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52 演説
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「えっ。リョーシィ殿下は演説をしたあと、国へ帰ってしまうのですか?」
いよいよ明日が演説という日、ルルシェはリョーシィの原稿を見せてもらっていた。達筆な字がずらりと並ぶ見事な原稿だ。姫はペンよりも筆のほうが得意らしい。
ルルシェの言葉を聞いたリョーシィは「うむ」と頷き、お茶をごくりと飲む。
「我は元々、ケイトリン先生に会いに来ただけじゃからな。そろそろ国へ戻らぬと、姉さまも大変だろうて」
リョーシィの姉フラーミャは女帝であり、二人は今までずっと支えあって国政を担ってきた。あまりにも仲が良いので、婚期が遅れると家臣が嘆いているという噂だ。大小の差はあれど、どこの国でも心配は尽きない。
(あれ? 婚約の話はどうなったんだろ?)
ルルシェは酔っ払った夜の出来事をあまり覚えておらず、いまだに二人は婚約すると思い込んでいる。が、リョーシィはイグニスから全ての事情を聞いていたので、ルルシェの疑問を嗅ぎ取りニヤリと笑った。
「安心せい。我とイグニスは婚約などせぬ。ひとの恋路を邪魔すると馬に蹴られるからのう」
「は……はあ」
恋路――イグニスのだろうか。という事は、彼には想いを寄せる女性がいるのだ。
気づいた瞬間、胸がずきっと痛んで顔が歪む。口からは勝手にため息がもれた。どれだけ心を騙そうと、体は正直に反応してルルシェに本心を伝えている。
(こうして胸が痛かったり、婚約しないと聞いてホッとしたりするんだから……私はイグニス様が好きなんだよね、多分)
だから酔っ払った夜、彼と二人で過ごせて幸せだったのだろう。
しかし“ほしかった物が手に入った”と感じたのは何だったのか。「おまえのものだよ」という言葉を聞いたような気もするのに、どうもはっきりと思い出せない。
(あとひと月か……)
一ヶ月後にはメイドとして働く期間を終える。その時に法案が通っていたら、スタレートンに帰ろう。
イグニスの努力を無駄にしたくないし、もう充分しあわせな時間を過ごしたのだから満足だ。最後に気持ちだけ伝えて王宮を後にしよう。
翌日の昼下がり。隙間がないほど人で埋め尽くされた王都の中央広場に、二人の美女が現れた。
一人は艶やかな長い黒髪の、黄金の瞳がきらめく神々しい美女。そしてもう一人は、月の光を思わせる紫銀の髪と深い海のような瞳を持つ、中性的な美貌の女性だ。
広場を囲むように建つ店の屋上から、支援者である令嬢たちが花びらを巻いている。花びらは風に乗り、広場全体にひらひらと降り注いだ。若い世代が多く集まっている様子だ。
リョーシィとルルシェは手を繋ぎ、空いた方の手を振りながら壇上へ上がる。彼女らの姿を目にした人々は「リョーシィ様!」、「ルルシェ様!」と叫び、広場は熱気に包まれた。
しかしリョーシィが演説をする直前、ピタリと声援はやんで一気に静まり返る。
「皆のもの、よく集まってくれた。我はカイ帝国の第一王女、リョーシィである」
わあっと、再び歓声があがる。リョーシィは手を振ってそれに応え、しばらくしてまたシンと静かになった。
「ここブロンテ王国が興ってから、二千年の時が流れた。民は懸命に、そして勤勉に働いて国を支え、今のように豊かなブロンテとなった。我もカイの民の一人として、隣人が健やかで逞しくあることに感謝しておる。ブロンテが健在であるのは、そなたら民たちの努力の賜物じゃ」
集まった人々が、褒められた喜びを表すように手を振っている。リョーシィは妖艶な微笑みを返した。
「――が、しかし。まだちと足りぬものもあるようじゃ。誰もが努力を認められてこそ、皆が幸せになれるはずなのに……その仕組みがない。どれだけ努力しても認められない女たちがおる。残念で悲しいことだ。今のままでは努力を諦める者、努力もせず怠ける者でブロンテは溢れてしまうじゃろう」
広場からどよめきが上がり、人々は不安そうな顔を見せたが、リョーシィは気にすることもなくルルシェの腕を握ってぐいっと上に挙げる。
「案ずるな。この者――ルルシェこそが、そなたらを導く鍵となるであろう!」
リョーシィの視線を受け、ルルシェは一歩前へ進み出た。深く息を吸い込み、声を張り上げる。
「皆さん。陛下は今、性別に関係なく爵位と領地を継承できる法案を通すために尽力されています。この国の未来を見据えた上で、必要な法案だと判断されたのです。可決されれば、商人にも町民にも、あらゆる人たちに良い影響をもたらすことでしょう。努力は報われるのだと、国中に伝わることでしょう」
どこからか、「ルルシェさまぁー!」、「お姉さまー!」と叫ぶ声が聞こえた。カサンドラ達が声援してくれている。
ルルシェはもう一度息を吸い込み、腹の底にぐっと力を込めて叫んだ。
「どうか、皆さんの力を貸してください。女性も男性も輝ける国にするために、よろしくお願いします!」
ワァーッという大きな歓声と、空気がびりびり震えるような拍手が響く。ルルシェとリョーシィは熱気に応えるように手を振り続けた。護衛の騎士たちがたじろぐほどの熱さであった。
そして数日後の議会では、王宮の外に集まった人々からずっと法案を通せという声が上がり続けた。反対していた議員も世論の強さに負け、とうとう賛成多数で可決されたのだった。
いよいよ明日が演説という日、ルルシェはリョーシィの原稿を見せてもらっていた。達筆な字がずらりと並ぶ見事な原稿だ。姫はペンよりも筆のほうが得意らしい。
ルルシェの言葉を聞いたリョーシィは「うむ」と頷き、お茶をごくりと飲む。
「我は元々、ケイトリン先生に会いに来ただけじゃからな。そろそろ国へ戻らぬと、姉さまも大変だろうて」
リョーシィの姉フラーミャは女帝であり、二人は今までずっと支えあって国政を担ってきた。あまりにも仲が良いので、婚期が遅れると家臣が嘆いているという噂だ。大小の差はあれど、どこの国でも心配は尽きない。
(あれ? 婚約の話はどうなったんだろ?)
