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Sugar and salt
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「みーのるー……って、忙しい?」
OAブースのパーテイションから顔を覗かせたのは武人。
今日は部長、課長揃って本社へ打ち合わせのため、設計課の空気は割とのんびりしている。
現場作業を終えて帰ってきた武人が覗きに来るのもおかしくはない。
稔は梶谷の描いた図面にチェックを入れていたが、その声にふと顔を上げた。
「あ、タケさん。現場終了っスか?」
梶谷より武人の方が年下であるが、大卒の梶谷は入社したばかりであり、会社的には武人はかなり先輩になるので、この二人の関係は微妙である。
が、梶谷の同期が武人のいる部署に何人か配属されているので、接する機会は多いらしく、意外に二人は仲がいい。
「うん、さっき帰ってきた。石田さんとかいないから平気かなーと思ってこっち遊びに来たんだ」
稔は図面から目を離す余裕がなく、結果として梶谷が武人の相手をする。
勝手知ったる、という態度で、武人は空いている事務椅子をごろごろを引っ張ってくると、梶谷の隣に腰掛けた。
「かじやんも稔と一緒でかなりキツそうだねえ。岡田が遊んでくれないってスネてたよ」
「んー、まあねー。メンテさんと同じ会社とは思えないくらい、忙しい時期が違うしね」
「そうだねえ。うちは年度末よりは夏前くらいからだし」
二人が話しているのを聞くともなく聞いていた稔は、ほんの少しだけ梶谷に嫉妬する。
暫く武人と交流を断っていた間、梶谷はいつの間にか武人と仲良くなっていた。
その事実は稔には少し悔しくて。
「そういや、高村んトコ、産まれたって」
「らしいっスねー、正月明けたすぐくらいに。びっくりしましたよー」
「あの、高村がパパだぜー。笑うよなー」
「つーか、あいつ自身むちゃくちゃガキのくせして、大丈夫なんスかねえ?」
「あの童顔で子供連れてたら、親子っていうより兄弟だよなー」
図面の完成までにはかなり時間が逼迫している。
が、もう長いこと二人で言葉を交わしていない武人が今こうして同じ空間にいる。
この際梶谷がいる、いないに拘わらず武人と話をしたい、という気持ちは稔の中でかなり大きい部分を占めているのだが、稔にとって目先のこの梶谷と共有する武人との時間よりは、後日二人きりでまったりと過す旅行という甘い目的の方が大きいので、今は敢えて図面に集中する。
「この間さー、早瀬と一緒に飲んだ時に……」
しかしながら、武人は何故か梶谷の耳元でコソコソとナイショ話なんてしていて。
それが、稔の勘に触る。
二人で話すのはいい。
が、しかしまるで自分が邪魔者のようにされたことが、稔には何よりショックだった。
梶谷と武人の仲を疑うことは、勿論有り得ない。
けれど、その態度が稔には赦せなくて。
「武人! 悪いけど、今立てこんでるんだ。出てってもらえないかな」
思ったよりは感情を抑えられたと自分では思う。
本当は梶谷にも“出て行け”と怒鳴りたいくらいの気持ちだったけれど、それでもちゃんと普通の声色で武人に注意できたと自分では思った。
けれどその時、武人が目を丸くして驚いた表情を見せたことに、稔は自分の言葉を後悔した。
「あ……ごめん、なさい」
武人が小さく、誤る。
「いや。すみません、俺が悪かったです。タケさん引きとめたから」
「いや……ごめん、邪魔して。オレ、戻るよ」
武人は戸惑いながらも、OAブースから出て行った。
「すみません、稔さん。忙しいのに無駄話しちゃって」
「あ……いや、違うんだ。ごめん、ちょっと集中したくて」
「わかってます。今、忙しいのは。すみませんでした」
結局梶谷は謝り続け、いつもは感じることのないおかしな空気を持ったまま仕事は再開された。
ものすごく重い空気だった。
後輩ではあるけれど、設計課の中で年が近くいろいろな話をしてくれる梶谷とはいい関係を築けていると思っていた。
硬くなり過ぎない敬語をほんの少しだけ混ぜて使う梶谷の上手な対人関係の築き方のおかげで、稔は梶谷に対して先輩風を吹かせる必要がなかったのだ。
なのに今日、自分は感情に任せて当り散らすということをしてしまった。
ただの、そう、ただの醜い嫉妬心で。
何でも話してくれる。そして何でも話せる。
そんな関係だからこそ、仕事はうまく行っていた。
なのに、こんな自分の勝手な感情のせいでそれが壊されるなんて。
「……梶谷。ごめん」
「え?」
無言のままPCに向かっていた梶谷に声をかけると、くるっと稔に振り返った。
「今日、晩飯奢る」
「は? 何ですか、突然」
「いや、何も言うな。奢らせてくれ。俺が悪かったから」
ところが、稔が思うほどに梶谷は何も感じていなかったらしく、黙って作業を続けていたのもただ武人と話していたせいで遅れた分を取り返すよう集中していただけで、稔がそう謝った瞬間梶谷は笑った。
「稔さん、気にし過ぎ。実際さっき俺が無駄話してたのは反省すべきだって、俺は思います。だから、注意してくれたのは嬉しかったんですよ。タケさんだってちゃんとわかってます」
「いや……けど」
「まあ、さっき稔さんが言ってくれた“奢る”って話は受けますけどね。ま、あんまり気にしないで下さいよ。俺は稔さんの後輩っスから」
