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【6】Imperial topaz(caramel stone)
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最近。成親を“落とす”という気持ちが段々失せている自分には彬も気付いていた。
実際会えば可愛いと思うし、抱きたいと思わないとは言えない。
でも、こうして一緒にお風呂、なんて状況で何が何でも押し倒したいかと言われれば全然そんなことはなくて。
完全に“男友達”として向き合うことの方が、全然自然に思えるくらいで。
今日だって、本当にヤバければこんな状況にはなっていないし、成親が無理矢理ここに連れ込んだわけでもない。
一緒にお風呂行こ、という言葉に首肯したのも実際“友達”の部分の方が強かったからで。
いつだって対等に、自然に、友達として付き合ってくれる成親だから。
いつの間にか自分もそう、思っていた。
いつの間にか、ヨコシマな感情が薄れていた。
そして、そうなったら今度は成親がただただ翔を想っているという事実に圧倒される。
あんな姿を見せられてなお、純粋に好きだという気持ちを持ち続けていられるその強さに、自分の下心なんてまるで刃が立たない。
しかも……知らず知らずのうちに自分の心の奥底に仕舞っておいた感情を揺さぶられる。
こんな、絶対に認めるつもりなんてないけれど、それでも湧き上がる想いを。
……皇への想いを、搔き乱される。
違う。皇はただのセフレでしかない。
そう思っているのに、姉を想っていたかもしれない皇の心の裡を知った今、わけのわからない痛みを訴えている自分の感情を、けれども認めるわけにはいかない。
「ごめん、彬。俺、泣かすつもり、なかった」
成親に言われて、愕然とする。
不思議なくらい、演技でもなんでもないのに、涙が零れ落ちたから。
「ごめんね。でも泣くことでラクになれるのも、わかるから大丈夫」
その涙を、成親が指で拭う。
ちょっと丸くて、白くて、柔らかい指。
それがあまりにも優しくて、更に涙が溢れ出る。
「ちょっと、あっち、行こ」
周りにいたのは年寄りだけじゃないから、人目を避けようと成親が露天風呂の隅にあるベンチへと彬を促した。
この時期まだ日が落ちていないから暑いせいもあって、露天風呂にはあまり人気がなくて。
その片隅だから人目を気にしないで、二人、黙っていられる。
そんな状況で、成親はただそっと横にいてくれた。
涙こそ止まっていたけれど、彬の中で今、どうしても整理が付かない感情が渦巻いている。
いつだって、皇が誰と何をしていようとも気になんてならなかった。
自分も誰とでも遊んでいたし、誰とでも寝るという事実すら皇にはオープンにしていた。
そんなの当たり前だ。お互い、束縛する約束なんて交わしていない。
自分たちの関係は、自由だ。
でもそれは、最終的に自分の元へと戻ってくるという確信があったから。皇が最後に選ぶのは自分だという自信が、あったから。
何故だろう。それは、一度も言葉にしたことのない契約のようなものが結ばれている気がしていた。
皇との関係は、だからどこかで“絶対的”なものだという自信。
なのに。
それは自分だけの思い込みで。皇がその契約を結んでいたのは、自分ではなく姉だったのかと。
それに気付いてしまった今、総てが崩れる。
「……違う」
「え?」
「俺は、別に……」
皇を、好きなわけじゃ、ない。
自分が崩れる前に、総てを否定する。
違う。これは、この感情は、違う。
「なる……」
名前を呼ぶと、目が合った。
うん。可愛い。
俺が好きなのは、コレ、だ。
彬はぐっと力を込めて成親を見た。
「何?」
くるん、と黒目がちな丸い目を瞬かせた。成親のその表情が、柔らかくて。
「なる、俺……」
なるが好きだ、と言おうとした瞬間。
「あの、大丈夫ですか?」
制服姿の係員に声を掛けられた。
「え?」
「なんか、露天風呂んトコでくったりしてる人がいるって聞いて。湯あたりしちゃってました? 救護室、行きます?」
物凄い心配そうに、言われてしまい。
「わ、すみません。全然大丈夫です。ちょっと上せたからここで休んでただけなんで」
成親が慌てて答える。
「夏場は露天、日中は結構暑いんですよ。館内は冷房効いてますから、そちらでお休みになって下さいね」
「はい、ご心配ありがとうございます」
成親が言うのに合わせて、彬も笑って頭を下げた。
係員が去ると、お互い顔を見合わせて笑ってしまう。
「やっちまったねー。彬、とりあえずシャワー浴びて館内入ろ。俺も結構腹減ったし、メシ、食おうぜ」
完全に空気が変わった。
それは、彬の中に渦巻いていた靄を全部晴らすかのように、成親の笑顔が総てを追い払ってくれたから。
二人して立ち上がる。
