キュートなSF、悪魔な親友

月那

文字の大きさ
上 下
19 / 76
-19-

キュートなSF、悪魔な親友

しおりを挟む
「かぐー、ミーティングルームとって律のこと呼んでおいて」
 長峰がそう声をかけてきたのは、鹿倉が丁度昼食から戻って来たところで。それまで田村とくだらない話をしていたけれど、一気に仕事モードに切り替える。
 鹿倉にとっては堀よりも年上の長峰は、ぎちぎちなタイプではないけれどそれでも先輩である。現在進行中の企画が佳境に入っていることもあり、山本と一緒にサポートで入っている立場としては雑用を引き受けるのは自分だとわかっている。
 現場に出向ける状況ではない長峰がオンラインでミーティングするということなので、専用のミーティングルームを確保し、山本にもその旨のメールを送る。
 取り急ぎそこまでのセッティングをして長峰に伝えた。
「さんきゅ。あ、かぐちゃんも時間に余裕があるなら参加しといたがいいかも」
「この後一本打合せあるんで、そっち済ませたらインする。ただ、状況的にミーティングルーム直に入らせてもらうかも」
「いいよ、それでも。じゃ、後で」
 自席のPCでもオンラインミーティングは可能であるが、打合せの内容によってはパーテイションのない自席では社内筒抜けの状況となるため、専用の小さい会議室を使用することが多い。そのため、同じ会議ならば同席して参加する方が合理的なので、社外に出ている山本には会議用アドレスをメールするが、現状社内で参加予定の鹿倉は、長峰のいる会議室に同席することにした。
 一本電話で別企画の打合せを済ませると、鹿倉は長峰のいるミーティングルームへと向かった。
 軽くノックをして中に入ると、長峰がPC画面とにらめっこしている状況で。
「ああ。いいよ、かぐちゃん。そのままこっち来て」
 手招きされたので同じ画面に入り込む。
「あれ?」
「ん、もう切ってる。これ、会場の動画と打ち合わせ内容ね」
「あー申し訳ない、遅かった」
 思ったよりも早く打合せは終わっていたようで、遅れた鹿倉が謝ると。
「いや、違うんだよ。あっちも今手が離せないらしくて。合間で撮影した動画だけ貰ったんだ。また、後で改めるって。律もインする暇なかったし」
「それなんだけど、山本さん今別現場の打合せ中らしくて、ちょっと無理ってライン入ったんだよね」
「そっかー。ま、しょーがないね。あでも、かぐちゃん当日もサポート入るでしょ? 資料には目を通しておいて貰いたい」
「それは勿論。でも俺、陸上班なんだけど」
「陸上班、大事。こっちで何かあった時に動いて貰えると助かる」
 今回の企画は船上でのイベントである。企画自体は長峰と山本で現場を動かすことになるのだが、それだといざという時に身動きが取れない可能性もあり、陸上で待機しておいて貰うためにも鹿倉の立ち位置はかなり重要となるのだ。
「陸でできることはやるよ、何でも。俺、船は乗れないんで」
「弱いんだっけ?」
「そう。去年似たようなイベントの時に船上班サポートだったんだけど、五分で死んで棚橋さんに怒られた」
「あー、そんなこと言ってたね。タナさん爆笑してた」
「笑いごとじゃないって、マジで。なんもできないし、無駄に迷惑かけて心折れまくるし」
「いやいや、ほんとごめんって。かぐちゃんに頼んだ俺らが間違ってただけだから。俺ら、船は動かす方だから弱いって感覚はわかんないんだよねー」
「船舶の免許、全員持ってんだっけ? ミネさんも?」
「持ってるよー。ウチのチームは海メインだからね。持ってないと話にならない」
「かっけー」
 PCの画面を見ながら当日の動きの説明をしている長峰は、いつもより三割増しに目を輝かせていて。
 鹿倉は時々質問を挟みながら、先輩の嬉しそうな顔を見て「ああこの人は本当に船が好きなんだろうなー」と感心していた。
