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キュートなSF、悪魔な親友
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「うわー、たむちゃん、いいトコ住んでるねえ」
田村家に「お邪魔しまーす」と言って一歩踏み入れた志麻のその言葉に、鹿倉は
「でしょでしょ。俺が入り浸ってるの、わかるでしょ?」と我が家のごとくリビングのソファにダイブしながら答えた。
会社近くのいつもの居酒屋で呑んでいた田村と志麻に合流した鹿倉が、そのまま三人で田村の家へと誘ったのである。
「うん、わかる。あ、猫いるんだー」
寝室にいたらしいソラがチリチリと首輪の鈴を鳴らしながらリビングに来ると、初対面だというのに志麻の足元に擦り寄る。
「うわ、すごいなつっこい」
「おまえなー、ソラ。ちっとは人見知りしろよ」
田村が抱き上げながら言うと、
「無理無理。ソラちゃん誰にでも愛想振りまくもん。ねー」
ソファからするりと降りてラグの上にあぐらをかき、ソファを枕のようにして鹿倉がくふくふと笑う。
「志麻さん、ビールでいい?」
抱いていたソラを志麻に渡し、田村が冷蔵庫を開ける。
「あ、そー言えばコンビニに寄れば良かったね」
「いや、ビールならいくらでも入ってるからいいっスよ。簡単なつまみ作るんで、あっちでかぐと呑んでて下さい」
そう言った田村がすぐにエプロンを付けてキッチンに立ってしまったので、ソファで手招きしている鹿倉の元へと志麻がソラとビールを抱えて向かった。
「俺、明太子入った卵焼き食いたい」
当たり前のように鹿倉がキッチンの田村に強請る。田村も慣れたもので、「はいよ」とだけ返事をするとすぐに調理にかかった。
「……ほんと何もしないんだね、かぐちゃん」
「しないしない。田村の作るメシちょー旨いし。いいヨメでしょ?」
ばちん、と可愛くウインクして鹿倉が言うと、志麻が「いいねえ」とビールを開けた。
「たむちゃん、お先」
「どーぞー」
二人で「おつ」と缶をぶつけて口を付ける。
「ほんとに一人暮らし?」
「ソラと二人暮らし。寂しいでしょ? だから俺が遊びに来てやってんの」
「何で上からなんだよ!」
キッチンから田村の反論が飛んでくる。
そんなやり取りを志麻が笑いながら見ていて。
「仲いいね、かぐちゃんと田村」
「えー? そおかなあ?」
「いつも一緒にいるよね」
「かぐには友達いないもんなー」
「いますー。田村のこと優先してやってるだけですー。田村だって俺以外だと笠間としかつるんでねーじゃん」
「俺だってかぐが可哀想だから優先してやってるだけですー」
二人して憎まれ口を叩いているけれど、流れている空気がじゃれているとしか思えないから。志麻がニコニコと笑いながら、
「ほんと、可愛いなーお前ら」とビールを煽った。
「可愛くねーよ、かぐは! ほい、卵焼き」
「いやったー。コレ、ちょー好き」
ソファの前にあるローテーブルに、出来立てほやほやの黄色い卵焼きを置きながら、田村が持ってきたビールを開ける。
無言で鹿倉の缶にぶつけ、
「おつです」と志麻にだけ言って。
「うわ、旨そう」
「旨いよー。ほら、志麻さんも」
箸で一口サイズにした卵焼きを、鹿倉が「あーん」と志麻に食べさせる。
わざとそんなことをして横目で田村に嗤って見せた。
「あ、ほんとだ。すげえ。ちゃんと明太子が入ってる」
「田村の作るコレ、まじ旨いっしょ? 俺、胃袋掴まれちゃってるからさー、田村から離れらんないのよ」
「わかるわかる。いやマジ、こんな旨い卵焼き初めて食ったよ。すげえな、たむちゃん」
