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キュートなSF、悪魔な親友
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「田村、田村、ちょっといい?」
プレゼン資料作成という田村の最も苦手な仕事を自席のPC前で呻りながら片付けていると、志麻から声をかけられた。
「何スかー?」
志麻がコソコソと「ちょいちょい、あっち行こ」と手を引いて廊下に出る。
その仕草が可愛いなーなんて、思っているけれど口には絶対に出せない。
非常階段という、人気のない場所に連れ込まれて首を傾げると。
「田村さあ、アレ、気付いた?」
志麻の表情は、照れを含んでいながらも少し訝っているような複雑なもので。
声を潜めながら訊いてくるその言葉の意味がわからなかったので、
「アレって?」と素直に返した。
「かぐちゃんの首筋」
物凄い角度から入ってきた弾丸をまともに食らってしまう。
「いや、さ。ギリギリ見えるか見えないかって感じのトコに、あるんだよねー。で、たまたまなんだけど、かぐちゃんがいつもみたいに堀さんにじゃれて首伸ばしてる時に、見えちゃって」
自分の責任である。
見えない場所ならともかく、そんな際どい場所に衝動的に付けてしまった自分が悪いのは、わかっている。
しかも、翌日それに気付いた鹿倉が、くふくふと笑いながら“やっちゃったねえ”なんてそれを指でなぞっているその姿にすら、アレが疼いたのも事実で。
「前さー、かぐちゃん、今はフリーって話してたから。ちょっとびっくりしちゃって」
「…………」
内心焦って何も返せないでいる田村が、ただただ驚いているだけだと志麻は受け取ったようで。
「あ、ごめん。田村も知らなかった? 鹿倉に彼女できたとか、そーゆー話、しないの?」
「いや、あ、うん、しないっス」
これはもう、知らないで通すのみである。
「全然いんだけどね。かぐちゃん、絶対モテるだろうし、すぐ彼女なんてできるだろうし、たまたま俺と話した時にフリーだっただけなのかもしれないけど。なんかちょっと、寂しいなーって」
「え? 寂しいっスか?」
「うん。だって、冗談だけど付き合おうよーなんて可愛く言ってくれてたからね、かぐちゃん」
「えっ! 志麻さん、かぐのこと好きだったんスか?」
驚いてまじめに問うと、鹿倉のようなくふくふ笑いが返って来た。
「みんな好きでしょー、かぐちゃん。かーわいいもんねえ」
結構おふざけ体質なのは鹿倉と似ている。
二人して、綺麗な顔して田村を玩具のように弄ぶのだ。
「志麻さんー?」
「いやしかし、なかなか情熱的な彼女みたいだねー。見つけた瞬間ちょっと照れちゃったよ。あと俺、そーゆー話全然気付かないからさー、俺だけ知らないのかなーと、ちょっと寂しくなっちゃったし」
「……あ、そっちね」
「そかそか、田村も知らないんだったら、そりゃ俺も気付かないフリしておいてあげないとね」
志麻は久々に色っぽい話を誰よりも先に気付いたことが嬉しかったらしく、噛みしめるように頷いた。
「あー、彼女、ねえ」
「何? 田村もヤけちゃう? だってずっと一緒にいるでしょ?」
「いや、まあでも、親友だから」
「お祝いしたげる?」
「そっスねー。ほんとに彼女できたんだったら」
そんなことは有り得ない、と思ったが、じゃあ「彼氏」ならどうだろうか、と。
少し戸惑う。いつだって、自分に彼女がいる時は恐らく誰かに抱かれているわけで。でもそれを田村には全く見せなかったし、実際そんな相手のことをじっくりと想っているなんて様子はなかった。
それに鹿倉が体だけの関係を誰かと結んでいても何も気にならなかったし、当然そのことをこちらから追求したこともない。
けれど。
堀と鹿倉がまさか、なんて思った瞬間だけは。何故かひどく自分の中に嫉妬心が生まれたのは確かで。思わずキスマークなんて付けてしまったのも、どこかで堀の元へ行って欲しくないという独占欲が掠めたからだろうし。
「田村?」
急に黙ってしまった田村に、志麻が訝って問う。
「あ、いや。うん。今度話聞いてみますよ。それまで一応、他の人には黙っててやって下さい」
「もちろん、もちろん。プライベートは守ってあげないとね」
「うん……あ」
「ん?」
「志麻さんは、彼女、いないんスか?」
「あれ? かぐちゃんから聞いてない? ほんと、恋バナ、しないんだねーキミら」
「しないっス、基本的に」
「そっか。残念ながら俺も今フリー。かぐちゃんの代わりに、たむちゃんに付き合って貰おうかな?」
「またそーやってふざける。本気にしますよ?」
「してしてー。俺、たむちゃんでもイける気がする」
「しなくていいです」
さすがに騙されないぞ、と田村が口を尖らせて言うと志麻はくふくふと鼻の奥で笑った。
ほんとに好きだけど、だからこそわかる。志麻が自分に対してそういう気持ちなんて全くないことが。
「フられちゃったよー、残念」
「フってません。そんなことより、来週のプレゼン資料作るの、手伝って下さいよー」
これ以上不毛なやり取りをしていても、恐らくまた自分が弄ばれるだけなので話を変えた。
「えー? こないだアウトラインちゃんと出来てたでしょ? あのまま、具体的なプランをいくつか出して肉付けしたらすぐ出来るハズだよ?」
「簡単に言わないで下さいよ」
「じゃ、とりあえず今できてるトコまででいいから、俺にも見せて」
