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1 シーナとルターナ1

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 ――早く洗濯物を干さなくちゃ。ずっと外にいると、日焼けしてしまう。

 ディレイムの王都にある、ケルホーン伯爵家のタウンハウス。その裏庭で、シーナは洗ったものを干していた。今日はいい天気だから厚いものでもよく乾くだろうけど、長く日に当たれば肌が焼けてしまう。そうなったらまた義父母に叱られるだろう。

 最後に残ったシーツを縄につるし、風で飛ばないように重石をつけて急いで屋敷に戻る。間に合った――と安堵した瞬間、横から鋭い声が飛んできた。

「シーナ! 外に出るなといったでしょう! 日に焼けて肌の色が変わったらどうするのよ? もし殿下に入れ替わりがバレたら、アンタのせいだからね!」

「イザベル様……申し訳ありません」

 籠をかかえたままのシーナの横で、義母イザベルが腕を組んでふんぞり返っている。母が亡くなってから後妻におさまったイザベルは、伯爵夫人として屋敷を支配していた。

「さっさとルターナの部屋で用意してきなさい、ぐずな子ね。明日は殿下が来る日なのに、ぼさぼさの髪をしてみっともないったら……少しは年頃の娘らしく手入れしたらどうなの? アンタの部屋にだって櫛ぐらいあるでしょうに。ルターナと同じ顔に生まれた意味を考えなさいよ。アンタはあの子の代わりとして生まれてきたんでしょうが」

 イザベルの叱責に、シーナはただ俯いて唇を噛みしめる。義母が言うとおり、ルターナとシーナは双子のように瓜二つだった。月光のように淡い白金プラチナブロンドも、翡翠のような緑灰の瞳も。

 しかし姉は生まれつき体が弱く、病気しがちで肌は抜けるように白い。体調が悪い日など青く見えるほどだ。だからシーナも彼女に似せるために、なるべく日に当たらないように気をつけていた。

「すみません……」

「ああやだやだ、その暗い顔。見てるとこっちまで気が滅入りそうだわ。早くあたしの前から消えて」

 シーナは夫人に一礼してからその場を去り、洗濯場に籠を置いてルターナの部屋へ向かった。イザベルの言葉は容赦なくシーナの心をえぐったが、全て彼女の言うとおりなので反論する気もおきない。シーナだって理解している。自分が姉の代用品という価値しかないことは。

「ルターナ様、シーナです。入ってもいいですか?」

「いいわよ」

 ノックの後に呼びかけると、室内から優しい声がした。シーナはほっとして、軽い気持ちでドアを開ける。
 ケルホーン伯爵の屋敷は家人と使用人のエリアに分かれており、シーナはいつも使用人のエリアで過ごしていた。伯爵家の人々が暮らす主棟はめったに立ち入ることはなく、姉の部屋に入るのは彼女の服を借りるときだけだ。ここは主棟で唯一シーナが安心できる場所だった。

 部屋に入ると、姉はいつも通りベッドに座ってこちらを見ている。クッションを背中に置いて上体を起こし、本を読んでいたようだ。今日はいつもより顔色がいい。

「ルターナ様、お体の調子はいかがですか?」

「もう、この部屋では私をお姉さまと呼んでといってるでしょう? あなたを叱るひとなんて誰もいないわ。乳母のマリベルだって、私とあなたの味方なんだから」

「お姉さま……ありがとうございます」

 シーナがベッドの横に歩みよると、ルターナはシーナの手をとって優しく撫でた。半分しか血が繋がっていないのに、ルターナはいつもシーナを本当の妹として可愛がってくれる。

「明日はまた殿下と会う日だったわね。その用意に来たのでしょう? いつもごめんね、シーナ……。私の体が弱いばっかりに、あなたに負担をかけてしまって」

「負担だなんて……。お姉さまのお役に立つことは、わたしにとって生き甲斐みたいなものです。あなたがいるから、わたしも生きていられるんです」

 ベッドの横に置かれた椅子に座ると、姉は腕をのばしてシーナの体をそっと抱きしめた。シーナも彼女の痩せた体を抱きしめかえす。背中に触れると骨が浮き出ていて、涙が出そうになった。

「私も同じよ。あなたがいるから生きていられるの……。私たち、ずっと支えあって生きていきましょうね。双子星ふたごぼしみたいに、ずぅっと一緒よ」

「はい、お姉さま……」

 亡くなった母は二番目の子にルターナと名付け、最後の子にシーナという名を与えた。ルターナとシーナは双子星と呼ばれるふたつの星の名前と同じだから、母は二人で支えあって生きていくようにと願ったのだろう。

 あるいはルターナを産んだ瞬間から悟っていたのかもしれない――父は娘に、見向きもしないであろうと。
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