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21 王都へ1
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ホテルを発つことになり、従者とメイドたちはてきぱきと荷物をまとめ始めた。シーナの荷物はほとんどなく、不要なものも処分したので、残ったのは首元で揺れる指輪ぐらいだ。シーナを連れて馬車に乗ったレクオンは窓の外を見ながらつぶやいた。
「王都に着いたら、すぐにケルホーン伯爵のタウンハウスへ向かう」
「……はい」
予想していたこととはいえ、ケルホーンと聞いただけで体が強張ってしまう。シーナの膝の上で震える手を見たレクオンは、ふっと表情を柔らかくした。
「安心していい。きみのことは必ず守る。ケルホーン伯に確認したいことがあるだけだ」
「……分かりました」
あの屋敷に戻れと言われるのではと怯えていたシーナは、心底ほっとして深いため息をもらした。良かった。レクオンは守ると約束してくれたのだから、シーナを危険な目に会わせる気はないのだろう。
グラーダから王都までは馬車で六日かかり、途中はホテルに宿泊した。しかしどのホテルに泊まるにしても最も広くて豪華な部屋に通されるので、ずっとお金に困りながら生活してきたシーナは不安だった。
自分の不安がレクオンに対して失礼だと分かっているから何も言わなかったが、義父でさえ連日のように高い部屋に泊まるのは無理だろうと思う。
しかもレクオンは自分は質素な服装を好むくせに、シーナには新しいドレスばかり着せる。まるでシーナに合わせて仕立てたかのようにサイズもピッタリで、改めてレクオンの執念を感じて少し怖かった。
レクオンはシーナに、成長したルターナを重ねて見ているのだ。大人になったルターナを想像して、こんなドレスが似合うに違いないと用意していたのだろう。新しいドレスを着るたびに、どうして生き残ったのが自分なのか、ルターナが生きていればよかったのにと悲しくなった。
王都に着いた日、レクオンは宣言したとおりにケルホーン伯爵家のタウンハウスへ向かった。三年ぶりの王都だ。馬車のまどから巨大な門を眺め、街の様子を見ようと身を乗り出したシーナはふと違和感を覚えた。
「少し王都の様子が変わりましたね。なんだか皆、元気がないみたい……」
以前はもっと活気があったと思うのに、通りを歩く人もまばらで皆なぜか下を向いている。道の両脇にずらりと並ぶ商店は閉じている方が多くて、開いている店に置かれた商品も少ない。
なぜこんな事になったのかと不思議がるシーナの前で、レクオンが低い声でつぶやいた。
「去年から税金が上がったせいだ。それまでは富裕層にだけ高い税金を課していたが、去年から一律ですべての民に同じ金額を支払うように命令が出された」
「知りませんでした。グラーダでは、それほど高くなかったので……」
「グラーダは王都から遠いせいで、影響が少ないんだろう。王都に近ければ近いほど税金は高くなる仕組みだ。ダゥゼンあたりもかなり高いらしい」
ダゥゼンというと、ディレイムの南端に位置する都市だったはずだ。大貴族が治めている土地で、王都から近いこともあってシーナは住んだこともない。
(去年から……。レクオン様が公爵になったのも去年だし、何か関係があるのかしら。バージル様もダゥゼン公爵という名を口にしてらしたけど……)
レクオンが王宮から出たあと、何かがあったのは間違いない。でも自分に込み入った事情を尋ねる資格は無いと思っているシーナは何も訊けず、そうこうしている内に馬車はケルホーン伯爵の屋敷へ到着した。
何も変わっていないだろうと勝手に想像していたが、王都の変化同様に屋敷の様子も一変していた。庭は手入れしたあともなく荒れ放題で、主棟の窓も汚れて曇っている。人手が足りていないのは明らかだ。
「おいで。俺の後ろに隠れているといい」
「は、はい」
レクオンに言われたとおり、彼の大きな背中に隠れるようにして主玄関までの道を歩いた。石畳のわきに雑草が伸びていて、虫や蛙の姿まで見える。
先を進んでいた従者がドアノッカーを鳴らすとしばらくしてドアが開き、見覚えのある人が現れた。義父に従えていた執事だ。たった三年の間に老け込み、何年も着古したような服を身にまとっている。レクオンを目にした彼は怪訝そうな顔をし、恐る恐るという様子で口を開いた。
「何の御用でしょうか……」
「おまえ達の主に用がある。ケルホーン伯に来客だと告げろ」
レクオンの後ろにシーナがいるのに気づいた執事は、真っ青な顔でドアを開けたまま引っ込んでしまった。レクオンは遠慮もなしに屋敷へ入り、シーナも彼の後ろで待っているとバタバタと廊下を走る音がする。
やがて二階の手すりから見覚えのある人々が顔を出した。グレッグとイザベル、ジェレミーだ。ジェレミーは結婚したのか、彼のとなりで若い女性が不思議そうな顔をしている。きっと何の事情も知らないのだろう。
階段を駆け下りてきたグレッグは、その勢いのままシーナに掴みかかろうとした。が、レクオンがシーナを守るように立ち塞がる。
「……っこの裏切りものが! 今までどこに隠れていた!? なぜおまえがレクオン殿下と一緒なんだ!」
「シーナに近づくな。彼女は俺の婚約者だ、無礼な真似は許さない」
(……ああ、やっぱりそうなんだわ)
きっとレクオンの時間は三年前から止まったままなのだ。彼のなかでは今でもルターナが婚約者のままなのだろう。