本当に美味しそうに志麻が目をキラキラさせて言ってくれるから、田村も嬉しくなる。
「堀さんもね、田村の料理は食べてみたいって言ってたよ。ほら、あの人魚系は何でもやっちゃうけど、他は煮込み系に特化してるらしくて、こういうつまみ的なのをささっと作れるようになりたいって」
「志麻さん、堀さんの手料理よく食べるの?」
鹿倉が訊くと、
「食べたことはないなー。ただ、話聞くだけ。あの人、あんまし家に入れてくれないし」
ビールを飲みながら答えた。
田村はカウンターに置いてあった籠から酒のアテにと常備している乾き物を取り出すと、卵焼きの横に並べる。ついでに解凍した冷凍枝豆も準備してくると、志麻の右側に座った。
左利きの鹿倉は常に一番左側に座りたがるので。
「じゃあ、志麻さんちに堀さんが来たりとか?」
「来ない来ない。俺んち基本、誰も来ない。片付けとか苦手だからさー、人呼べる家じゃねーのよ」
「えー、意外。志麻さんちゃんとしてる人だと思ってた」
「そんなん言ってくれるのかぐちゃんだけだよ。堀さんも律も、俺んち汚ねーってわかってるし」
「そおかな? 志麻さんのイメージってきっちりって感じだけど?」
「仕事だけはね。ちゃんとしなきゃって思ってるから。でもプライベートはだるだる」
志麻がくふくふと笑う。と、そんな志麻を見ていた鹿倉が突然。
「あ…………よく見たらさ。志麻さんって唇、ぷるっぷるだね」
「え? そんな?」
突然何を言い出すのか、と田村が鹿倉を見た。
「そー言われてみると、かぐちゃんの唇は薄いねえ」
「でしょ? そこ行くと志麻さんの唇は、食べちゃいたくなる感じ」
鹿倉が言った瞬間、田村がその頭をはたいた。
「おま、何言ってんだよ!」
お前が言うな! と目が語っていて。鹿倉はニヤリと嗤って見せる。
「だって、ほんとにそー思ったもん」
「ははは、いいよたむちゃん。別にセクハラとか俺、言わないから」
「そーゆー問題じゃないっスよ」
志麻が唇を自分の指で触りながら笑う。
「あでも、冬とか乾燥して切れるんだよねー。かぐちゃん、何かケアとかしてる?」
「んー。薬用のリップなら、時々。でも基本的に俺も冬はよく切れてる」
「俺、いいリップ知ってますよ」
「そいえば、たむちゃんいつもリップ塗ってるよね?」
「冬は常備っスよ。どの服のポケットにも入れてるし」
「わかるー。前会議中にリップ塗っててミネさんに睨まれてなかったっけ?」
「あったねー。お前、女子か! って。でもそん時田村がさー、いえ男子です! ってバカなこと言って。あん時は爆笑だった」
三人で思い出してひとしきり笑う。
「ほんと、田村ってアホだよねー」
鹿倉が更に畳みかけるように言うと、田村が「アホじゃねえ」と不貞腐れて反論した。
「だって、あれ去年の正月だっけ? カルタやろって言いだして。二人でやることかよ、って話でしょ?」
「あれはだって、せっかく正月だし何か正月っぽいことしたいなって」
「でもさ。なぜか俺が読み札読みながら取るってことになったんだけど、もうグダグダ。この辺は俺の陣地だとかわけわかんねーこと言いだして」
しかも酒が入っていたせいで札を取っている最中に何故か散乱した絵札の上でコトを始めてしまう、という状況になってしまったこと。を、田村がふと思い出してしまい。
思わず赤面したのを鹿倉が見逃すはずもなく。
「何だよ、今更自分のおバカっぷりを恥ずかしがってんじゃねーよ」
「違うー」
「読み札読んでる間は目をつぶれってゆー無茶ほざいたよなー」
鹿倉がけらけら笑いながら言うのを、志麻さんが爆笑しながら「たむちゃんらしい」と呟く。
田村としても志麻さんの笑顔が好きだから、笑ってくれるのは嬉しい。
けど。
自分がネタにされてるのは納得いかない!
