上 下
19 / 71

19 再会4

しおりを挟む
 翌朝、ふかふかのベッドの上でシーナは目覚めた。こんな上等な寝台で休んだのは初めてだ。体の上にかけた毛布は少しもチクチクしないし、肌触りは滑らかでとても良い香りがする。ベッドの天井部分には星空の絵が描かれており、眠れない夜でも退屈することはなさそうである。

 最初はドレスのままベッドに入ってしまったが、よく見れば枕元に夜着が置いてあったので、着替えてから眠りについた。ドレスは椅子の背もたれに掛けておいたから、シワになることもなかったようだ。夜着を脱いでドレスに着替えようとしたとき、ドアが開いてレクオンが入ってきた。

「きゃあっ! まだ着替えてません!」

「……また後でくる」

 脱いだ夜着で体を隠したまま叫ぶと、レクオンはこともなげに呟いて出て行った。なぜか彼の冷淡な反応が悲しく、シーナは黙々と着替えた。分かっていたはずだった。自分が姉の代わりにしかすぎないことは……。

(そうよね……。わたしはお姉さまの代わりをするために、連れて来られたんだもの)

 愛する婚約者を失ったショックで国王になる夢を諦めたのだとしたら、シーナを探していた理由はひとつしかない。ルターナと同じ顔をもつ女性をそばに置くことで、悲しみを和らげようというのだろう。シーナにも当然ながら罪の意識はあるので、レクオンが望むならそばにいてあげたい。

 底の見えない瞳で見つめられた時は怖くて逃げたいと思ったが、一晩たった今はレクオンに対する恐怖心も薄れていた。『ルターナ』ではなく、『シーナ』と呼んでもらえるだけでも有難いことだ。

 さっきドアを急に開けたのだって、シーナが夜着に着替えたのだと知らなかったためであり、レクオンが悪いわけではない。だから――がっかりするのは、筋違いというものだ。

「……? 指輪が入った袋がないわ」

 着替え終えたシーナは、ルターナからもらった小さな袋がないことに気づいた。昨日着ていた服のポケットにも入っていない。別荘を出たときは確かに持っていたはずだから、馬車のなかで落としたのだろうか。あとで探しに行かなければ。

 寝室を出ると朝食の用意が整ったテーブルの前でレクオンが待っていた。シーナは朝の挨拶をし、彼と一緒に席につく。香ばしく焼かれたパンに温野菜のサラダ、厚く切られたベーコンに焼いた卵。とても美味しそうだ。

「あの……レクオン殿下」

「殿下はつけなくていい。レクオンと呼んでくれ」

「レクオン様、少しだけ外に出てもいいですか?」

「……なぜ? まだ逃げる気なのか?」

 レクオンは持っていたナイフを皿におき、鋭い目でシーナを睨んだ。心臓をつかまれたように苦しくなり、背中をいやな汗が流れる。

「そ、そうではなくて……。馬車のなかに、大切なものを落としちゃったみたいなんです。探しに行きたくて……」

「あとで俺が探しておくから、きみはここで待っているんだ。きみとルターナは脅されていたとはいえ、俺を――王家を三年間も騙していたんだぞ。簡単に許すわけにはいかない」

「……はい。すみません」

「謝るのなら、自分がやったことの自覚はあるんだな? 俺は以前、きみに簡単に謝るなと話をしたことがあったと思うが」

「自覚はあります。わたしの人生は、すべてレクオン様に捧げます」

 生半可なことを口にすれば、さらに彼を怒らせるかもしれない。シーナはびくびくしながら本当の気持ちを伝えたが、レクオンは怒るどころかホッとした表情になった。それでようやく、シーナも彼の気持ちが分かる。

(三年も逃げたんだもの。またいなくなったらと、不安なのね……)

 レクオンがどの段階でシーナの存在に気づいたのかは分からないが、ルターナとの思い出を共有する人物と出会いたいと願うのは当然の流れだ。姉はほとんど屋敷から出ることもなかったから、彼女の人となりを知る者は少ない。おまけにシーナは姉と同じ顔なのだから、レクオンにとっては貴重な存在なのだ。

(わたし、まだまだ自覚が足りなかったわ。自分がレクオン様にとって貴重な存在なのだと、理解しておくべきだった)

 シーナは自分を恥じ、二度とレクオンのそばを離れないようにしようと誓った。朝食のあとは彼が望むままに薄桃色のドレスに着替え、髪飾りも靴もレクオンの好みどおりにする。

「きみは可憐な容姿をしているから、透明な宝石よりも真珠や翡翠のほうが似合うようだな。三年前は幼い印象もあったが、今ならどんなドレスも着こなせそうだ」

 シーナに真珠の耳飾りをつけながら、レクオンは嬉しそうにつぶやいた。ルターナのことも、こんな風に着飾らせてみたかったのかもしれない。レクオンのなかのイメージを壊したくないので、シーナは何も言わず彼に身を任せた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

処理中です...