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翌朝、ふかふかのベッドの上でシーナは目覚めた。こんな上等な寝台で休んだのは初めてだ。体の上にかけた毛布は少しもチクチクしないし、肌触りは滑らかでとても良い香りがする。ベッドの天井部分には星空の絵が描かれており、眠れない夜でも退屈することはなさそうである。
最初はドレスのままベッドに入ってしまったが、よく見れば枕元に夜着が置いてあったので、着替えてから眠りについた。ドレスは椅子の背もたれに掛けておいたから、シワになることもなかったようだ。夜着を脱いでドレスに着替えようとしたとき、ドアが開いてレクオンが入ってきた。
「きゃあっ! まだ着替えてません!」
「……また後でくる」
脱いだ夜着で体を隠したまま叫ぶと、レクオンはこともなげに呟いて出て行った。なぜか彼の冷淡な反応が悲しく、シーナは黙々と着替えた。分かっていたはずだった。自分が姉の代わりにしかすぎないことは……。
(そうよね……。わたしはお姉さまの代わりをするために、連れて来られたんだもの)
愛する婚約者を失ったショックで国王になる夢を諦めたのだとしたら、シーナを探していた理由はひとつしかない。ルターナと同じ顔をもつ女性をそばに置くことで、悲しみを和らげようというのだろう。シーナにも当然ながら罪の意識はあるので、レクオンが望むならそばにいてあげたい。
底の見えない瞳で見つめられた時は怖くて逃げたいと思ったが、一晩たった今はレクオンに対する恐怖心も薄れていた。『ルターナ』ではなく、『シーナ』と呼んでもらえるだけでも有難いことだ。
さっきドアを急に開けたのだって、シーナが夜着に着替えたのだと知らなかったためであり、レクオンが悪いわけではない。だから――がっかりするのは、筋違いというものだ。
「……? 指輪が入った袋がないわ」
着替え終えたシーナは、ルターナからもらった小さな袋がないことに気づいた。昨日着ていた服のポケットにも入っていない。別荘を出たときは確かに持っていたはずだから、馬車のなかで落としたのだろうか。あとで探しに行かなければ。
寝室を出ると朝食の用意が整ったテーブルの前でレクオンが待っていた。シーナは朝の挨拶をし、彼と一緒に席につく。香ばしく焼かれたパンに温野菜のサラダ、厚く切られたベーコンに焼いた卵。とても美味しそうだ。
「あの……レクオン殿下」
「殿下はつけなくていい。レクオンと呼んでくれ」
「レクオン様、少しだけ外に出てもいいですか?」
「……なぜ? まだ逃げる気なのか?」
レクオンは持っていたナイフを皿におき、鋭い目でシーナを睨んだ。心臓をつかまれたように苦しくなり、背中をいやな汗が流れる。
「そ、そうではなくて……。馬車のなかに、大切なものを落としちゃったみたいなんです。探しに行きたくて……」
「あとで俺が探しておくから、きみはここで待っているんだ。きみとルターナは脅されていたとはいえ、俺を――王家を三年間も騙していたんだぞ。簡単に許すわけにはいかない」
「……はい。すみません」
「謝るのなら、自分がやったことの自覚はあるんだな? 俺は以前、きみに簡単に謝るなと話をしたことがあったと思うが」
「自覚はあります。わたしの人生は、すべてレクオン様に捧げます」
生半可なことを口にすれば、さらに彼を怒らせるかもしれない。シーナはびくびくしながら本当の気持ちを伝えたが、レクオンは怒るどころかホッとした表情になった。それでようやく、シーナも彼の気持ちが分かる。
(三年も逃げたんだもの。またいなくなったらと、不安なのね……)
レクオンがどの段階でシーナの存在に気づいたのかは分からないが、ルターナとの思い出を共有する人物と出会いたいと願うのは当然の流れだ。姉はほとんど屋敷から出ることもなかったから、彼女の人となりを知る者は少ない。おまけにシーナは姉と同じ顔なのだから、レクオンにとっては貴重な存在なのだ。
(わたし、まだまだ自覚が足りなかったわ。自分がレクオン様にとって貴重な存在なのだと、理解しておくべきだった)
シーナは自分を恥じ、二度とレクオンのそばを離れないようにしようと誓った。朝食のあとは彼が望むままに薄桃色のドレスに着替え、髪飾りも靴もレクオンの好みどおりにする。
「きみは可憐な容姿をしているから、透明な宝石よりも真珠や翡翠のほうが似合うようだな。三年前は幼い印象もあったが、今ならどんなドレスも着こなせそうだ」