田村は笑い転げている鹿倉を羽交い絞めにした。
「おまえなあ。いつまで笑ってんだよ。俺もバラすよ、おまえの乱行」
耳元にこっそり言うと、鹿倉はいつものようにニヤリと嗤うと、
「ゆってみ? 俺にはなーんもないよーん」ぺろっと舌を出す。
またその表情が。小悪魔的に妖艶で。
「ほんっと、仲いいよなーかぐとたむちゃん」
「でしょ? らぶらぶだもんなー?」
ふざけた鹿倉が田村の頬にキスをしながら言った。
「どこがだよ!」
よりにもよって志麻さんの前で! と田村が脹れる。
「かぐちゃんが可愛いのは知ってたけど、たむちゃんも大概可愛いねえ」
「可愛いでしょ? この人、超おススメ物件なのよ。志麻さんもいる?」
おま、ふざけんなよ、と田村が睨めば睨むほどに鹿倉がニマニマと笑うから。
「黙れって。お前酔ってんだろ」
「酔ってませんー。俺が一人占めしたら勿体ないかなって、親切心だし」
「どこが親切だよ」
「俺はねー、田村の良さを皆に知ってもらいたいんだよー」
「大丈夫、大丈夫。俺もたむちゃんがイイコなのは知ってるよ、かぐちゃん」
鹿倉の首を絞めている田村の頭をポンポンと撫でながら志麻が言って。
子ども扱いされて悔しいような、でも優しい掌の感触が嬉しいような、複雑な感情で田村が眉をしかめた。
「さーて、と。もう日付変わっちゃったね。そろそろお暇しよっかな」
「え? 志麻さん泊まってかないの?」
家主でもない鹿倉が言うけれど、田村もそのつもりでいただけに少し驚いた。
「泊まんないよー、さすがに。俺、明日午後から打合せあるし」
「志麻さん帰るなら、俺も帰ろっかな」
鹿倉の言葉に田村が「おまえも?」と返した。
「うん、帰る。志麻さん、一緒に帰ろ」
「ちょい待てよ、何それ」
「ふっふっふー。志麻さんと内緒話しながら帰るから、田村はイイコでいるんだよ」
へらへら笑っている鹿倉の真意が掴めないから、田村が口を尖らせた。
「あ、片付け」
「いいのいいの。ね、田村」
「うん、それは全然いい。二人にそれは全く期待してない」
そんなことより、鹿倉がこの状況で出て行くのがあまりにも不自然で。何か企んでいるな、と思った田村としては本当は意地でも引き止めたいところだったが、そうするのは志麻の目には不自然としか見えないだろうから。
志麻がジャケットとカバンを手に持ち、玄関に向かう。鹿倉も同じように志麻の後を追うので、その腕を田村が掴んだ。
「かぐ」
「じゃね、田村」
いらないことを言うなよと言いかけた言葉を遮った鹿倉が、綺麗にウインクを決めて。
田村に不安がよぎる。というより、もはや不安しかない。
「頼むから」
「大丈夫だって。志麻さんは駅までちゃんと送り届けます」
声だけはマジ声で。でも目がふざけている。鹿倉のそれが田村には一番怖いわけで。
「違う」
「ははは、大丈夫だよー。ココ駅近いし、道わかるし」
そういう意味じゃないと叫びたくて。
そんな田村がおたおたしているのが鹿倉には可笑しくて仕方なくて。くふくふ笑いながら、
「また来るね」
と悪魔的に可愛くきゅるんとした目で言って、扉を閉めた。
「……いいの?」
有無を言わせないで田村の部屋を後にした鹿倉に、志麻が問う。
「何が?」
「鹿倉、泊まるつもりだったんじゃねーの?」
「いつも泊まってるから平気。たまには志麻さんと二人きりで話したいし」
鹿倉は志麻の手を引き、行こう、とエレベーターに乗る。
志麻が鹿倉の自宅がある駅とは逆方向に向かうから、駅までの十分くらいの時間だけ、少し話をしたいと思ったのは事実だから。
