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「櫂斗お、大丈夫?」
朋樹が部屋の前でノックしながら言った瞬間、
「トモさん、入っちゃダメ」という櫂斗の声が返って来た。
「え?」
「俺の部屋、今風邪菌がいっぱいだから、トモさん、入っちゃダメだから」
櫂斗の声は、思っていたよりもしっかりしている口調ではあるけれどやっぱり鼻声で。
風邪をひくと鼻と喉をやられるのがいつものパターンなので、部屋には加湿器をガンガンに炊いている。
「そんなの、平気だから」
「ダメだっつの。入ってきたら絶交だからね」
「ええー」
冷たい声に、朋樹はその場に座り込む。
「だってトモさん、テストでしょ? 成績決まる大事なテストってゆってたじゃん。そんな時に俺なんかの風邪うつしたってなったら、もう死んでも死にきれない」
風邪をひいているせいなのか、変に弱気でおバカ発言をしている櫂斗だけれど、朋樹は突っ込むこともしないでただ扉の前で困り顔しかできなくて。
「うつんないよ、多分」
「うつるよ! うつるに決まってんじゃん。俺よかトモさんのがか弱いんだからね」
そんなことはない。断じて、ない。と思うけれど。
「俺トモさんに取り憑いたらもお、絶対離れないくらい粘着質だから、そんな俺の風邪菌、トモさんにも絶対くっつくもん。だから、ダメ」
熱のせいで幼児化しているのか、櫂斗はバカげたことを理論的につらつらと並べ立てた。
「櫂斗お。でも俺、櫂斗の顔見たい」
「後で電話するから。顔だってテレビ電話にして見せてやっから。だから、とにかくここ、入っちゃダメ」
こう、と決めたら頑固なのはもう、朋樹だって知っている。
今日この扉を開けるのは無理か、と思うと切なくて。
「何やってんだ?」
扉に向かってグズグズしていた朋樹に声を掛けたのは大将で。
「あ……いや。櫂斗が、入っちゃダメって」
朋樹が情けない顔で大将を見ると。
「とーちゃん? トモさん、帰って勉強しなきゃ、なんだからそこから引きずってでも追い出してね」
天岩戸の如く、扉は堅い。
「ま、櫂斗の主張もわかる」
「ええー」
「今日のバイトも無理言って出て貰ってるわけだし」
大将が当たり前に正論を唱えるから。
「……でも、このままだと心配で勉強が手に付かないし」
情けないことこの上ないセリフだが、大将の同情を買うには十分で。
「まあ、確かに。そうかもしれないな」
「とーちゃん、日和ってんじゃねーよ。俺の風邪菌、ナメんなよ?」
扉の中と外で下らない論争をやっていると。
「何わけわかんないこと言ってんのよ?」
櫂斗の声を遮るように、二人の男を割って入って来たのは女将さんで。
「え?」
「はい、マスク。トモくん、マスクしてれば大丈夫でしょ? で、これお粥ね」
朋樹にサージカルマスクを手渡し、更にお盆に乗せた小さな土鍋とお茶碗のセットを押し付ける。
「櫂斗、いらない手間かけさせないで。あたし、まだ片付け残ってるから。あとトモくんに任せるからね」
朋樹がマスクをしたのを確認すると、女将さんは扉を開けて朋樹を中に押しやり、
「これ、食べさせたらトモくんはおうちに帰ってお勉強してね」とにっこり笑ってパタン、と締めた。
ベッドでくったりと横たわって、おデコに冷却シートなんて貼っている櫂斗と、目が合う。
「……もお……ダメっつってんのに」
櫂斗の部屋は結構広くて、扉からはちょっと奥の方にベッドがあるのだが、近付こうとした瞬間。
「近付いちゃ、ダメだからね」と櫂斗が制する。
「なんで? 俺マスクしてるし、いいじゃん」
「ダメだよ。……そこ、お粥置いておいていいから、トモさんとっとと帰って勉強して」
「だから! そんなしんどそうな櫂斗放ったまま帰れないから」
「いんだよ。俺、オトナだもん、一人でできる」
言いながら立ち上がると、ちょっとナナメな感じで向かってくるから慌ててお盆を置いて櫂斗に駆け寄った。
