居酒屋“おがた”はムテキのお城

月那

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 雫という台風が去った日。
 昨日のことなんて誰にも気に留めることなく、いつものように“おがた”は賑わっていて。
 当然バイトもフルメンバー。

 夕賄いには朋樹がゼミの研究が長引いたせいで間に合わなかったし、結局まともに話せていないままなのが気になっているけれど。
 そんなことに構っていられる状況ではない。

 開店と同時に次から次へと客が来店し、ちょっと早めの忘年会なんてやっているグループもあるから仕事に集中しないと、朋樹なんて何をやらかすかわからないから。
 いつものようにほのかは平然と接客作業をこなしているし、櫂斗だって笑顔を忘れないで飛び交うオーダーに片っ端から対応して。

「ごめんね、昨日は」
 そう言って純也と二人で来店した朔が、カウンターで女将さんにいつものオーダーをして。
「こっちこそごめんねー、雫のお世話させちゃって。今日はゆっくり飲んでって」
「いやいや、こんな大盛況の中のんびりしてらんないよ。とりあえず、食事させて貰うのと昨日のお支払をしなきゃと思って」
「あら。いいのよ。昨日の分は雫のバイト代でチャラにしてるから」
 夢乃がウィンクして。
「後があるでしょうから引き止めないけど」
 彼女が自分たちの関係に気付いているのは当然だろうから、純也が少し赤くなる。

 連休となると早い時間には家族連れもいたりするので、女将さんの家庭料理の出番は多くなるから二人に構っている余裕なんてない。
 どうせ二人の世界に入るのだから、とオーダーにだけは対応するけれどそれ以外は完全放置。

「女将さん、卵焼きとポテサラ。あと、刺し盛と串盛りお願いします」
 ほのかが座敷卓の家族連れのオーダーを通して、ビールとジュースを用意する。
 今日の宴会はテーブル席を二つ繋いで、朋樹目当ての熟女グループが楽しんでいるので、座敷はほのかが担当。
 櫂斗はフリーで全体のフォローに入っている。

「トモちゃん、そろそろ焼酎にしてくれる? “二階堂”一本入れて、ここにセットしといてくれたらあとは私たちでやるから」
 宴会席で常連の金本さんにそう言われた朋樹は、トレイに焼酎とお湯割りのセットを載せてテーブルの横にワゴンを用意する。
 宴会ではこうやってセルフで飲み物を作ってくれる常連客が多いので、忙しい時間には助かる。

「でも手が空いたら、たまにはココ寄って顔見せなさいよ」
 朋樹のファンだから横に侍らせたい。金本さんが笑うと、彼女の友人たちも口をそろえて「イケメンはいるだけで場が華やぐんだからねー」とついでに背中をばしばし叩いてくれる。
 多少朋樹がやらかしたところで、彼女たちからクレームが付くことなんてないから、櫂斗もこのグループに関しては完全放置、である。

 そんな慌ただしい時間が過ぎ、とりあえず十時を過ぎたので櫂斗が下がると杏輔がやってきた。
 毎日ではないが頻繁に来店する杏輔は、最近は大抵このくらいの時間来て、閉店までまったり過ごしてほのかの顔を見て帰る――日によってはその後待ち合わせる――から、櫂斗とはすれ違うことが多い。

「朔から聞いたよ、ほのかの昨日の勇姿。俺も見たかったなー」
 いつものようにふにゃふにゃと笑いながらカウンターに座ると、女将さんがビールとお通しを用意して。
「ほのかちゃん、カッコ良かったわよお。櫂斗やジュンくん護ってくれるヒーローみたいだったもん」
「せめてヒロイン、させて下さい。いちお、オンナなんです」
「えー、だってほのかちゃん、“ヒロイン”ってイメージじゃない。なんか、最前線に立ってる感じ」
 常連が集うまったりタイムなので、女将さんは既に少し酒が入っている。杏輔が来る前にいた常連の中野にお銚子一本ご相伴に預かっているのだ。だからといって仕事に支障が出るようなタマじゃないのは事実なので、菜箸を操っている手元には何の狂いもない。

「ええ、ええ。わかってますよ。自分、護られるってのは性に合わないタイプなんで、櫂斗だろうが大将だろうが、全力で護って見せます」
 細い腕をまくって力こぶを見せてくれる。が、当然筋肉なんてほぼ、ない。
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