「志麻さんさー、今恋人とかいんの?」
「うわ、何? 恋バナ?」
「うん、恋バナ。あんま、しないじゃん、会社の人とかとは」
「まあね。俺もウチのチームでさえ誰に恋人がいるとか、聞いたことないから全然知らないし」
「でしょ? だから、たまにはいいじゃんって」
夜も遅いから、いくら駅が近いとは言え人通りは殆どない。
大きな都市のベッドタウンなので、電車はかなり遅くまで動いているから最終電車まではまだ時間がある。だからこそ余計に人通りがまばらなのだ。
「苦手?」
「苦手っつーか、まあ、暫くそういうのはいないからね。親にはそろそろ結婚は?なんて言われるけど」
「じゃ、フリー?」
「かっこよく言えばフリーだね。じゃあ、かぐちゃんにも切り返していい? セクハラとかにならない?」
「志麻さん、何でそこ気にするかな」
「いやいや、ほんと怖いのよ、最近は。セクハラとかパワハラとか、問題あったら上から呼び出しくらうからねえ」
「少なくとも、俺たちに対しては気にしなくていんじゃない? 俺なんて逆に完全にタメ口だし」
「お、ほんとだ。かぐちゃん、そういや誰にも敬語使ってないじゃん」
「うん、初対面のお客さんとかにはちゃんとするけど、基本的にタメ。その方が話、早いし」
鹿倉がするりと人の懐に入っていくのをいつも見ていた志麻としても、さらっとそんなことを言う鹿倉に感心した。それは何より鹿倉の人柄によるものだろうし、誰にでもできることではないだろうから。
「で?」
「ん?」
「かぐちゃんは? フリー?」
志麻が、今度は普段見せないちょっと悪い顔で問う。フリーだなんて、絶対に思っていないから。
「俺、初恋もまだだし」
顔を見せないまま、ふざけた返事をした鹿倉の腕を掴んだ。
「おいおい、それはないじゃん」
「何で?」
「こーんな可愛い顔して、嘘言うんじゃないよ」
と、顎に指をかけて上を向かされる。
「……俺、イケメンに顎クイされる宿命なのかなあ? こないだももっさんにおんなじことされたし」
「はいー?」
眉をしかめた志麻に、鹿倉がくふくふとふざけた笑いを見せた。
「ほーんと、男にしかモテないからね、俺」
「……ああ、それも、わかるなあ」
「え? マジで? なんでかなあ? こんなに逞しくてオトコクサイのに」
力こぶ。を作るけれど筋肉なんて殆どないから志麻がけらけらと笑った。
「かぐちゃんは可愛いからね。俺も、かぐちゃんならイける気がする」
「マジで? じゃあ、いっそ付き合っちゃう? 俺も志麻さん好きだよー」
「ははは。いいねえ」
絶対に本気じゃない言葉だから、鹿倉が安心して志麻の腕に自分の腕を絡めた。
「なんか、意外にイイ感じだねえ。かぐちゃん、下手な女の子より可愛いから参っちゃうね」
とりあえず人通りがないから、男同士でくっついていてもただの酔っ払いにしか見えないだけに、志麻が鹿倉の腕を振りほどくこともなく暫くくっついて歩いた。
「んじゃ、俺下り線だし。志麻さん、変な男に絡まれないように気を付けて帰るんだよー」
「いやいや、そりゃこっちのセリフでしょーが。かぐちゃんこそ、絡まれないようにな」
ふざけたまま、鹿倉が志麻に投げキスしながら手を振ると、くふくふと笑いながら下り線のホームへと消えて行くのを見送った志麻は、ふと首を傾げた。
「あれ? かぐちゃん、何か話あったんじゃなかった?」
独り言を呟いてみたけれど、鹿倉の真意なんてわかるはずもなく。
「ま、いっか」
酔っているのは確かだから、志麻も特に深く考えることもせず、鹿倉とは逆のホームへと向かい、帰路についたのだった。
