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 朔と純也が自宅の玄関から出て行くと――店とは入口が違う――、櫂斗は雫と向き合った。
「さて、と。雫、何か食う? 俺、腹減った」
 店の状況はわからないけれど、まだ父親すら店から戻っていない以上、店に戻るに戻れない。朔と純也が店に顔を出さないで帰ると言ったのも、きっと空気が違い過ぎて入れないだろうから。

「櫂斗、料理できるの?」
「簡単な物ならね」
 冷蔵庫を見たらチャーハンくらいならできそうだったので、櫂斗がそのまま台所に立つ。
 冷凍のごはんをレンチンして、その間に具材の準備。
 そんな手際を見ていた雫が、
「凄いね」と感心して。

「俺って結構天才なんだよねー。テキトーに作ったの食べさせたら大抵美味しいって言ってくれるし」
 朋樹の“櫂斗の作る料理、どれも美味しい”と言うふわふわな笑顔を思い出す。
「……ノロけてる?」
「ノロけてるよー、当たり前じゃん」
「なんかムカつくんだけど?」
「雫もカレシに作ってやんなよ」
 くふくふ笑いながら言って。

「……ほんとに、ヨリ、戻せるとは限らないでしょ」
「ダイジョブだよ。おまえ、俺に似て可愛いから」
「……逆でしょ? あんたが私に似てるだけ」
「俺のが先に生まれてるし」
「私は女の子だから可愛いのは当たり前だもん」
「俺も男の子だから可愛いのは当たり前だもん」
 またわけのわかんないことを、と雫は言いかけて、ふん、と鼻で笑う。
 
 何となく、櫂斗の言ってたことがわかる。
 女の子だから可愛いとか、男の子だからかっこいい、じゃない、と。
 だってほのかはあんなにかっこよくて、櫂斗はムカつくくらい可愛い。

「ラインしてみなよ。俺がその間にメシ作っててやっから」
 言われて、スマホを見た。
 そう言えば、駅を出てからずっと放置したまま。

 すると。
 “明日、逢えないかな?”
 と、クダンのカレシからメッセージがあった。

「あ」思わず声が出て、
「ん?」櫂斗が振り返る。
「や……うん」
 でも。その様子だけできっと、櫂斗は何かを察しているだろうから。

 “午後からなら、空いてる”
 短く、返事をした。
 もう気取ってる場合じゃないこと、自分でちゃんとわかっている。
 
 文化祭に行きたくなかったのは、カレシと一緒に回る予定だったから。
 その後連休になった時に連絡なんてしたくなかったのは、完全に拗ねていただけで。

 ほんとは逢いたかった。
 朔にラインしたのも、朔を口説いたのも、全部カレシにしたいと思ったことをやっていただけだったから。

 だって、自分から“シよ”なんて、本当はすっごい勇気が必要で。
 抱いて、なんて可愛い言葉使えなくて、だからイキって“シよ”って。
 でもほんとは怖くて。
 好奇心と恐怖心がぐちゃぐちゃになってるのがわかっているのに、でもそんなのカレシに見せるなんてプライドが赦さない。

 なのに。
 キスの一つもしないまま、カレシは逃げたから。
 そんなの恥ずかしいのと頭にくるのを抑えられなくて。だから、フった。
 もう逢わないと、一方的に言い放って。
 それからしばらくは学校と塾とで忙しくて、クラスが違うから会わなかったしそれが丁度良かった。
 だからずっとラインで朔と繋がっているのが楽しくて。
 大人な朔なら、きっとスマートに自分を抱いてくれるだろうと思った。
 こっちが不慣れでもそんなの当たり前に扱ってくれるだろうと思ったから。
 朔に、初めてを委ねてしまいたかった。

 でも。
 朔と寝てもきっと朔は手を出さなかっただろう。
 自分が子供過ぎるのもあるけれど、それよりも純也の言葉が何よりも自分には刺さってた。
 “大事だから、手を出さない”
 朔もきっと、そう言って自分には手を出さなかったんじゃないか、と今なら思える。
 相手がいるから、というのもあるだろうけれど、朔と話していていつも思うのはその根底にある優しさで。
 何とかして雫を傷付けないように、という気持ちが伝わってくるからそれに甘えていた。
 
 それは。
 無意識の中できっと、雫自身がその思いやりの中に泳がされていたかったからかもしれない。
 ちゃんと本当に好きな人とする時の為に、きっと無意識のどこかで自分を護っていた。

 そんなことに、今更気付かされる。

 別に、明日会ってすぐにシたいわけじゃない。
 でも明日逢って、ちゃんと話をしたい。
 ちゃんと自分のこと、想ってくれているのか。
 大事だと思ってくれているのか。
 そして……自分は、どうなのか。

「雫、できたよ。とりあえずメシ食って風呂入って寝ろ。で、明日の朝飯も俺が用意してやっからさ、それ食ってちゃんとカレシとデートしてきな」

 櫂斗の言葉が背中を押してくれた。
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