イザベルとジェレミー、彼の妻もエントランスに降りてきた。廊下の向こうから様子を伺う使用人たちの姿まで見える。なにが始まったのかと不安そうだ。
グレッグはレクオンから距離をとると、急に態度を変えて機嫌のよさそうな声を出した。
「王都に着いたら、すぐにケルホーン伯爵のタウンハウスへ向かう」
「……はい」
予想していたこととはいえ、ケルホーンと聞いただけで体が強張ってしまう。シーナの膝の上で震える手を見たレクオンは、ふっと表情を柔らかくした。
「安心していい。きみのことは必ず守る。ケルホーン伯に確認したいことがあるだけだ」
「……分かりました」
あの屋敷に戻れと言われるのではと怯えていたシーナは、心底ほっとして深いため息をもらした。良かった。レクオンは守ると約束してくれたのだから、シーナを危険な目に会わせる気はないのだろう。
グラーダから王都までは馬車で六日かかり、途中はホテルに宿泊した。しかしどのホテルに泊まるにしても最も広くて豪華な部屋に通されるので、ずっとお金に困りながら生活してきたシーナは不安だった。
自分の不安がレクオンに対して失礼だと分かっているから何も言わなかったが、義父でさえ連日のように高い部屋に泊まるのは無理だろうと思う。
しかもレクオンは自分は質素な服装を好むくせに、シーナには新しいドレスばかり着せる。まるでシーナに合わせて仕立てたかのようにサイズもピッタリで、改めてレクオンの執念を感じて少し怖かった。
レクオンはシーナに、成長したルターナを重ねて見ているのだ。大人になったルターナを想像して、こんなドレスが似合うに違いないと用意していたのだろう。新しいドレスを着るたびに、どうして生き残ったのが自分なのか、ルターナが生きていればよかったのにと悲しくなった。
王都に着いた日、レクオンは宣言したとおりにケルホーン伯爵家のタウンハウスへ向かった。三年ぶりの王都だ。馬車のまどから巨大な門を眺め、街の様子を見ようと身を乗り出したシーナはふと違和感を覚えた。
「少し王都の様子が変わりましたね。なんだか皆、元気がないみたい……」
以前はもっと活気があったと思うのに、通りを歩く人もまばらで皆なぜか下を向いている。道の両脇にずらりと並ぶ商店は閉じている方が多くて、開いている店に置かれた商品も少ない。
なぜこんな事になったのかと不思議がるシーナの前で、レクオンが低い声でつぶやいた。
「去年から税金が上がったせいだ。それまでは富裕層にだけ高い税金を課していたが、去年から一律ですべての民に同じ金額を支払うように命令が出された」
「知りませんでした。グラーダでは、それほど高くなかったので……」
「グラーダは王都から遠いせいで、影響が少ないんだろう。王都に近ければ近いほど税金は高くなる仕組みだ。ダゥゼンあたりもかなり高いらしい」
ダゥゼンというと、ディレイムの南端に位置する都市だったはずだ。大貴族が治めている土地で、王都から近いこともあってシーナは住んだこともない。
(去年から……。レクオン様が公爵になったのも去年だし、何か関係があるのかしら。バージル様もダゥゼン公爵という名を口にしてらしたけど……)
レクオンが王宮から出たあと、何かがあったのは間違いない。でも自分に込み入った事情を尋ねる資格は無いと思っているシーナは何も訊けず、そうこうしている内に馬車はケルホーン伯爵の屋敷へ到着した。
何も変わっていないだろうと勝手に想像していたが、王都の変化同様に屋敷の様子も一変していた。庭は手入れしたあともなく荒れ放題で、主棟の窓も汚れて曇っている。人手が足りていないのは明らかだ。
「おいで。俺の後ろに隠れているといい」
「は、はい」
レクオンに言われたとおり、彼の大きな背中に隠れるようにして主玄関までの道を歩いた。石畳のわきに雑草が伸びていて、虫や蛙の姿まで見える。
先を進んでいた従者がドアノッカーを鳴らすとしばらくしてドアが開き、見覚えのある人が現れた。義父に従えていた執事だ。たった三年の間に老け込み、何年も着古したような服を身にまとっている。レクオンを目にした彼は怪訝そうな顔をし、恐る恐るという様子で口を開いた。
「何の御用でしょうか……」
「おまえ達の主に用がある。ケルホーン伯に来客だと告げろ」
レクオンの後ろにシーナがいるのに気づいた執事は、真っ青な顔でドアを開けたまま引っ込んでしまった。レクオンは遠慮もなしに屋敷へ入り、シーナも彼の後ろで待っているとバタバタと廊下を走る音がする。
やがて二階の手すりから見覚えのある人々が顔を出した。グレッグとイザベル、ジェレミーだ。ジェレミーは結婚したのか、彼のとなりで若い女性が不思議そうな顔をしている。きっと何の事情も知らないのだろう。
階段を駆け下りてきたグレッグは、その勢いのままシーナに掴みかかろうとした。が、レクオンがシーナを守るように立ち塞がる。
「……っこの裏切りものが! 今までどこに隠れていた!? なぜおまえがレクオン殿下と一緒なんだ!」
「シーナに近づくな。彼女は俺の婚約者だ、無礼な真似は許さない」
(……ああ、やっぱりそうなんだわ)
きっとレクオンの時間は三年前から止まったままなのだ。彼のなかでは今でもルターナが婚約者のままなのだろう。
イザベルとジェレミー、彼の妻もエントランスに降りてきた。廊下の向こうから様子を伺う使用人たちの姿まで見える。なにが始まったのかと不安そうだ。
グレッグはレクオンから距離をとると、急に態度を変えて機嫌のよさそうな声を出した。
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