「ほんとはね、現場行って確認したいとこなんだけど。俺も律も今抱えてるのが一段落しないと出向けないからさー」
「俺で良ければ行くんだけど、さすがに船上の機構やら流れとかはもっさんじゃないと対応できないし」
「かぐちゃんにはこっちの資料で勉強しておいて貰うよ。当日、ウチからは三人しか出向かないからさ。クライアントの人間は動かせるようにしてるから、陸上ではかぐちゃんが指揮取って」
「諒解」
 画面を二人で見ながら話を進めていると、ドアをノックして山本が入ってきた。
「あ、もっさんお疲れー」
「あれ? 現場打ちじゃなかったんだ?」
 長峰と鹿倉が二人揃って顔を向けると、
「や。今、帰って来たトコ」
ちょっと複雑な表情の山本が短く答えた。
「ん? 律、何かあった?」
 不機嫌な感じを受け取った長峰が問うと。
「いや、何もないですよ。思ったより早めに抜けれたからオンラインの会議入ろうとしたんだけど、終わってるから。田村に訊いたらココでミーティングしてるって言うから、何かあったかなと」
「何も何も。あっちが今ミーティングできない状況だったから。しょーがないからかぐちゃんとミーティングしてただけ」
「陸上班、仕切ることになったんで、俺」
「あ……そ」
 山本の微妙な雰囲気に、鹿倉が訝しげな顔をしたが長峰はさほど気にしているようでもなかったので、あえてそれ以上のことを話すことはなく、なし崩しに打合せは終了した。
 鹿倉がそのまま残ってミーティングルームの片付けをしていると、
「かぐちゃんさ……」
 長峰と共に部屋を出て行ったはずの山本が戻ってきて。
「あれ? 何か忘れ物?」
「や、じゃなくて」
「あ、資料ならあともっさんの分もプリントアウトするよ。ミネさんからはデータでしか貰ってないし」
 言った鹿倉の手を掴み振り向かせた山本が、鹿倉の顎に手をかけた。
「え?」
 いわゆる顎クイ、という形で山本を見上げることになった鹿倉が驚いて目を丸くする。
「…………」
 会社では完全にフラットな状態をキープしている鹿倉だけれど、さすがにこの体勢だとキスを期待してしまい、イケメンのキスなんてちょっと嬉しいかも、と見つめているのに山本はただただ無言で。
「もっさん?」
「あ! ……ごめん」
 鹿倉の声に我に返った様子で山本が顔を赤くして慌てて鹿倉から離れた。
「まじ、ごめん。俺、どうかしてる」
「……ついでに壁ドンもされてみたかったけど。俺、イケメンの顎クイなんて初体験だわー」
 くふくふと笑う。
「一瞬殴られるかと思って、ちょっとビビったけど」
「殴るわけないし……あ……いや、うん」
「陸上班、俺一人で回すのは不安?」
「え?」
「さっき。ミネさんにそれ言おうとしたのかな、って思った」
 こんな状況でキスを期待した自分、というのが恥ずかしくて、努めて冷静に鹿倉が言う。田村や堀相手にいくらでもベタベタと甘えて見せることができる鹿倉なのに、山本に対してだけは自分の性癖を知られたくないと思った自分に少し驚く。
「そんなことないよ。全然。かぐちゃんが陸上班で待機しててくれるの、助かる」
「そ? 良かった。今回田村じゃなくて俺がミネさんに付くからさ、いつもみたくミネさんが動けないことになるのが一番不安だし」
「田村、志麻さんトコので今手一杯なんだって?」
「ん。ちょっとやらかしちゃったからね。本人ヘコんでたけど、あいつはそれちゃんと糧にできるヤツだからだいじょぶでしょ」
 自分の中の不思議な感覚を明確化するつもりなんてないから。鹿倉はそう言って手元にあった紙資料とデータの入ったハードディスクを纏めると、山本を促してミーティングルームを出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

処理中です...