「櫂斗お、大丈夫?」
朋樹が部屋の前でノックしながら言った瞬間、
「トモさん、入っちゃダメ」という櫂斗の声が返って来た。
「え?」
「俺の部屋、今風邪菌がいっぱいだから、トモさん、入っちゃダメだから」
櫂斗の声は、思っていたよりもしっかりしている口調ではあるけれどやっぱり鼻声で。
風邪をひくと鼻と喉をやられるのがいつものパターンなので、部屋には加湿器をガンガンに炊いている。
「そんなの、平気だから」
「ダメだっつの。入ってきたら絶交だからね」
「ええー」
冷たい声に、朋樹はその場に座り込む。
「だってトモさん、テストでしょ? 成績決まる大事なテストってゆってたじゃん。そんな時に俺なんかの風邪うつしたってなったら、もう死んでも死にきれない」
風邪をひいているせいなのか、変に弱気でおバカ発言をしている櫂斗だけれど、朋樹は突っ込むこともしないでただ扉の前で困り顔しかできなくて。
「うつんないよ、多分」
「うつるよ! うつるに決まってんじゃん。俺よかトモさんのがか弱いんだからね」
そんなことはない。断じて、ない。と思うけれど。
「俺トモさんに取り憑いたらもお、絶対離れないくらい粘着質だから、そんな俺の風邪菌、トモさんにも絶対くっつくもん。だから、ダメ」
熱のせいで幼児化しているのか、櫂斗はバカげたことを理論的につらつらと並べ立てた。
「櫂斗お。でも俺、櫂斗の顔見たい」
「後で電話するから。顔だってテレビ電話にして見せてやっから。だから、とにかくここ、入っちゃダメ」
こう、と決めたら頑固なのはもう、朋樹だって知っている。
今日この扉を開けるのは無理か、と思うと切なくて。
「何やってんだ?」
扉に向かってグズグズしていた朋樹に声を掛けたのは大将で。
「あ……いや。櫂斗が、入っちゃダメって」
朋樹が情けない顔で大将を見ると。
「とーちゃん? トモさん、帰って勉強しなきゃ、なんだからそこから引きずってでも追い出してね」
天岩戸の如く、扉は堅い。
「ま、櫂斗の主張もわかる」
「ええー」
「今日のバイトも無理言って出て貰ってるわけだし」
大将が当たり前に正論を唱えるから。
「……でも、このままだと心配で勉強が手に付かないし」
情けないことこの上ないセリフだが、大将の同情を買うには十分で。
「まあ、確かに。そうかもしれないな」
「とーちゃん、日和ってんじゃねーよ。俺の風邪菌、ナメんなよ?」
扉の中と外で下らない論争をやっていると。
「何わけわかんないこと言ってんのよ?」
櫂斗の声を遮るように、二人の男を割って入って来たのは女将さんで。
「え?」
「はい、マスク。トモくん、マスクしてれば大丈夫でしょ? で、これお粥ね」
朋樹にサージカルマスクを手渡し、更にお盆に乗せた小さな土鍋とお茶碗のセットを押し付ける。
「櫂斗、いらない手間かけさせないで。あたし、まだ片付け残ってるから。あとトモくんに任せるからね」
朋樹がマスクをしたのを確認すると、女将さんは扉を開けて朋樹を中に押しやり、
「これ、食べさせたらトモくんはおうちに帰ってお勉強してね」とにっこり笑ってパタン、と締めた。
ベッドでくったりと横たわって、おデコに冷却シートなんて貼っている櫂斗と、目が合う。
「……もお……ダメっつってんのに」
櫂斗の部屋は結構広くて、扉からはちょっと奥の方にベッドがあるのだが、近付こうとした瞬間。
「近付いちゃ、ダメだからね」と櫂斗が制する。
「なんで? 俺マスクしてるし、いいじゃん」
「ダメだよ。……そこ、お粥置いておいていいから、トモさんとっとと帰って勉強して」
「だから! そんなしんどそうな櫂斗放ったまま帰れないから」
「いんだよ。俺、オトナだもん、一人でできる」
言いながら立ち上がると、ちょっとナナメな感じで向かってくるから慌ててお盆を置いて櫂斗に駆け寄った。
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