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 どちらにしろ、広香は仕事を全部把握していたから、どちらのタイプにも丁寧に指導していて。
 朋樹に仕事を教えるよりは、二人に教える方が楽だったのは確かだが、かと言って朋樹を甘やかしていたわけでもなく。

「朋樹は朋樹で頑張ってるし、最近は食器、壊してないらしいじゃん。それだけでも十分成長してるわよ」
「ほらー。やっぱ、甘いし」
 これだからイケメンのポンコツなんてタチが悪いんだ。とほのかが「ちっ」と舌打ちした。

「ほのかはねえ、自分に対して厳しいからね。何でもかんでも完璧にしようなんて思わなくていんだよ? 櫂斗のこと頼ればいいし、朋樹だってきっと何かしらの役には立つんだから」
 広香がグラスを飲み干すと、カランと氷の音がして。
 その瞬間何気なく朋樹がその空いたグラスに焼酎をトクトクと注いでいた。

「お、サンキュ」
「ほら、トモさん成長してるし」
 櫂斗が嬉しそうに笑う。

「……キャバ嬢かよ」
「せめてそこは“ホストかよ”のツッコミにしない? 朋樹、オトコなんだからさ」
 広香が苦笑すると、
「自分、こいつを男として見る気、ないんで」冷たくほのかが言い放った。
「いいねえ、ほのかのその目。これ目当てのおっさん客、たまんないだろうねえ」
 噂に聞くM気質のマニアックなほのかファンの存在は、広香から櫂斗へと伝承されているネタだ。

「俺前、見た。ほのかに名刺渡した瞬間、その目で即コースターにされて悶えてるお客さん。今も週一で通ってるよね?」櫂斗がくふくふ笑いながら言う。
「違うし! ちょい、手が滑ってグラス置く時に受け取り損なった名刺が下に入っただけで」
「違くねーっつの。んな器用な偶然、あるかっつの」
「たまたまだし、ちゃんと謝ったし」
「でももう一枚渡した名刺はゴミ箱捨てただろ?」
「ゴミはゴミ箱に捨てるのがルールだからな」
 ばっさり、きっぱり。ほのかが言い切る。
 
「ほんっと、いいコンビだねえ」爆笑しながら、再びグラスが空くから。
「広香サン、ペース速過ぎません? ボトル追加する気ですか?」
「だから、キャバ嬢やってんじゃねーよ、芳賀」
「もお、トモさん広香と浮気する気かよお。だから俺、この二人こえーんだよなー」
 二人に睨まれて、何も考えていなかった朋樹が目を白黒させて「え? え? 何で?」なんて狼狽える。

「まあ、確かに一番可愛いのは朋樹かもしれないねえ」
「勘弁してよもう。広香、ヒトヅマなんだから人のモノに色目遣わないでよね」
「ヒトヅマ! そっか、そうなんだよねー。ひーさん、ヒトヅマなんだよなー。しかも寺の嫁って」
「こんな大酒飲んでる嫁、寺にとってどおなん?」
 櫂斗とほのかが、今度は示し合わせたように笑い出し。

「何よ、お寺の人間が酒飲んじゃダメってルール、ないでしょーが。あの人だってほら、飲んでるし」
 広香が親指でダンナを指差した。

 広香のダンナ、有藤雅弘ありとうまさひろは地元の大きな寺の息子であり、現住職の息子。得度もしているし、佛教大学を出ているちゃんとした僧侶なので、恐らくこのまま跡を継いで住職となるだろう。
 という実直な人間で。
 見た目は朋樹と同じくらいの身長に、朋樹の1.5倍の体重といった所だろうふくよかな体格。スキンヘッドにしているのに、どこからどう見ても“僧侶です”と誰からも疑われないだろう人の良さがにじみ出ている雰囲気である。

 広香が有藤を連れて“おがた”の扉を開けた瞬間、
「後光が射して見えた。あれは善人以外の何者でもないわ」と女将さんが思わず拝みそうになったくらいで。

「広香もお寺でお経読んだりすんの?」
 ハンカチで汗を拭き拭き、中野からのビールの酌をペコペコしながら受けては飲む、という有藤の様子を見て、櫂斗が訊いた。
「しないねえ。いずれは嫁として多少手伝わないといけないのかもしんないけど、今は私、仕事してるし。お義母さんも元気だし、先代もまだ現役だし。私の出る幕なんてないない」
「そーゆーもん?」
「そーゆーもん」

「広ちゃーん、僕今日飲みすぎかもー」
 ふにゃあ、と困り顔をしながら嫁に助けを求めてきた有藤に、
「たまにはいいじゃん。どおせホテル帰っても寝るだけでしょ? 好きなだけ飲んでいいよ」と広香が笑う。
「おっちゃん、有藤さん潰す気? 広香じゃねーんだから、ほどほどにしてやんないとダメだよお」
 瓶ビールを片手に赤ら顔でへろへろと有藤に絡んでいた中野が、
「広香のダンナなら、これくらい飲めねーと務まらんだろーがよ」と櫂斗に反論する。
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