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「何個目?」トイレの前で櫂斗に訊かれて。
「……十個目」おそるおそる、答える。
「ふーん」
「いや、だって義理、だし」言い訳のようなそれには。

「あ、いらっしゃいませー」来客対応で逃げて行った。

 二月十四日、言わずと知れたバレンタインデー。
 開店してすぐ、入って来た女の子二人組からまず、一個目――と二個目――を手渡された朋樹である。
 それを皮切りに、女性客はほぼ全員朋樹にチョコを渡している。

 テーブル担当朋樹、座敷担当櫂斗、そしてほのかがフリーでという配置にしていたが、座敷に注文をとりに行った櫂斗にも「これ、芳賀さんに」と渡された可愛らしい“ザ、手作り”なチョコ。

 この入れ食い状態に、櫂斗の百パーセント営業スマイルが、時々固まるわけで。
「櫂斗、笑顔。その表情かおしていいのは自分だけだから」とほのかに言われ、
「今日だけは俺にもさせろ」と返した。

「おまえだって貰ってんじゃん」
「俺のはギリなの、トモさんのは本命だからムカつくんだってば。あーもう、あれは俺のだって言いたい!」
「言えばいいじゃん」
「今日だけはそれ言ったら冗談じゃ済まないからダメ、ってかーちゃんに止められてる」
 さすが女将さん、ナイス状況判断。ほのかが内心サムアップして。
 
「あいつ、顔だけはいいからなあ。今日だけはあいつが接客業なの、納得できる」
「去年もさ、トモさんすっげー貰ってたんだよ。俺、笑顔作んのちょーキツかったもん」
 ジョッキを洗いながらほのかにグチる。
 女子率高めの本日、ジョッキを洗っているけれど、ビールよりも酎ハイが多い。

「おまえもやるのか?」
「やんないし。俺、オトコだし。ほのかは?」
「貰うの専門なんで。ガッコで死ぬほど貰ってきた」
「くうー。どいつもこいつも!」
 ニヤ、と嗤ったほのかにも毒づいて、鼻息も荒く
「かーちゃん。裏の在庫確認行ってくる!」と告げて、チョコまみれの朋樹から目を背けることにした。


☆☆☆


「もお、まじでトモさん、嫌い」
 賄いの海鮮丼――商品の切れ端――を貪りながら、櫂斗が朋樹を睨みつける。
「ええー……そんなこと、言うなよお」
「だってあんなの、受け取んなきゃいいじゃん! どの子にも可愛い笑顔振りまいてホイホイ受け取って! もお、トモさんの浮気者!」

 珍しく、本気で不機嫌を爆発させている。
 ほのかは横で爆笑しているけれど。

「トモさんのガッコの人も来てたでしょ? 貰ってたでしょお! ガッコでもいっぱい貰ったんじゃねーのかよ」
「だからギリだってば。みんなに配ってるの、俺もついでに貰っただけだし」
「嘘! ガッコではギリって形にしといて、で、こうやって店まで来て本命渡してるってことだろ? も、最低。そんなケナゲな女子、可愛いに決まってんじゃん!」

 つくづく、褒めたいのかディスりたいのか、よくわからない櫂斗に、朋樹は苦笑いしかできなくて。

「わかるなー、それ。自分もさ、高校時代はそれ、あった。本命のコにあげたいけど正面から渡せないからさ、自分にもギリだからって一緒に渡しておいて、で、後でしっかり本命チョコでコクってんだよなー」
「……女子高で?」朋樹が首を傾げると。
「そ。まあ自分もマジチョコ貰ってたけど、も一人ライバルなのがいてさ。まーそいつも女子からモテるモテる」
「女子高で?」
「こいつがまた、ふわふわ女子なんだよ、これが。どこからどう見ても、お人形みたいなかーわいいコでさ。いやー、あれには参ったな。自分と真逆なだけに、同じ土俵にすら立てねえ」
 ほのかが楽しそうに語るから、どう反応するのが正解なのかわからない。
 朋樹は助けを求めようとして隣の櫂斗を見ると。

「俺、本命チョコなんか貰ったことねーし。かーちゃんとか、あとはお客さんから義理チョコしか貰えねーもん」
 まだまだブスくれたままの様子の低い声。

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