ルルシェは酔っ払った夜の出来事をあまり覚えておらず、いまだに二人は婚約すると思い込んでいる。が、リョーシィはイグニスから全ての事情を聞いていたので、ルルシェの疑問を嗅ぎ取りニヤリと笑った。
「安心せい。我とイグニスは婚約などせぬ。ひとの恋路を邪魔すると馬に蹴られるからのう」
「は……はあ」
恋路――イグニスのだろうか。という事は、彼には想いを寄せる女性がいるのだ。
気づいた瞬間、胸がずきっと痛んで顔が歪む。口からは勝手にため息がもれた。どれだけ心を騙そうと、体は正直に反応してルルシェに本心を伝えている。
(こうして胸が痛かったり、婚約しないと聞いてホッとしたりするんだから……私はイグニス様が好きなんだよね、多分)
だから酔っ払った夜、彼と二人で過ごせて幸せだったのだろう。
しかし“ほしかった物が手に入った”と感じたのは何だったのか。「おまえのものだよ」という言葉を聞いたような気もするのに、どうもはっきりと思い出せない。
(あとひと月か……)
一ヶ月後にはメイドとして働く期間を終える。その時に法案が通っていたら、スタレートンに帰ろう。
イグニスの努力を無駄にしたくないし、もう充分しあわせな時間を過ごしたのだから満足だ。最後に気持ちだけ伝えて王宮を後にしよう。
翌日の昼下がり。隙間がないほど人で埋め尽くされた王都の中央広場に、二人の美女が現れた。
一人は艶やかな長い黒髪の、黄金の瞳がきらめく神々しい美女。そしてもう一人は、月の光を思わせる紫銀の髪と深い海のような瞳を持つ、中性的な美貌の女性だ。
広場を囲むように建つ店の屋上から、支援者である令嬢たちが花びらを巻いている。花びらは風に乗り、広場全体にひらひらと降り注いだ。若い世代が多く集まっている様子だ。
リョーシィとルルシェは手を繋ぎ、空いた方の手を振りながら壇上へ上がる。彼女らの姿を目にした人々は「リョーシィ様!」、「ルルシェ様!」と叫び、広場は熱気に包まれた。
しかしリョーシィが演説をする直前、ピタリと声援はやんで一気に静まり返る。
「皆のもの、よく集まってくれた。我はカイ帝国の第一王女、リョーシィである」
わあっと、再び歓声があがる。リョーシィは手を振ってそれに応え、しばらくしてまたシンと静かになった。
「ここブロンテ王国が興ってから、二千年の時が流れた。民は懸命に、そして勤勉に働いて国を支え、今のように豊かなブロンテとなった。我もカイの民の一人として、隣人が健やかで逞しくあることに感謝しておる。ブロンテが健在であるのは、そなたら民たちの努力の賜物じゃ」
集まった人々が、褒められた喜びを表すように手を振っている。リョーシィは妖艶な微笑みを返した。
「――が、しかし。まだちと足りぬものもあるようじゃ。誰もが努力を認められてこそ、皆が幸せになれるはずなのに……その仕組みがない。どれだけ努力しても認められない女たちがおる。残念で悲しいことだ。今のままでは努力を諦める者、努力もせず怠ける者でブロンテは溢れてしまうじゃろう」
広場からどよめきが上がり、人々は不安そうな顔を見せたが、リョーシィは気にすることもなくルルシェの腕を握ってぐいっと上に挙げる。
「案ずるな。この者――ルルシェこそが、そなたらを導く鍵となるであろう!」
リョーシィの視線を受け、ルルシェは一歩前へ進み出た。深く息を吸い込み、声を張り上げる。
「皆さん。陛下は今、性別に関係なく爵位と領地を継承できる法案を通すために尽力されています。この国の未来を見据えた上で、必要な法案だと判断されたのです。可決されれば、商人にも町民にも、あらゆる人たちに良い影響をもたらすことでしょう。努力は報われるのだと、国中に伝わることでしょう」
どこからか、「ルルシェさまぁー!」、「お姉さまー!」と叫ぶ声が聞こえた。カサンドラ達が声援してくれている。
ルルシェはもう一度息を吸い込み、腹の底にぐっと力を込めて叫んだ。
「どうか、皆さんの力を貸してください。女性も男性も輝ける国にするために、よろしくお願いします!」
ワァーッという大きな歓声と、空気がびりびり震えるような拍手が響く。ルルシェとリョーシィは熱気に応えるように手を振り続けた。護衛の騎士たちがたじろぐほどの熱さであった。
そして数日後の議会では、王宮の外に集まった人々からずっと法案を通せという声が上がり続けた。反対していた議員も世論の強さに負け、とうとう賛成多数で可決されたのだった。
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