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6 少し太ったか?(禁句)
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昼食を終えた二人は城に戻るため再び馬にまたがった。道の両脇にずらりと並んだ村人たちに手を振り、もと来た道を引き返す。
村を出て森に入った途端、頬に雨が当たった。雨あしは徐々に強くなり、滝のような激しさになった時、先を進んでいたイグニスが大声で叫んだ。
「どこかで雨宿りしよう。この中を進むのは危険だ」
「はい!」
イグニスのあとに続いて大木の下に入ると、急に静かになったように感じた。雨がマントに当たる音は意外と大きいのだ。
クロウとシャテーニュの手綱を木の枝に結び、マントのフードを脱ぐとザザッと水滴が流れ落ちる。
「わあ、すごい水の量」
「髪まで濡れてるじゃないか。ほら」
イグニスがクロウにつけていた荷物から布を取って、ルルシェの頭をわしわしと拭いてくる。僕は子供じゃないんですけど?と思ったが黙って耐えた。
「ありがとうございます。お陰で髪がぼさぼさになりました」
「……濡れてたんだから仕方ないだろ。俺が髪をくくってやるから怒るなよ」
「結構です、自分でやります」
「いいから」
イグニスには二つ年下の妹がいる。公爵になる前は妹姫の髪を結い上げたり爪を磨いたりして、大層可愛がっていたらしい。姫は三年前に他国の王族へ嫁いでしまったから、ルルシェを代用品にしているのかもしれない。
長い指でルルシェの髪のリボンをほどき、もう一度丁寧に髪をまとめてリボンを結んでいる。
「ありがとうござ……むぐ」
終わったかと思って振り向いたら、イグニスのごつごつした手が頬に食い込んだ。王子はなぜか無表情のままルルシェの頬を指で押してくる。
「おまえ……少し太ったか? 頬がぷにぷにしているぞ」
(この野郎、失礼なことを堂々と言うな!)
こめかみを怒りでぴくぴくさせながら、暴言を吐きたい衝動をこらえる。でも今は周りに誰もいないし、少しぐらいいいかなという気も――いやいや、駄目でしょ。落ち着こう。
はあ、とため息をついたところで、王子は更なる失言をした。
「おまえが女だったらなあ……」
「なんですって?」
ルルシェは自分が女顔だということを非常に気にしている。子供の頃から貴族のボンボンたちに馬鹿にされてきたが、その度に返り討ちにしてきた。
イグニスだって先日の決闘を見ていたくせに、この期に及んで何を言うのか。
ルルシェの怒りに気づいたのか、イグニスは小声で「なんでもない」と呟いた。王子が本気になればルルシェの怒りなど簡単に押さえ込めるだろうけど、今の発言が失敗だったという認識はあるらしい。しょうがないから許してあげよう。
(それにしても、女が苦手という割に「女だったらなあ」と言うのは何なの。わけ分かんないんですけど。女っぽくない僕なら大丈夫という意味?)
イグニスは女性と出会っても、自分からは絶対に近づこうとしないし、「女だ」と認識した相手にふれると蕁麻疹でも出るのか。気でも失うのか。
ドレスを着ていると駄目だとか、化粧をしていると駄目だとか――なにか要素があるはずだ。ただ、化粧もせずドレスも着ていない女性がいるのかと言われると……そんな人いるのかと。
(ああ、面倒くさい。なんて面倒くさい王子さまだろ)
でもとにかく、イグニスには結婚してもらわなくては。
公爵の妻となる令嬢であれば、侍女やメイドを大勢つれて来るだろう。城も賑やかになるだろうし、その頃にさりげなく公爵領を離れて伯爵家に帰りたい。
父も母も心配している。これ以上あの二人に心労をかけたくないのだ。ルルシェひとり城から消えたところで、誰も気にしないだろう。
「雨が上がったな。城に帰ろう」
「はい」
シャテーニュと一緒に道を駆けながら、来月から社交シーズンが始まることを思い出した。次の夜会では真面目に王子好みの女性を探してみよう。イグニスに任せていたらいつまでたっても結婚しそうにないし、ルルシェがお見合い相手を探してあげるぐらいの意気込みでいた方がいいかもしれない。
(殿下には、思いっきりお洒落してもらわなくちゃ。いつも黒の礼服だから、たまには別の色にしたらどうかな。首に巻くタイもシンプルな物じゃなくて、クラヴァットみたいな豪華な布にするとか――。あ、殿下の瞳に合わせて、真紅の耳飾りをつけてもいいかも)