笑いながら梶谷が言い、結局稔は梶谷に救われたと思ってその夜きちんと焼肉を奢ったのだった。
OAブースのパーテイションから顔を覗かせたのは武人。
今日は部長、課長揃って本社へ打ち合わせのため、設計課の空気は割とのんびりしている。
現場作業を終えて帰ってきた武人が覗きに来るのもおかしくはない。
稔は梶谷の描いた図面にチェックを入れていたが、その声にふと顔を上げた。
「あ、タケさん。現場終了っスか?」
梶谷より武人の方が年下であるが、大卒の梶谷は入社したばかりであり、会社的には武人はかなり先輩になるので、この二人の関係は微妙である。
が、梶谷の同期が武人のいる部署に何人か配属されているので、接する機会は多いらしく、意外に二人は仲がいい。
「うん、さっき帰ってきた。石田さんとかいないから平気かなーと思ってこっち遊びに来たんだ」
稔は図面から目を離す余裕がなく、結果として梶谷が武人の相手をする。
勝手知ったる、という態度で、武人は空いている事務椅子をごろごろを引っ張ってくると、梶谷の隣に腰掛けた。
「かじやんも稔と一緒でかなりキツそうだねえ。岡田が遊んでくれないってスネてたよ」
「んー、まあねー。メンテさんと同じ会社とは思えないくらい、忙しい時期が違うしね」
「そうだねえ。うちは年度末よりは夏前くらいからだし」
二人が話しているのを聞くともなく聞いていた稔は、ほんの少しだけ梶谷に嫉妬する。
暫く武人と交流を断っていた間、梶谷はいつの間にか武人と仲良くなっていた。
その事実は稔には少し悔しくて。
「そういや、高村んトコ、産まれたって」
「らしいっスねー、正月明けたすぐくらいに。びっくりしましたよー」
「あの、高村がパパだぜー。笑うよなー」
「つーか、あいつ自身むちゃくちゃガキのくせして、大丈夫なんスかねえ?」
「あの童顔で子供連れてたら、親子っていうより兄弟だよなー」
図面の完成までにはかなり時間が逼迫している。
が、もう長いこと二人で言葉を交わしていない武人が今こうして同じ空間にいる。
この際梶谷がいる、いないに拘わらず武人と話をしたい、という気持ちは稔の中でかなり大きい部分を占めているのだが、稔にとって目先のこの梶谷と共有する武人との時間よりは、後日二人きりでまったりと過す旅行という甘い目的の方が大きいので、今は敢えて図面に集中する。
「この間さー、早瀬と一緒に飲んだ時に……」
しかしながら、武人は何故か梶谷の耳元でコソコソとナイショ話なんてしていて。
それが、稔の勘に触る。
二人で話すのはいい。
が、しかしまるで自分が邪魔者のようにされたことが、稔には何よりショックだった。
梶谷と武人の仲を疑うことは、勿論有り得ない。
けれど、その態度が稔には赦せなくて。
「武人! 悪いけど、今立てこんでるんだ。出てってもらえないかな」
思ったよりは感情を抑えられたと自分では思う。
本当は梶谷にも“出て行け”と怒鳴りたいくらいの気持ちだったけれど、それでもちゃんと普通の声色で武人に注意できたと自分では思った。
けれどその時、武人が目を丸くして驚いた表情を見せたことに、稔は自分の言葉を後悔した。
「あ……ごめん、なさい」
武人が小さく、誤る。
「いや。すみません、俺が悪かったです。タケさん引きとめたから」
「いや……ごめん、邪魔して。オレ、戻るよ」
武人は戸惑いながらも、OAブースから出て行った。
「すみません、稔さん。忙しいのに無駄話しちゃって」
「あ……いや、違うんだ。ごめん、ちょっと集中したくて」
「わかってます。今、忙しいのは。すみませんでした」
結局梶谷は謝り続け、いつもは感じることのないおかしな空気を持ったまま仕事は再開された。
ものすごく重い空気だった。
後輩ではあるけれど、設計課の中で年が近くいろいろな話をしてくれる梶谷とはいい関係を築けていると思っていた。
硬くなり過ぎない敬語をほんの少しだけ混ぜて使う梶谷の上手な対人関係の築き方のおかげで、稔は梶谷に対して先輩風を吹かせる必要がなかったのだ。
なのに今日、自分は感情に任せて当り散らすということをしてしまった。
ただの、そう、ただの醜い嫉妬心で。
何でも話してくれる。そして何でも話せる。
そんな関係だからこそ、仕事はうまく行っていた。
なのに、こんな自分の勝手な感情のせいでそれが壊されるなんて。
「……梶谷。ごめん」
「え?」
無言のままPCに向かっていた梶谷に声をかけると、くるっと稔に振り返った。
「今日、晩飯奢る」
「は? 何ですか、突然」
「いや、何も言うな。奢らせてくれ。俺が悪かったから」
ところが、稔が思うほどに梶谷は何も感じていなかったらしく、黙って作業を続けていたのもただ武人と話していたせいで遅れた分を取り返すよう集中していただけで、稔がそう謝った瞬間梶谷は笑った。
「稔さん、気にし過ぎ。実際さっき俺が無駄話してたのは反省すべきだって、俺は思います。だから、注意してくれたのは嬉しかったんですよ。タケさんだってちゃんとわかってます」
「いや……けど」
「まあ、さっき稔さんが言ってくれた“奢る”って話は受けますけどね。ま、あんまり気にしないで下さいよ。俺は稔さんの後輩っスから」
笑いながら梶谷が言い、結局稔は梶谷に救われたと思ってその夜きちんと焼肉を奢ったのだった。
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