田村家に「お邪魔しまーす」と言って一歩踏み入れた志麻のその言葉に、鹿倉は
「でしょでしょ。俺が入り浸ってるの、わかるでしょ?」と我が家のごとくリビングのソファにダイブしながら答えた。
会社近くのいつもの居酒屋で呑んでいた田村と志麻に合流した鹿倉が、そのまま三人で田村の家へと誘ったのである。
「うん、わかる。あ、猫いるんだー」
寝室にいたらしいソラがチリチリと首輪の鈴を鳴らしながらリビングに来ると、初対面だというのに志麻の足元に擦り寄る。
「うわ、すごいなつっこい」
「おまえなー、ソラ。ちっとは人見知りしろよ」
田村が抱き上げながら言うと、
「無理無理。ソラちゃん誰にでも愛想振りまくもん。ねー」
ソファからするりと降りてラグの上にあぐらをかき、ソファを枕のようにして鹿倉がくふくふと笑う。
「志麻さん、ビールでいい?」
抱いていたソラを志麻に渡し、田村が冷蔵庫を開ける。
「あ、そー言えばコンビニに寄れば良かったね」
「いや、ビールならいくらでも入ってるからいいっスよ。簡単なつまみ作るんで、あっちでかぐと呑んでて下さい」
そう言った田村がすぐにエプロンを付けてキッチンに立ってしまったので、ソファで手招きしている鹿倉の元へと志麻がソラとビールを抱えて向かった。
「俺、明太子入った卵焼き食いたい」
当たり前のように鹿倉がキッチンの田村に強請る。田村も慣れたもので、「はいよ」とだけ返事をするとすぐに調理にかかった。
「……ほんと何もしないんだね、かぐちゃん」
「しないしない。田村の作るメシちょー旨いし。いいヨメでしょ?」
ばちん、と可愛くウインクして鹿倉が言うと、志麻が「いいねえ」とビールを開けた。
「たむちゃん、お先」
「どーぞー」
二人で「おつ」と缶をぶつけて口を付ける。
「ほんとに一人暮らし?」
「ソラと二人暮らし。寂しいでしょ? だから俺が遊びに来てやってんの」
「何で上からなんだよ!」
キッチンから田村の反論が飛んでくる。
そんなやり取りを志麻が笑いながら見ていて。
「仲いいね、かぐちゃんと田村」
「えー? そおかなあ?」
「いつも一緒にいるよね」
「かぐには友達いないもんなー」
「いますー。田村のこと優先してやってるだけですー。田村だって俺以外だと笠間としかつるんでねーじゃん」
「俺だってかぐが可哀想だから優先してやってるだけですー」
二人して憎まれ口を叩いているけれど、流れている空気がじゃれているとしか思えないから。志麻がニコニコと笑いながら、
「ほんと、可愛いなーお前ら」とビールを煽った。
「可愛くねーよ、かぐは! ほい、卵焼き」
「いやったー。コレ、ちょー好き」
ソファの前にあるローテーブルに、出来立てほやほやの黄色い卵焼きを置きながら、田村が持ってきたビールを開ける。
無言で鹿倉の缶にぶつけ、
「おつです」と志麻にだけ言って。
「うわ、旨そう」
「旨いよー。ほら、志麻さんも」
箸で一口サイズにした卵焼きを、鹿倉が「あーん」と志麻に食べさせる。
わざとそんなことをして横目で田村に嗤って見せた。
「あ、ほんとだ。すげえ。ちゃんと明太子が入ってる」
「田村の作るコレ、まじ旨いっしょ? 俺、胃袋掴まれちゃってるからさー、田村から離れらんないのよ」
「わかるわかる。いやマジ、こんな旨い卵焼き初めて食ったよ。すげえな、たむちゃん」
本当に美味しそうに志麻が目をキラキラさせて言ってくれるから、田村も嬉しくなる。