服装のことを考えているうちに日が暮れ、茜色に光る荘厳な城が見えてくる。ルルシェはイグニスに続いて跳ね橋を渡り、城の中へ入って行った。
村を出て森に入った途端、頬に雨が当たった。雨あしは徐々に強くなり、滝のような激しさになった時、先を進んでいたイグニスが大声で叫んだ。
「どこかで雨宿りしよう。この中を進むのは危険だ」
「はい!」
イグニスのあとに続いて大木の下に入ると、急に静かになったように感じた。雨がマントに当たる音は意外と大きいのだ。
クロウとシャテーニュの手綱を木の枝に結び、マントのフードを脱ぐとザザッと水滴が流れ落ちる。
「わあ、すごい水の量」
「髪まで濡れてるじゃないか。ほら」
イグニスがクロウにつけていた荷物から布を取って、ルルシェの頭をわしわしと拭いてくる。僕は子供じゃないんですけど?と思ったが黙って耐えた。
「ありがとうございます。お陰で髪がぼさぼさになりました」
「……濡れてたんだから仕方ないだろ。俺が髪をくくってやるから怒るなよ」
「結構です、自分でやります」
「いいから」
イグニスには二つ年下の妹がいる。公爵になる前は妹姫の髪を結い上げたり爪を磨いたりして、大層可愛がっていたらしい。姫は三年前に他国の王族へ嫁いでしまったから、ルルシェを代用品にしているのかもしれない。
長い指でルルシェの髪のリボンをほどき、もう一度丁寧に髪をまとめてリボンを結んでいる。
「ありがとうござ……むぐ」
終わったかと思って振り向いたら、イグニスのごつごつした手が頬に食い込んだ。王子はなぜか無表情のままルルシェの頬を指で押してくる。
「おまえ……少し太ったか? 頬がぷにぷにしているぞ」
(この野郎、失礼なことを堂々と言うな!)
こめかみを怒りでぴくぴくさせながら、暴言を吐きたい衝動をこらえる。でも今は周りに誰もいないし、少しぐらいいいかなという気も――いやいや、駄目でしょ。落ち着こう。
はあ、とため息をついたところで、王子は更なる失言をした。
「おまえが女だったらなあ……」
「なんですって?」
ルルシェは自分が女顔だということを非常に気にしている。子供の頃から貴族のボンボンたちに馬鹿にされてきたが、その度に返り討ちにしてきた。
イグニスだって先日の決闘を見ていたくせに、この期に及んで何を言うのか。
ルルシェの怒りに気づいたのか、イグニスは小声で「なんでもない」と呟いた。王子が本気になればルルシェの怒りなど簡単に押さえ込めるだろうけど、今の発言が失敗だったという認識はあるらしい。しょうがないから許してあげよう。
(それにしても、女が苦手という割に「女だったらなあ」と言うのは何なの。わけ分かんないんですけど。女っぽくない僕なら大丈夫という意味?)
イグニスは女性と出会っても、自分からは絶対に近づこうとしないし、「女だ」と認識した相手にふれると蕁麻疹でも出るのか。気でも失うのか。
ドレスを着ていると駄目だとか、化粧をしていると駄目だとか――なにか要素があるはずだ。ただ、化粧もせずドレスも着ていない女性がいるのかと言われると……そんな人いるのかと。
(ああ、面倒くさい。なんて面倒くさい王子さまだろ)
でもとにかく、イグニスには結婚してもらわなくては。
公爵の妻となる令嬢であれば、侍女やメイドを大勢つれて来るだろう。城も賑やかになるだろうし、その頃にさりげなく公爵領を離れて伯爵家に帰りたい。
父も母も心配している。これ以上あの二人に心労をかけたくないのだ。ルルシェひとり城から消えたところで、誰も気にしないだろう。
「雨が上がったな。城に帰ろう」
「はい」
シャテーニュと一緒に道を駆けながら、来月から社交シーズンが始まることを思い出した。次の夜会では真面目に王子好みの女性を探してみよう。イグニスに任せていたらいつまでたっても結婚しそうにないし、ルルシェがお見合い相手を探してあげるぐらいの意気込みでいた方がいいかもしれない。
(殿下には、思いっきりお洒落してもらわなくちゃ。いつも黒の礼服だから、たまには別の色にしたらどうかな。首に巻くタイもシンプルな物じゃなくて、クラヴァットみたいな豪華な布にするとか――。あ、殿下の瞳に合わせて、真紅の耳飾りをつけてもいいかも)
服装のことを考えているうちに日が暮れ、茜色に光る荘厳な城が見えてくる。ルルシェはイグニスに続いて跳ね橋を渡り、城の中へ入って行った。
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