居酒屋“おがた”はムテキのお城

＜6＞

☆☆☆

「ダメだってば、俺に、寄るなっつの」
「いい加減にしろよな。櫂斗、しっかりしてんのちゃんとわかってるけど、体調悪い時くらい、頼りなよ」
　抱えようとした朋樹の腕から逃げようとするから、さすがに口調がキツくなる。
「意地、張ってないで。ほら、ベッド戻るよ」
　軽い櫂斗を横抱きにすると、ベッドに寝かせた。

「……もお……トモさん、きらあい」
　鼻にかかった声で、唇を尖らせて言う。
「はいはい」
「俺よか、俺の風邪菌のがいいんだあ」
「……わけわかんないこと、言ってないで。大人しく寝てなさい」
　ベッドに寝かせた櫂斗が、けれども腕を絡めたまま離さない。
「櫂斗？」
「もお、だからヤだったんだ」
　呟いて、力の入りきらない腕でぎゅ、としがみつくから。

「……顔、見なかったら耐えられたもん。トモさん、大事な時だから絶対、ダメってわかってるもん」
　櫂斗の呟くような声に、顔を見ると。
　くしゃ、と目を閉じて涙を流すから。

「ええ？　櫂斗？　どした？」
「もお……トモさんのばーか……」
　ぎゅ、と腕を掴んで離さない櫂斗が、泣きながら悪態を吐く。

「トモさん、きらーい」
　言ってる単語と、鼻にかかった声色が真逆で。
「……櫂斗」
　だから朋樹にも、わかる。
　逢いたくて、甘えたくて、でも“オトナ”のフリしてこっちを気遣っていた櫂斗の、掛け値なしの本音が。

「大丈夫だよ、櫂斗。お粥食べて、ゆっくり寝ようね」
　よしよし、と頭を撫でながら優しく言うと、ほとほとと涙を流しながら朋樹の腕を引き寄せてきて。
「一人で寂しかったんだよね？　熱出してる時、一人だと心細いよね。ごめんね、気付いてあげらんなくて」
「違うし。俺、一人で全然平気だし。かーちゃん達、仕事だし。トモさんも、お勉強しなきゃ、だし」
　ぶつぶつ、ぶつぶつ、櫂斗は自分に言い聞かせているように唱える。

「わかってるって。大丈夫だよ？　も、お店は締めたし。俺、櫂斗が眠るまでココ、いるから」
「だめだっつってんじゃん、トモさんのばーか。帰って勉強しろっつの」
「まだ言うか。いい加減素直に甘えなさい」

　朋樹は腕を引き剥がして、布団を被せてからぎゅっと抱きしめた。

「……風邪、うつるから、触んなよな」
「はいはい。マスクしてるから大丈夫だよ」
「俺の言うこと、きけよー。トモさんのばーか」
　小さい子供のような悪態で、でもその声が安心しきっているから。
　櫂斗が泣き止むまで頭を撫でてやって。

　可愛いなー、なんて微笑んでしまう。
　いつだってナマイキなことを言って、何でもわかってる風にあちこちに目を届かせて。
　“オトナ”ぶっている櫂斗は、上手に“可愛い”を演出して周囲を欺いているけれど。
　実際のトコ、両親の愛情たっぷりに育った一人っ子の甘えん坊なわけで。
　演出された“可愛い”は多分、櫂斗を知る全員が知っているだろう。だって、それこそが櫂斗が猫を被ってまで見せたい“イイコ”ちゃんな自分だから。

　でも、素直に偽りなしの“可愛い”はココにしかない。
　きっとこれは、朋樹にだけ見せる、本当の櫂斗。
　まだまだ大人に甘えてその庇護下でわがまま放題にしていていい。
　少なくとも、自分に対しては。

「シート、新しいのと替えようね」
　涙も止まり、少し落ち着いた様子の櫂斗を見て、時間が経ってカピカピになっている額のシートに気付いたから。朋樹がサイドテーブルに置かれていたものに手を伸ばそうとすると、
「やだ。トモさんの手のがいい」と朋樹の掌を自分の顔に押し当てた。
「冷たくて、気持ちイイ」
　目を閉じてスリスリするから身動きできなくなってしまう。

「櫂斗……」
　だからもう、なんだってこの可愛い生物はこう、こっちのナカの奥底を擽り倒してくれるんだろう。
　くにゃくにゃと力なく、変な風に甘えてくる櫂斗は滅多に見れるものじゃない。そんな珍しい状態だから、とりあえず黙って堪能して。
　片方の手が温まったらしく、「ん」とチェンジを要求してきて。入れ替えると再びスリスリ。

　ただただ、可愛いしかない。

　とは言え。
　女将さんからの指令は忘れていないから。

「お粥、食べれる？」
　手を回収しながら訊くと。
「ん……お腹空いた」

　一度泣いたことでスッキリしたのか、ふにゃ、と笑って。
　開き直って素直に言ってくれた。