「堀さんもね、田村の料理は食べてみたいって言ってたよ。ほら、あの人魚系は何でもやっちゃうけど、他は煮込み系に特化してるらしくて、こういうつまみ的なのをささっと作れるようになりたいって」
「志麻さん、堀さんの手料理よく食べるの?」
鹿倉が訊くと、
「食べたことはないなー。ただ、話聞くだけ。あの人、あんまし家に入れてくれないし」
ビールを飲みながら答えた。
田村はカウンターに置いてあった籠から酒のアテにと常備している乾き物を取り出すと、卵焼きの横に並べる。ついでに解凍した冷凍枝豆も準備してくると、志麻の右側に座った。
左利きの鹿倉は常に一番左側に座りたがるので。
「じゃあ、志麻さんちに堀さんが来たりとか?」
「来ない来ない。俺んち基本、誰も来ない。片付けとか苦手だからさー、人呼べる家じゃねーのよ」
「えー、意外。志麻さんちゃんとしてる人だと思ってた」
「そんなん言ってくれるのかぐちゃんだけだよ。堀さんも律も、俺んち汚ねーってわかってるし」
「そおかな? 志麻さんのイメージってきっちりって感じだけど?」
「仕事だけはね。ちゃんとしなきゃって思ってるから。でもプライベートはだるだる」
志麻がくふくふと笑う。と、そんな志麻を見ていた鹿倉が突然。
「あ…………よく見たらさ。志麻さんって唇、ぷるっぷるだね」
「え? そんな?」
突然何を言い出すのか、と田村が鹿倉を見た。
「そー言われてみると、かぐちゃんの唇は薄いねえ」
「でしょ? そこ行くと志麻さんの唇は、食べちゃいたくなる感じ」
鹿倉が言った瞬間、田村がその頭をはたいた。
「おま、何言ってんだよ!」
お前が言うな! と目が語っていて。鹿倉はニヤリと嗤って見せる。
「だって、ほんとにそー思ったもん」
「ははは、いいよたむちゃん。別にセクハラとか俺、言わないから」
「そーゆー問題じゃないっスよ」
志麻が唇を自分の指で触りながら笑う。
「あでも、冬とか乾燥して切れるんだよねー。かぐちゃん、何かケアとかしてる?」
「んー。薬用のリップなら、時々。でも基本的に俺も冬はよく切れてる」
「俺、いいリップ知ってますよ」
「そいえば、たむちゃんいつもリップ塗ってるよね?」
「冬は常備っスよ。どの服のポケットにも入れてるし」
「わかるー。前会議中にリップ塗っててミネさんに睨まれてなかったっけ?」
「あったねー。お前、女子か! って。でもそん時田村がさー、いえ男子です! ってバカなこと言って。あん時は爆笑だった」
三人で思い出してひとしきり笑う。
「ほんと、田村ってアホだよねー」
鹿倉が更に畳みかけるように言うと、田村が「アホじゃねえ」と不貞腐れて反論した。
「だって、あれ去年の正月だっけ? カルタやろって言いだして。二人でやることかよ、って話でしょ?」
「あれはだって、せっかく正月だし何か正月っぽいことしたいなって」
「でもさ。なぜか俺が読み札読みながら取るってことになったんだけど、もうグダグダ。この辺は俺の陣地だとかわけわかんねーこと言いだして」
しかも酒が入っていたせいで札を取っている最中に何故か散乱した絵札の上でコトを始めてしまう、という状況になってしまったこと。を、田村がふと思い出してしまい。
思わず赤面したのを鹿倉が見逃すはずもなく。
「何だよ、今更自分のおバカっぷりを恥ずかしがってんじゃねーよ」
「違うー」
「読み札読んでる間は目をつぶれってゆー無茶ほざいたよなー」
鹿倉がけらけら笑いながら言うのを、志麻さんが爆笑しながら「たむちゃんらしい」と呟く。
田村としても志麻さんの笑顔が好きだから、笑ってくれるのは嬉しい。
けど。
自分がネタにされてるのは納得いかない!