もう、皇は関係ない。
今はこの、目の前にいる可愛い可愛い成親を自分のモノにしてやる、と彬は頭の中で完全に皇の姿を打ち消した。
実際会えば可愛いと思うし、抱きたいと思わないとは言えない。
でも、こうして一緒にお風呂、なんて状況で何が何でも押し倒したいかと言われれば全然そんなことはなくて。
完全に“男友達”として向き合うことの方が、全然自然に思えるくらいで。
今日だって、本当にヤバければこんな状況にはなっていないし、成親が無理矢理ここに連れ込んだわけでもない。
一緒にお風呂行こ、という言葉に首肯したのも実際“友達”の部分の方が強かったからで。
いつだって対等に、自然に、友達として付き合ってくれる成親だから。
いつの間にか自分もそう、思っていた。
いつの間にか、ヨコシマな感情が薄れていた。
そして、そうなったら今度は成親がただただ翔を想っているという事実に圧倒される。
あんな姿を見せられてなお、純粋に好きだという気持ちを持ち続けていられるその強さに、自分の下心なんてまるで刃が立たない。
しかも……知らず知らずのうちに自分の心の奥底に仕舞っておいた感情を揺さぶられる。
こんな、絶対に認めるつもりなんてないけれど、それでも湧き上がる想いを。
……皇への想いを、搔き乱される。
違う。皇はただのセフレでしかない。
そう思っているのに、姉を想っていたかもしれない皇の心の裡を知った今、わけのわからない痛みを訴えている自分の感情を、けれども認めるわけにはいかない。
「ごめん、彬。俺、泣かすつもり、なかった」
成親に言われて、愕然とする。
不思議なくらい、演技でもなんでもないのに、涙が零れ落ちたから。
「ごめんね。でも泣くことでラクになれるのも、わかるから大丈夫」
その涙を、成親が指で拭う。
ちょっと丸くて、白くて、柔らかい指。
それがあまりにも優しくて、更に涙が溢れ出る。
「ちょっと、あっち、行こ」
周りにいたのは年寄りだけじゃないから、人目を避けようと成親が露天風呂の隅にあるベンチへと彬を促した。
この時期まだ日が落ちていないから暑いせいもあって、露天風呂にはあまり人気がなくて。
その片隅だから人目を気にしないで、二人、黙っていられる。
そんな状況で、成親はただそっと横にいてくれた。
涙こそ止まっていたけれど、彬の中で今、どうしても整理が付かない感情が渦巻いている。
いつだって、皇が誰と何をしていようとも気になんてならなかった。
自分も誰とでも遊んでいたし、誰とでも寝るという事実すら皇にはオープンにしていた。
そんなの当たり前だ。お互い、束縛する約束なんて交わしていない。
自分たちの関係は、自由だ。
でもそれは、最終的に自分の元へと戻ってくるという確信があったから。皇が最後に選ぶのは自分だという自信が、あったから。
何故だろう。それは、一度も言葉にしたことのない契約のようなものが結ばれている気がしていた。
皇との関係は、だからどこかで“絶対的”なものだという自信。
なのに。
それは自分だけの思い込みで。皇がその契約を結んでいたのは、自分ではなく姉だったのかと。
それに気付いてしまった今、総てが崩れる。
「……違う」
「え?」
「俺は、別に……」
皇を、好きなわけじゃ、ない。
自分が崩れる前に、総てを否定する。
違う。これは、この感情は、違う。
「なる……」
名前を呼ぶと、目が合った。
うん。可愛い。
俺が好きなのは、コレ、だ。
彬はぐっと力を込めて成親を見た。
「何?」
くるん、と黒目がちな丸い目を瞬かせた。成親のその表情が、柔らかくて。
「なる、俺……」
なるが好きだ、と言おうとした瞬間。
「あの、大丈夫ですか?」
制服姿の係員に声を掛けられた。
「え?」
「なんか、露天風呂んトコでくったりしてる人がいるって聞いて。湯あたりしちゃってました? 救護室、行きます?」
物凄い心配そうに、言われてしまい。
「わ、すみません。全然大丈夫です。ちょっと上せたからここで休んでただけなんで」
成親が慌てて答える。
「夏場は露天、日中は結構暑いんですよ。館内は冷房効いてますから、そちらでお休みになって下さいね」
「はい、ご心配ありがとうございます」
成親が言うのに合わせて、彬も笑って頭を下げた。
係員が去ると、お互い顔を見合わせて笑ってしまう。
「やっちまったねー。彬、とりあえずシャワー浴びて館内入ろ。俺も結構腹減ったし、メシ、食おうぜ」
完全に空気が変わった。
それは、彬の中に渦巻いていた靄を全部晴らすかのように、成親の笑顔が総てを追い払ってくれたから。
二人して立ち上がる。
もう、皇は関係ない。
今はこの、目の前にいる可愛い可愛い成親を自分のモノにしてやる、と彬は頭の中で完全に皇の姿を打ち消した。
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