虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
5 / 71

5 王子との面会2

しおりを挟む
「暗い顔をして、どうしたんだ? 何か悩みごとでもあるのか」

「……いいえ。少し考えごとをしていたのです」

 馬車のなかで、レクオンが心配そうにシーナを見ている。この三年間、なんど彼にすべてを打ち明けようと思ったことだろう。

 わたしはルターナではなく、妹のシーナなんです。姉は体が弱いから、義父に脅されて彼女の代わりをしているんです。どうか、姉とわたしを助けてください――。

 レクオンの優しい顔をみるたびにすがり付きたいと思った。でももし王子が激昂して、伯爵家のもの全員を裁くと言い出したら……。今の弱りきったルターナなら、牢に入れられただけで喘息の発作を起こしかねない。

(駄目だわ……。やっぱり何も言えない……)

 レクオンに全てを話すのはあまりにも危険な賭けだ。仮に彼が許したとしても、事情を知った国王や重臣たちはケルホーン伯爵家に罰を与えようとするだろう。爵位を失って平民になった場合、シーナとマリベルだけでルターナを守りきれるだろうか?

 シーナはグレッグから給金を貰ったことはないが、それでも寝食が確保できるだけ有難いことなのだ。平民として暮らした場合、自分ひとりを養うだけで精一杯になるのは目に見えている。食事をきりつめて、やっとルターナの薬を買えるぐらいだろう。もしそんな事になったら――三人でじわじわと死にむかうだけだ。

 暗い思考に陥りかけたとき、馬車がとまった。レクオンが先にドアを開けて、シーナに向かって手を伸ばしている。促されるまま彼の手を取ったが、レクオンの目がシーナの指先を見たので慌てて手を引っ込めた。

 シーナの手は貴族の令嬢とはいいがたいほど荒れて乾いている。義父母にはさんざん「手入れしろ」と叱られたが、そもそも手入れに使う香油は希少でシーナの元に回ってこない。髪を手入れする分しかないので、手が荒れたと気づいてもどうする事もできなかった。

「以前、たくさんの薔薇が見たいと言っていただろう? 今日はきみの望みを叶えてやりたい」

「まあ……! なんて綺麗なの」

 レクオンは王都内にある薔薇園に連れて来てくれたらしい。開いた門の向こうに、赤やピンク、黄や橙の薔薇が群れるように咲いている。風にのって薔薇のいい香りが漂ってきた。

(この景色を、お姉さまにも見せてあげたい。帰ったらスケッチしなくちゃ)

 ルターナとシーナは入れ替わりながら王子と会ってきたので、その日にどんな事があったのか詳細に伝えるようにしている。次に会ったときにレクオンが違和感を覚えないよう、二人で情報を刷り合わせてきたのだ。
 ただ外出してどんな場所に行ったかは言葉では伝えにくいので、シーナはいつもスケッチしてルターナに見せるようにしていた。

 斜め前に立ったレクオンが、シーナを見ながら腕をすっと差し出す。恋人のように腕をからめようというのだろう。手を繋ぐのかと心配していたシーナはほっとして、彼の腕を取った。

 ルターナは食が細いので、彼女の手も乾燥して爪はひび割れてしまった。シーナの手も同じ状態だから困ることはないけれど、レクオンが何も言わずに腕を差し出してくれるのは有難い。

(殿下は本当にお優しい方だわ。お姉さまの好きなものも良くご存知だし……)

 ルターナは特に薔薇の花を好み、部屋に飾って香りを楽しんでいる。外を出歩けない彼女は、部屋に花を飾ることで外の空気を感じているのだ。
 王子の腕をとって歩きながら、ゆっくりと薔薇を観賞する。

「この薔薇はニュードーンですね。薄いピンクが可愛らしいです。あっ、グラナダだわ。グラデーションが綺麗……」

「詳しいな。薔薇を好きというだけのことはある」

「はい、本当に好きなんです」

 ルターナが薔薇を好むので、シーナも品種や名前を覚えるように努力した。でも姉に似せるためというよりは、ルターナを喜ばせたくて覚えたのだ。ルターナは中心から端に向かって色が変わる薔薇が好きで、一輪ざしにして寝台の横に置いたりしている。

「きみは不思議な人だな……。この薔薇園はケルホーン伯爵家の屋敷からそう遠くはないし、なんどか来たこともあるんだろう? でも初めて来たかのように振る舞っている。俺に気を使ってるのか?」

 レクオンが意外なことをいうので、シーナはきょとんとして彼の顔を見つめた。よく考えればレクオンの疑問はもっともだ。薔薇が好きだと公言するぐらいなら、自分で薔薇園を訪ねるのは普通のことである。――健康な令嬢であれば。

「気を使っているわけではありません。花はいつでも同じ顔を見せるわけではないでしょう? わたしはその変化を楽しむのも好きなのです」

 本当のことをいえば、ルターナもシーナも屋敷から出ることが出来ないだけ。ルターナは屋敷のなかを歩いただけで息が切れるし、彼女と同じ顔をもつシーナはみすぼらしい格好で王都をうろつくわけにはいかない。この薔薇園も来るのは初めてだけれど、新鮮な気持ちで庭園を散策できるのは幸運だった。

「きみの素直で真っすぐなところが、俺はとても好きだ。ルターナと婚約して本当に良かった」

 王子は嬉しそうにいって、シーナを小高い丘の上に連れて来た。薔薇を眺めるためなのか、木製のベンチとテーブルがいくつか置かれている。

「ここで少し休憩しよう。軽食を用意してきたんだ」

「ありがとうございます」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】 グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。 「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。 リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。 気になる男性が現れたので。 そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。 命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。 できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。 リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。 しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――? クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑) いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします! 他サイト様にも投稿しています。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!

naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。 これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。 そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる── ※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。 ※地図は専用ソフトを使い自作です。 ※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...