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40 成し遂げたいこと
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翌日の午後。
ルルシェはメイド長に手伝ってもらってドレスに着替えた。昨夜用意してもらったふわふわしたドレスだ。色は珊瑚のような淡いコーラルピンクで、ブラウンの髪にも合っている。
細心の注意を払い、念のためメイド長に化粧してもらった。睫毛の色まで変えたし、少し濃い目の紅も塗った。
(これで気づいたら本物の変態だと思う。むしろ褒めたいぐらいだわ)
晩餐会は壮観だった。夜会として使われた大広間にいくつもテーブルが並び、各国の賓客が席について食事を楽しんでいる。
いちばん奥の席には戴冠をすませたイグニスが堂々と座り、正装した彼は誰もが見とれるほどの美男だった。長年そばにいたルルシェから見ても格好いいと思う――中身はともかく。
ルルシェは料理の名前や使われている素材などを説明し、足りない食器やカトラリーを運ぶのに大忙しだ。大皿から取り分けて食べる習慣のない客には個別で料理を用意せねばならず、誰に何の料理を届けるのか間違えないように気を張り詰めていた。
ひと段落して飲み物を口にしていると、遠くから視線を感じる。
(いやまさか。ここで私を知る人は誰もいないはずのに……化粧だってしてるのに)
ルルシェは視線を無視し、そちらは絶対に見ないようにした。目なんか絶対に合わせてあげない。昨日の出来事があって今日も視線を合わせてしまったら、「お探しの女は私です」と白状するようなものだ。
(大体なんで、四ヶ月も前に城を出た女を捜してるわけ? まだ怒ってるの? まあ確かに恨まれるような事はしちゃったけど……)
そう考えると、彼の恨みつらみを聞くぐらいはすべきかもしれない。でも今のルルシェはなんの身分もなく、自分からイグニスの前に姿を出すわけにもいかず……。
晩餐は夜遅くまで続き、後片付けを終えてから会場を後にする。もう全ての貴人が部屋に戻ったはずだ。ルルシェも部屋へ戻るために歩き出したが、体のほてりを冷ますために一旦庭へ出ることにした。
休憩のときに貰った飲み物に酒が混ざっていたのだ。
果実の絞り汁と合わせてあったから強い酒ではなかったが、初めて飲んだルルシェには充分な威力だった。顔も体も熱く、このまま入浴したらのぼせそうな気がする。
秋の心地よい風の中を、城の輪郭に沿ってゆっくりと歩いた。庭の中をうろうろしたら騎士に咎められると思ったのだ。しかし数分後には、庭の中に入ればよかったと後悔することになった。
――ザザッ!
「……!?」
体のほてりが消えたので戻ろうと思ったのに、いきなり上のバルコニーから誰かが飛び降りてきたのである。
ルルシェは不審者に対抗するために体勢をととのえ、とりあえず蹴りをお見舞いしようとしたが、低い声が「待て、俺だ」と小さく呟く。暗がりで目を凝らすと、なんとイグニスであった。
「な、なにやってんですか……」
「その声と口調、やっぱりおまえなんだな。昨日気になった女がバルコニーから見えたから、話をしようと思って……」
(あ、しまった。国王が突拍子も無いことをしたせいで素に戻っちゃった)
が、今さらいいかという気もする。イグニスに謝らなければと思っていたから。
ルルシェは騎士がするように片膝をつき、イグニスに謝罪した。
「でん……陛下。四ヶ月前、騙して姿を消してしまい、申し訳ありませんでした」
殿下ではなく陛下になったイグニスは、何を言うこともなくじっとルルシェを見ている。やがて彼はゆっくりと歩み寄り、ルルシェの頭からカツラとメガネを取った。
「……ずっと会いたかった。俺も……おまえに謝ろうと思っていたんだ」
手を引かれ、吸い込まれるようにイグニスの腕の中におさまる。懐かしい香りと感触に、ルルシェは目を閉じて彼の胸板に頬を寄せた。ずっとそばにいた人だから、なんだか安心する。
「どうして僕に……私に謝りたいんですか?」
「その……おまえは未婚の令嬢なのに、俺が、き……傷物に、してしまったから…………」
ものすごく言いにくそうに話す。ルルシェはぷっと笑い出し「そんなこと」とつぶやいたが、イグニスの表情は真剣そのものだ。
「どうしても成し遂げたいことがあるんだ。もし全てがうまく行ったら、その時は……」
――その時は?