話が仕事に戻ったので、非常階段という人気のない場所から廊下に出ると、そのまま資料作成をするべく自席へ戻った。
プレゼン資料作成という田村の最も苦手な仕事を自席のPC前で呻りながら片付けていると、志麻から声をかけられた。
「何スかー?」
志麻がコソコソと「ちょいちょい、あっち行こ」と手を引いて廊下に出る。
その仕草が可愛いなーなんて、思っているけれど口には絶対に出せない。
非常階段という、人気のない場所に連れ込まれて首を傾げると。
「田村さあ、アレ、気付いた?」
志麻の表情は、照れを含んでいながらも少し訝っているような複雑なもので。
声を潜めながら訊いてくるその言葉の意味がわからなかったので、
「アレって?」と素直に返した。
「かぐちゃんの首筋」
物凄い角度から入ってきた弾丸をまともに食らってしまう。
「いや、さ。ギリギリ見えるか見えないかって感じのトコに、あるんだよねー。で、たまたまなんだけど、かぐちゃんがいつもみたいに堀さんにじゃれて首伸ばしてる時に、見えちゃって」
自分の責任である。
見えない場所ならともかく、そんな際どい場所に衝動的に付けてしまった自分が悪いのは、わかっている。
しかも、翌日それに気付いた鹿倉が、くふくふと笑いながら“やっちゃったねえ”なんてそれを指でなぞっているその姿にすら、アレが疼いたのも事実で。
「前さー、かぐちゃん、今はフリーって話してたから。ちょっとびっくりしちゃって」
「…………」
内心焦って何も返せないでいる田村が、ただただ驚いているだけだと志麻は受け取ったようで。
「あ、ごめん。田村も知らなかった? 鹿倉に彼女できたとか、そーゆー話、しないの?」
「いや、あ、うん、しないっス」
これはもう、知らないで通すのみである。
「全然いんだけどね。かぐちゃん、絶対モテるだろうし、すぐ彼女なんてできるだろうし、たまたま俺と話した時にフリーだっただけなのかもしれないけど。なんかちょっと、寂しいなーって」
「え? 寂しいっスか?」
「うん。だって、冗談だけど付き合おうよーなんて可愛く言ってくれてたからね、かぐちゃん」
「えっ! 志麻さん、かぐのこと好きだったんスか?」
驚いてまじめに問うと、鹿倉のようなくふくふ笑いが返って来た。
「みんな好きでしょー、かぐちゃん。かーわいいもんねえ」
結構おふざけ体質なのは鹿倉と似ている。
二人して、綺麗な顔して田村を玩具のように弄ぶのだ。
「志麻さんー?」
「いやしかし、なかなか情熱的な彼女みたいだねー。見つけた瞬間ちょっと照れちゃったよ。あと俺、そーゆー話全然気付かないからさー、俺だけ知らないのかなーと、ちょっと寂しくなっちゃったし」
「……あ、そっちね」
「そかそか、田村も知らないんだったら、そりゃ俺も気付かないフリしておいてあげないとね」
志麻は久々に色っぽい話を誰よりも先に気付いたことが嬉しかったらしく、噛みしめるように頷いた。
「あー、彼女、ねえ」
「何? 田村もヤけちゃう? だってずっと一緒にいるでしょ?」
「いや、まあでも、親友だから」
「お祝いしたげる?」
「そっスねー。ほんとに彼女できたんだったら」
そんなことは有り得ない、と思ったが、じゃあ「彼氏」ならどうだろうか、と。
少し戸惑う。いつだって、自分に彼女がいる時は恐らく誰かに抱かれているわけで。でもそれを田村には全く見せなかったし、実際そんな相手のことをじっくりと想っているなんて様子はなかった。
それに鹿倉が体だけの関係を誰かと結んでいても何も気にならなかったし、当然そのことをこちらから追求したこともない。
けれど。
堀と鹿倉がまさか、なんて思った瞬間だけは。何故かひどく自分の中に嫉妬心が生まれたのは確かで。思わずキスマークなんて付けてしまったのも、どこかで堀の元へ行って欲しくないという独占欲が掠めたからだろうし。
「田村?」
急に黙ってしまった田村に、志麻が訝って問う。
「あ、いや。うん。今度話聞いてみますよ。それまで一応、他の人には黙っててやって下さい」
「もちろん、もちろん。プライベートは守ってあげないとね」
「うん……あ」
「ん?」
「志麻さんは、彼女、いないんスか?」
「あれ? かぐちゃんから聞いてない? ほんと、恋バナ、しないんだねーキミら」
「しないっス、基本的に」
「そっか。残念ながら俺も今フリー。かぐちゃんの代わりに、たむちゃんに付き合って貰おうかな?」
「またそーやってふざける。本気にしますよ?」
「してしてー。俺、たむちゃんでもイける気がする」
「しなくていいです」
さすがに騙されないぞ、と田村が口を尖らせて言うと志麻はくふくふと鼻の奥で笑った。
ほんとに好きだけど、だからこそわかる。志麻が自分に対してそういう気持ちなんて全くないことが。
「フられちゃったよー、残念」
「フってません。そんなことより、来週のプレゼン資料作るの、手伝って下さいよー」
これ以上不毛なやり取りをしていても、恐らくまた自分が弄ばれるだけなので話を変えた。
「えー? こないだアウトラインちゃんと出来てたでしょ? あのまま、具体的なプランをいくつか出して肉付けしたらすぐ出来るハズだよ?」
「簡単に言わないで下さいよ」
「じゃ、とりあえず今できてるトコまででいいから、俺にも見せて」
話が仕事に戻ったので、非常階段という人気のない場所から廊下に出ると、そのまま資料作成をするべく自席へ戻った。
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