田村は笑い転げている鹿倉を羽交い絞めにした。
「おまえなあ。いつまで笑ってんだよ。俺もバラすよ、おまえの乱行」
耳元にこっそり言うと、鹿倉はいつものようにニヤリと嗤うと、
「ゆってみ? 俺にはなーんもないよーん」ぺろっと舌を出す。
またその表情が。小悪魔的に妖艶で。
「ほんっと、仲いいよなーかぐとたむちゃん」
「でしょ? らぶらぶだもんなー?」
ふざけた鹿倉が田村の頬にキスをしながら言った。
「どこがだよ!」
よりにもよって志麻さんの前で! と田村が脹れる。
「かぐちゃんが可愛いのは知ってたけど、たむちゃんも大概可愛いねえ」
「可愛いでしょ? この人、超おススメ物件なのよ。志麻さんもいる?」
おま、ふざけんなよ、と田村が睨めば睨むほどに鹿倉がニマニマと笑うから。
「黙れって。お前酔ってんだろ」
「酔ってませんー。俺が一人占めしたら勿体ないかなって、親切心だし」
「どこが親切だよ」
「俺はねー、田村の良さを皆に知ってもらいたいんだよー」
「大丈夫、大丈夫。俺もたむちゃんがイイコなのは知ってるよ、かぐちゃん」
鹿倉の首を絞めている田村の頭をポンポンと撫でながら志麻が言って。
子ども扱いされて悔しいような、でも優しい掌の感触が嬉しいような、複雑な感情で田村が眉をしかめた。
「さーて、と。もう日付変わっちゃったね。そろそろお暇しよっかな」
「え? 志麻さん泊まってかないの?」
家主でもない鹿倉が言うけれど、田村もそのつもりでいただけに少し驚いた。
「泊まんないよー、さすがに。俺、明日午後から打合せあるし」
「志麻さん帰るなら、俺も帰ろっかな」
鹿倉の言葉に田村が「おまえも?」と返した。
「うん、帰る。志麻さん、一緒に帰ろ」
「ちょい待てよ、何それ」
「ふっふっふー。志麻さんと内緒話しながら帰るから、田村はイイコでいるんだよ」
へらへら笑っている鹿倉の真意が掴めないから、田村が口を尖らせた。
「あ、片付け」
「いいのいいの。ね、田村」
「うん、それは全然いい。二人にそれは全く期待してない」
そんなことより、鹿倉がこの状況で出て行くのがあまりにも不自然で。何か企んでいるな、と思った田村としては本当は意地でも引き止めたいところだったが、そうするのは志麻の目には不自然としか見えないだろうから。
志麻がジャケットとカバンを手に持ち、玄関に向かう。鹿倉も同じように志麻の後を追うので、その腕を田村が掴んだ。
「かぐ」
「じゃね、田村」
いらないことを言うなよと言いかけた言葉を遮った鹿倉が、綺麗にウインクを決めて。
田村に不安がよぎる。というより、もはや不安しかない。
「頼むから」
「大丈夫だって。志麻さんは駅までちゃんと送り届けます」
声だけはマジ声で。でも目がふざけている。鹿倉のそれが田村には一番怖いわけで。
「違う」
「ははは、大丈夫だよー。ココ駅近いし、道わかるし」
そういう意味じゃないと叫びたくて。
そんな田村がおたおたしているのが鹿倉には可笑しくて仕方なくて。くふくふ笑いながら、
「また来るね」
と悪魔的に可愛くきゅるんとした目で言って、扉を閉めた。
「……いいの?」
有無を言わせないで田村の部屋を後にした鹿倉に、志麻が問う。
「何が?」
「鹿倉、泊まるつもりだったんじゃねーの?」
「いつも泊まってるから平気。たまには志麻さんと二人きりで話したいし」
鹿倉は志麻の手を引き、行こう、とエレベーターに乗る。
志麻が鹿倉の自宅がある駅とは逆方向に向かうから、駅までの十分くらいの時間だけ、少し話をしたいと思ったのは事実だから。
「志麻さんさー、今恋人とかいんの?」
「うわ、何? 恋バナ?」
「うん、恋バナ。あんま、しないじゃん、会社の人とかとは」