ルルシェは次の言葉を待った。しかしいつまで待ってもイグニスは黙したままルルシェを見ているだけで、続きを聞かせるつもりは無さそうである。
うすく開いた唇が近づき、ルルシェは自然と目を閉じた。本当は拒んだ方がいいだろうと、拒まなければ駄目なのだと分かっているが、切なそうなイグニスを見ていると拒否できない。甘やかしているだろうか。
ルルシェはメイド長に手伝ってもらってドレスに着替えた。昨夜用意してもらったふわふわしたドレスだ。色は珊瑚のような淡いコーラルピンクで、ブラウンの髪にも合っている。
細心の注意を払い、念のためメイド長に化粧してもらった。睫毛の色まで変えたし、少し濃い目の紅も塗った。
(これで気づいたら本物の変態だと思う。むしろ褒めたいぐらいだわ)
晩餐会は壮観だった。夜会として使われた大広間にいくつもテーブルが並び、各国の賓客が席について食事を楽しんでいる。
いちばん奥の席には戴冠をすませたイグニスが堂々と座り、正装した彼は誰もが見とれるほどの美男だった。長年そばにいたルルシェから見ても格好いいと思う――中身はともかく。
ルルシェは料理の名前や使われている素材などを説明し、足りない食器やカトラリーを運ぶのに大忙しだ。大皿から取り分けて食べる習慣のない客には個別で料理を用意せねばならず、誰に何の料理を届けるのか間違えないように気を張り詰めていた。
ひと段落して飲み物を口にしていると、遠くから視線を感じる。
(いやまさか。ここで私を知る人は誰もいないはずのに……化粧だってしてるのに)
ルルシェは視線を無視し、そちらは絶対に見ないようにした。目なんか絶対に合わせてあげない。昨日の出来事があって今日も視線を合わせてしまったら、「お探しの女は私です」と白状するようなものだ。
(大体なんで、四ヶ月も前に城を出た女を捜してるわけ? まだ怒ってるの? まあ確かに恨まれるような事はしちゃったけど……)
そう考えると、彼の恨みつらみを聞くぐらいはすべきかもしれない。でも今のルルシェはなんの身分もなく、自分からイグニスの前に姿を出すわけにもいかず……。
晩餐は夜遅くまで続き、後片付けを終えてから会場を後にする。もう全ての貴人が部屋に戻ったはずだ。ルルシェも部屋へ戻るために歩き出したが、体のほてりを冷ますために一旦庭へ出ることにした。
休憩のときに貰った飲み物に酒が混ざっていたのだ。
果実の絞り汁と合わせてあったから強い酒ではなかったが、初めて飲んだルルシェには充分な威力だった。顔も体も熱く、このまま入浴したらのぼせそうな気がする。
秋の心地よい風の中を、城の輪郭に沿ってゆっくりと歩いた。庭の中をうろうろしたら騎士に咎められると思ったのだ。しかし数分後には、庭の中に入ればよかったと後悔することになった。
――ザザッ!
「……!?」
体のほてりが消えたので戻ろうと思ったのに、いきなり上のバルコニーから誰かが飛び降りてきたのである。
ルルシェは不審者に対抗するために体勢をととのえ、とりあえず蹴りをお見舞いしようとしたが、低い声が「待て、俺だ」と小さく呟く。暗がりで目を凝らすと、なんとイグニスであった。
「な、なにやってんですか……」
「その声と口調、やっぱりおまえなんだな。昨日気になった女がバルコニーから見えたから、話をしようと思って……」
(あ、しまった。国王が突拍子も無いことをしたせいで素に戻っちゃった)
が、今さらいいかという気もする。イグニスに謝らなければと思っていたから。
ルルシェは騎士がするように片膝をつき、イグニスに謝罪した。
「でん……陛下。四ヶ月前、騙して姿を消してしまい、申し訳ありませんでした」
殿下ではなく陛下になったイグニスは、何を言うこともなくじっとルルシェを見ている。やがて彼はゆっくりと歩み寄り、ルルシェの頭からカツラとメガネを取った。
「……ずっと会いたかった。俺も……おまえに謝ろうと思っていたんだ」
手を引かれ、吸い込まれるようにイグニスの腕の中におさまる。懐かしい香りと感触に、ルルシェは目を閉じて彼の胸板に頬を寄せた。ずっとそばにいた人だから、なんだか安心する。
「どうして僕に……私に謝りたいんですか?」
「その……おまえは未婚の令嬢なのに、俺が、き……傷物に、してしまったから…………」
ものすごく言いにくそうに話す。ルルシェはぷっと笑い出し「そんなこと」とつぶやいたが、イグニスの表情は真剣そのものだ。
「どうしても成し遂げたいことがあるんだ。もし全てがうまく行ったら、その時は……」
――その時は?
ルルシェは次の言葉を待った。しかしいつまで待ってもイグニスは黙したままルルシェを見ているだけで、続きを聞かせるつもりは無さそうである。
うすく開いた唇が近づき、ルルシェは自然と目を閉じた。本当は拒んだ方がいいだろうと、拒まなければ駄目なのだと分かっているが、切なそうなイグニスを見ていると拒否できない。甘やかしているだろうか。
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