しています。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...