抱擁

月那

文字の大きさ
上 下
3 / 27
-3-

-3-

しおりを挟む
「そうだ、和泉。今度二階の開発部にバイトが入るらしいよ」
「え? なんでりょうさんが知ってんの?」
 宮城のいる特殊保守課は和泉たちのいる自社ビルではなく、親会社のビルへ出向に近い形で入っている。
なので自社ビルの、ましてや小田と同じフロアにある開発部の情報が小田より先に耳に入っているのは、少し不思議な話で。
 ちなみに高梨のいる点検課は自社ビルの四階で、和泉のいる工事部は小田のいるフロアの別棟にある。
「あー、このあいだ電車でたまたまふじたっちと会ってね。なんか今えらい忙しいらしくて、自分の独断でバイト雇ってやる、って息巻いてたからさ」
「独断って……」
 おいおい、藤田さんってオレらと同期じゃん。
 そりゃ、年は上だけどさ。そんな権限あんのかよ?
 和泉の疑問の表情を読んで、
「あそこって能力主義だからな」
 小田が返した。
「ふじたっちって、情報処理かなんかの専門学校出てるだろ? そのせいで発言強いらしーよ」
「オレも見たことある。あそこの課長が藤田さんの発言におろおろしてるトコ。CADの調子がおかしくて藤田さんに聞きに行ったら、えっらい剣幕で怒ってたもん」
「へえ。でもオレ、藤田さんが怒るのって見たことない」
 自分とは二つしか違わないけれど、和泉の見る藤田はいつも冷静で大人だと思う。
 あまり関わらないからわからないのかもしれないけれど。
「高校の後輩とかで、信頼してるヤツがいるらしくてさ。大学生だし、いい社会勉強にもなるだろうって言ってた」
「ふーん。で、いつから来んの?」
「さあ、そこまでは知らない。瑞樹、聞いてる?」
「んーん。僕は藤田さんとは直接話してないから」
「そっかー。まあ、別に関係ないか。オレんトコパソコンあんまし使わないし」
「和泉、現場ばっかしだもんな?」
「うん。報告書は手書きだし」
「おお、原始的!」
 設計の図面をCADを駆使して描いている小田が突っ込む。
「いーだろー。別にどっかのじじーみたく触れないわけじゃねーしさー」
「何それ、俺のこと差してる?」
 宮城が眉を寄せた。
「違う違う。りょうさん前CAD使ってたじゃん。違うよ。うちの所長あーんど課長だよ。あのおっさんら、ワードすらまともに扱えないの。メールチェックとかだって、オレとか高倉さんがやるしかないもんなー」
 これだから時代遅れの親父は困るよ、と零しながらビールを煽った。
「お? なんかあったのか?」
「んー。報告書をね、本社の部長が電子化しろって。で、それに当たってうちの部でもOA担当者ってのを上げることになったんだ」
「何? そのおハチが回ってきたわけ?」
 小田の言葉に頷き、冷めてもおいしいと評判のトリカラを口の中に放り込んだ。
「パソコン扱えるのって、高倉さん、村田さんとオレだけだろ? まあ、前原さんも一応ワードとエクセルはやってるけど。でもそれだって、ちょっとしたエラー音が出た途端電源落としやがるし」
「は?」
「だからさー、村田さんや高倉さんにやれ、って言われたら断れるわけないじゃん? 結局オレになっちゃうんだよ、OA担当者。こっちは現場で忙しいってのにさー。ほーんと、オレだってバイト雇いたいよ、まったく」
 大きなため息を吐いて肩を落とす。
「そりゃ、そりゃ……ご苦労さん」
「おだちん、変わってくれる?」
「やなこった」
「ぶー」
「ま、頑張りな。陰ながら応援してやっからさ」
 ひとしきり愚痴ると、運ばれてきた冷たいビールを煽る。
 事務所ではまだまだぺーぺーで、しかも一番年が下だから言いたいことだっていっぱいあるけど、なかなか言えない。
 実際社内一人間関係がいいと言われる事務所な上に、やたらかわいがられているという自負はあるけれど、だからといって何でも許されるわけではない。
 そんな自分の愚痴を聞いてくれる存在があるというのは、自分にとってどれだけ心強いものだろう。
 小田も高梨も、お互い様だから全部聞くし全部言う。
 だから、このメンバーで飲むのは何よりの「癒し」なんだと思う。
「あれ、りょうさん何飲んでるの?」
 からん、という氷の音に気づいた高梨が問いかけた。
「ん? しょーちゅー」
「げ。親父くせー」
「何を言うか。うまいんだぞ、水割りのレモン入りは」
 小田の年上を年上とも思わない物言いにも拘わらず、宮城はそのグラスを勧める。
「んー、イマイチ」
「僕も、飲みたい!」
「瑞樹は止めといた方がいい。おまえ、弱いんだから」
「ぶー。りょうさんのけち。酔ったら介抱してくれるんでしょ?」
「そりゃ、してやるけど」
「介抱だけじゃ済まなくなるって?」
 和泉の一言に、宮城の顔が赤く染まった。
「や、やだもう。和泉!」
「やだもう、たかちゃん。オレ達テれちゃう」
「おだちん!」
「うひょひょひょひょひょひょ」
 にやにやと笑う和泉と小田に、高梨は真っ赤になって応戦した。
「そいじゃ、おふたりさんの邪魔にならないうちに、オレたちはさっさと退散しまーす」
「おう。おだちん、部屋で二次会やろーぜ」
 そう言って照れあう恋人二人を残して小田と和泉は居酒屋を後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