「まあね。俺もウチのチームでさえ誰に恋人がいるとか、聞いたことないから全然知らないし」
「でしょ? だから、たまにはいいじゃんって」
夜も遅いから、いくら駅が近いとは言え人通りは殆どない。
大きな都市のベッドタウンなので、電車はかなり遅くまで動いているから最終電車まではまだ時間がある。だからこそ余計に人通りがまばらなのだ。
「苦手?」
「苦手っつーか、まあ、暫くそういうのはいないからね。親にはそろそろ結婚は?なんて言われるけど」
「じゃ、フリー?」
「かっこよく言えばフリーだね。じゃあ、かぐちゃんにも切り返していい? セクハラとかにならない?」
「志麻さん、何でそこ気にするかな」
「いやいや、ほんと怖いのよ、最近は。セクハラとかパワハラとか、問題あったら上から呼び出しくらうからねえ」
「少なくとも、俺たちに対しては気にしなくていんじゃない? 俺なんて逆に完全にタメ口だし」
「お、ほんとだ。かぐちゃん、そういや誰にも敬語使ってないじゃん」
「うん、初対面のお客さんとかにはちゃんとするけど、基本的にタメ。その方が話、早いし」
鹿倉がするりと人の懐に入っていくのをいつも見ていた志麻としても、さらっとそんなことを言う鹿倉に感心した。それは何より鹿倉の人柄によるものだろうし、誰にでもできることではないだろうから。
「で?」
「ん?」
「かぐちゃんは? フリー?」
志麻が、今度は普段見せないちょっと悪い顔で問う。フリーだなんて、絶対に思っていないから。
「俺、初恋もまだだし」
顔を見せないまま、ふざけた返事をした鹿倉の腕を掴んだ。
「おいおい、それはないじゃん」
「何で?」
「こーんな可愛い顔して、嘘言うんじゃないよ」
と、顎に指をかけて上を向かされる。
「……俺、イケメンに顎クイされる宿命なのかなあ? こないだももっさんにおんなじことされたし」
「はいー?」
眉をしかめた志麻に、鹿倉がくふくふとふざけた笑いを見せた。
「ほーんと、男にしかモテないからね、俺」
「……ああ、それも、わかるなあ」
「え? マジで? なんでかなあ? こんなに逞しくてオトコクサイのに」
力こぶ。を作るけれど筋肉なんて殆どないから志麻がけらけらと笑った。
「かぐちゃんは可愛いからね。俺も、かぐちゃんならイける気がする」
「マジで? じゃあ、いっそ付き合っちゃう? 俺も志麻さん好きだよー」
「ははは。いいねえ」
絶対に本気じゃない言葉だから、鹿倉が安心して志麻の腕に自分の腕を絡めた。
「なんか、意外にイイ感じだねえ。かぐちゃん、下手な女の子より可愛いから参っちゃうね」
とりあえず人通りがないから、男同士でくっついていてもただの酔っ払いにしか見えないだけに、志麻が鹿倉の腕を振りほどくこともなく暫くくっついて歩いた。
「んじゃ、俺下り線だし。志麻さん、変な男に絡まれないように気を付けて帰るんだよー」
「いやいや、そりゃこっちのセリフでしょーが。かぐちゃんこそ、絡まれないようにな」
ふざけたまま、鹿倉が志麻に投げキスしながら手を振ると、くふくふと笑いながら下り線のホームへと消えて行くのを見送った志麻は、ふと首を傾げた。
「あれ? かぐちゃん、何か話あったんじゃなかった?」
独り言を呟いてみたけれど、鹿倉の真意なんてわかるはずもなく。
「ま、いっか」
酔っているのは確かだから、志麻も特に深く考えることもせず、鹿倉とは逆のホームへと向かい、帰路についたのだった。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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