シーナに真珠の耳飾りをつけながら、レクオンは嬉しそうにつぶやいた。ルターナのことも、こんな風に着飾らせてみたかったのかもしれない。レクオンのなかのイメージを壊したくないので、シーナは何も言わず彼に身を任せた。
最初はドレスのままベッドに入ってしまったが、よく見れば枕元に夜着が置いてあったので、着替えてから眠りについた。ドレスは椅子の背もたれに掛けておいたから、シワになることもなかったようだ。夜着を脱いでドレスに着替えようとしたとき、ドアが開いてレクオンが入ってきた。
「きゃあっ! まだ着替えてません!」
「……また後でくる」
脱いだ夜着で体を隠したまま叫ぶと、レクオンはこともなげに呟いて出て行った。なぜか彼の冷淡な反応が悲しく、シーナは黙々と着替えた。分かっていたはずだった。自分が姉の代わりにしかすぎないことは……。
(そうよね……。わたしはお姉さまの代わりをするために、連れて来られたんだもの)
愛する婚約者を失ったショックで国王になる夢を諦めたのだとしたら、シーナを探していた理由はひとつしかない。ルターナと同じ顔をもつ女性をそばに置くことで、悲しみを和らげようというのだろう。シーナにも当然ながら罪の意識はあるので、レクオンが望むならそばにいてあげたい。
底の見えない瞳で見つめられた時は怖くて逃げたいと思ったが、一晩たった今はレクオンに対する恐怖心も薄れていた。『ルターナ』ではなく、『シーナ』と呼んでもらえるだけでも有難いことだ。
さっきドアを急に開けたのだって、シーナが夜着に着替えたのだと知らなかったためであり、レクオンが悪いわけではない。だから――がっかりするのは、筋違いというものだ。
「……? 指輪が入った袋がないわ」
着替え終えたシーナは、ルターナからもらった小さな袋がないことに気づいた。昨日着ていた服のポケットにも入っていない。別荘を出たときは確かに持っていたはずだから、馬車のなかで落としたのだろうか。あとで探しに行かなければ。
寝室を出ると朝食の用意が整ったテーブルの前でレクオンが待っていた。シーナは朝の挨拶をし、彼と一緒に席につく。香ばしく焼かれたパンに温野菜のサラダ、厚く切られたベーコンに焼いた卵。とても美味しそうだ。
「あの……レクオン殿下」
「殿下はつけなくていい。レクオンと呼んでくれ」
「レクオン様、少しだけ外に出てもいいですか?」
「……なぜ? まだ逃げる気なのか?」
レクオンは持っていたナイフを皿におき、鋭い目でシーナを睨んだ。心臓をつかまれたように苦しくなり、背中をいやな汗が流れる。
「そ、そうではなくて……。馬車のなかに、大切なものを落としちゃったみたいなんです。探しに行きたくて……」
「あとで俺が探しておくから、きみはここで待っているんだ。きみとルターナは脅されていたとはいえ、俺を――王家を三年間も騙していたんだぞ。簡単に許すわけにはいかない」
「……はい。すみません」
「謝るのなら、自分がやったことの自覚はあるんだな? 俺は以前、きみに簡単に謝るなと話をしたことがあったと思うが」
「自覚はあります。わたしの人生は、すべてレクオン様に捧げます」
生半可なことを口にすれば、さらに彼を怒らせるかもしれない。シーナはびくびくしながら本当の気持ちを伝えたが、レクオンは怒るどころかホッとした表情になった。それでようやく、シーナも彼の気持ちが分かる。
(三年も逃げたんだもの。またいなくなったらと、不安なのね……)
レクオンがどの段階でシーナの存在に気づいたのかは分からないが、ルターナとの思い出を共有する人物と出会いたいと願うのは当然の流れだ。姉はほとんど屋敷から出ることもなかったから、彼女の人となりを知る者は少ない。おまけにシーナは姉と同じ顔なのだから、レクオンにとっては貴重な存在なのだ。
(わたし、まだまだ自覚が足りなかったわ。自分がレクオン様にとって貴重な存在なのだと、理解しておくべきだった)
シーナは自分を恥じ、二度とレクオンのそばを離れないようにしようと誓った。朝食のあとは彼が望むままに薄桃色のドレスに着替え、髪飾りも靴もレクオンの好みどおりにする。
「きみは可憐な容姿をしているから、透明な宝石よりも真珠や翡翠のほうが似合うようだな。三年前は幼い印象もあったが、今ならどんなドレスも着こなせそうだ」
シーナに真珠の耳飾りをつけながら、レクオンは嬉しそうにつぶやいた。ルターナのことも、こんな風に着飾らせてみたかったのかもしれない。レクオンのなかのイメージを壊したくないので、シーナは何も言わず彼に身を任せた。
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