はじまりの恋

葉月めいこ
BL
生徒×教師/僕らの出逢いはきっと必然だった。 あの日くれた好きという言葉 それがすべてのはじまりだった 好きになるのに理由も時間もいらない 僕たちのはじまりとそれから 高校教師の西岡佐樹は 生徒の藤堂優哉に告白をされる。 突然のことに驚き戸惑う佐樹だが 藤堂の真っ直ぐな想いに 少しずつ心を動かされていく。 どうしてこんなに 彼のことが気になるのだろう。 いままでになかった想いが胸に広がる。 これは二人の出会いと日常 それからを描く純愛ストーリー 優しさばかりではない、切なく苦しい困難がたくさん待ち受けています。 二人は二人の選んだ道を信じて前に進んでいく。 ※作中にて視点変更されるシーンが多々あります。 ※素敵な表紙、挿絵イラストは朔羽ゆきさんに描いていただきました。 ※挿絵「想い03」「邂逅10」「邂逅12」「夏日13」「夏日48」「別離01」「別離34」「始まり06」

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

隠れSな攻めの短編集

あかさたな!
BL
こちら全話独立、オトナな短編集です。 1話1話完結しています。 いきなりオトナな内容に入るのでご注意を。 今回はソフトからドがつくくらいのSまで、いろんなタイプの攻めがみられる短編集です!隠れSとか、メガネSとか、年下Sとか…⁉︎ 【お仕置きで奥の処女をもらう参謀】【口の中をいじめる歯医者】 【独占欲で使用人をいじめる王様】 【無自覚Sがトイレを我慢させる】 【召喚された勇者は魔術師の性癖(ケモ耳)に巻き込まれる】 【勝手にイくことを許さない許嫁】 【胸の敏感なところだけでいかせたいいじめっ子】 【自称Sをしばく女装っ子の部下】 【魔王を公開処刑する勇者】 【酔うとエスになるカテキョ】 【虎視眈々と下剋上を狙うヴァンパイアの眷属】 【貴族坊ちゃんの弱みを握った庶民】 【主人を調教する奴隷】 2022/04/15を持って、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 前作に ・年下攻め ・いじわるな溺愛攻め ・下剋上っぽい関係 短編集も完結してるで、プロフィールからぜひ!

会いたいが情、見たいが病

雪華
BL
乾いた空気と高い空。夏休み明けに転入してきた、旅役者の男の子。 金木犀の香りは苦手だ。遠い日の記憶を呼び起こしてしまうから――― 舞台は現代の東京、浅草。 中学時代、たった一ヵ月間しか在籍していなかったクラスメイトを、社会人になった今でも忘れられないままでいた。 友達だと思っていたのに、離れて痛感したのは恋慕の情と罪悪感。 ある日届いた、同窓会の案内状。 彼に再び会うことは叶うだろうか。 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥… 素晴らしい表紙はぶた子さま(@M_buibui)から頂いたイラストです。 ありがとうございます! R18表現のあるシーンにはタイトルに★印が付いていますので、苦手な方は読み飛ばす際の目印にしてくださいませ。

溺愛執事と誓いのキスを

水無瀬雨音
BL
日本有数の大企業の社長の息子である周防。大学進学を機に、一般人の生活を勉強するため一人暮らしを始めるがそれは建前で、実際は惹かれていることに気づいた世話係の流伽から距離をおくためだった。それなのに一人暮らしのアパートに流伽が押し掛けてきたことで二人での生活が始まり……。 ふじょっしーのコンテストに参加しています。

処理中です...